トロオドンのファン日記
チャンネル登録者数がついに100万人を突破した。
僕はモニタの前で歓喜し、お祝いとして1000ビッツ(課金)を贈った。
だが、「なおきさん、ビッツありがとうございます!」とは言ってもらえないだろう。
トロオドンは今やカリスマゲーム配信者だ。
僕のビッツは、飛び交うビッツの中に瞬く間に埋もれてしまった。
たしかにトロオドンのゲーム配信チャンネルの登録者数が増えたことは嬉しい。
けれど、どこか寂しさもある。
これがファン心理というやつか。
時は2021年に遡る。
東京オリンピックが終わり、人々は新たな生活様式を受け入れていた。
トロオドンのゲーム配信に、超有名ゲーム配信者のナオキンがやってきたのは、そんなときだった。
トロオドンにとっては思いもよらないことだった。
突然やってきたナオキンによって、トロオドンの名前は一躍有名となり、登録者数が激増したのだ。
だが、良いことばかりではなかった。
昨日まで許されていたトロオドンの暴言も、簡単に通報されるようになってしまった。
トロオドンは次第に言葉遣いが丁寧になっていった。
トロオドンの配信スタイルが変わったことで、古参のファンは次々と去っていった。
僕は戸惑いながらも、これからもトロオドンを応援していこうと思った。
そんなある日、あるネット記事が飛び込んできた。
『トロオドン、十股交際が発覚!自粛期間中に朝までドンチャン騒ぎ!ホームレスのおでんにツンツンも!』
役満だった。
その日の夜、緊急の謝罪配信が行なわれたが、僕は仕事があるからと自分に言い聞かせて、視聴はしなかった。いや、できなかった。
その日を境にチャンネル登録者数は減っていった。
僕も、言い訳するトロオドンなんて見たくないという気持ちから、配信を見なくなっていた。
でも、登録解除だけはできなかった。
それから、半年ほど経ったころであろうか。
僕はなんとなくテレビを見ていた。
アナウンサーが、最近話題のぬいぐるみを紹介していた。
つまらないなと思いリモコンに手を伸ばしたとき、そのぬいぐるみが見覚えのあるものだと気づいた。
そのぬいぐるみは、トロオドンだった。
正確には、トロオドンのアバターを模したぬいぐるみだった。
女子高生のあいだで密かに流行りはじめ、ついにはトロオドングッズの専門店まで登場したのだという。
僕は驚いて、トロオドンの過去配信を遡っていった。
トロオドンは役満事件のあと、起死回生のグッズ販売を手がけていて、それが見事に成功したのだ。
配信での口調も、売れる前のころに戻っていた。
辛辣な暴言ばかりであったが、優しく育てられた現代の女子高生にとって、むしろトロオドンの言葉は新鮮でもあった。
トロオドンガールズなる、ファンによる急進派のコミュニティも誕生していた。
トロオドンガールズの一人がテレビで語っていた。
「オスなんだから十股交際は当たり前。自粛とか論外。今はおでんじゃなくて、あたし達をつんつんしてほしい。トロオドンのためなら、ホームレスになっても構わない」
と。
僕は、とんでもない時代になってしまったと思った。
その年の流行語に「トロオドン」が選ばれた。
老人たちは何のことか分からない様子のようだ。
だが、今に分かるときがくるだろう。
それから間もなく、トロオドンをリーダーとするトロオドンガールズ300人が、国政選挙への出馬を表明した。
※この物語はフィクションです
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