蓮台寺ミナトSS『過去と未来の物語』第二章5~8

2章1-5 察しの良い友人

「やぁ、また来たよ」
 学校から帰宅してしばらくしてから、玄関のチャイムが鳴ったのでドアを開けると、せっかく暖めた玄関の中に、冬の訪れを告げる冷たい風が忍び込んでくる。まぁそんな予感は若干していたが、須崎が立っていた。悪い予感ほど当たるというものだ。
「うわ、また来たよ」
「また来たよ、とはご挨拶だな」
 須崎はため息を吐いた。困り顔も妙にさわやかでむかっとくる。
「お前も言っただろ」
「ははっ、確かにそうだね。じゃあ鐘太郎君、早速上がらせてもらうよ」
「いや上げるとは一言も言ってないが」
「ふむ、困るな鐘太郎君。ちゃんと前にも言っただろう?また遊びに来ると」
 デカイ図体なのにやけに似合う優等生メガネを、中指で整える。そんな約束したかな?
「ミナトに会いに来るの間違いじゃないのか」
「まぁ間違いではないな」
「帰れ」
 そう吐き捨て、玄関のドアを閉めようとすると、信じられない素早さでドアに足を挟み込んできた。
「まぁ待て!……別にミナトさんに会いにきたわけじゃないんだ。そりゃあまぁ会えれば嬉しいとは思うが、今日はいつもと違って真面目な話だ」
「ということはいつも不真面目だったのか。須崎が『不真面目な恋をしよう』って言ってたとミナトに伝えておこう」
「……君は性格が悪いな」
「今更それを言うか?まぁ冗談だ。なんの話かわからんが、とりあえず上がれよ」
「うむ、お邪魔します」
 礼儀正しく敷居を跨ぎ、丁寧に靴を整える須崎。一体なんの話だろう。最近学園にいる間はほぼ毎日須崎と共にいるから、話をする時間などいくらでもある。なのにわざわざ家に乗り込んできてまで話したいことというと、よほど重要な内容に違いない。
 須崎をリビングに通してソファに座らせると、俺は冷蔵庫から全国的に有名なロールケーキを取り出して切り分け、コーヒーを淹れて出してやる。須崎は頰に手を当てて唸った。
「うーん、ケーキもコーヒーもうまいよ。鐘太郎君はこの家に人を招きたいのか招きたくないのかよくわからないな」
 別に招きたいわけではないが、招き入れた以上はそれなりの歓待はする。当然のことだ。
「……で、話ってなんだ?」
 単刀直入に切り出すと、須崎は背筋を伸ばして改まった。
「鐘太郎君、最近の君は何か悩んでいるね」
「…………何をバカな」
「今、確信に変わったよ。僕は親友が悩んでいることに気が付かないほど鈍感ではないからね。さぁ話してみたまえ」
 なんという目敏さだ。というか、親友というものは相手の微妙な変化を見抜ける物なのか?いやそもそも親友じゃねえよ。
 それにしたって、言えるわけがない。ミナトと恋仲になった後に、彼女の記憶が無くなり、元の関係に戻ってしまいもどかしい日々を送っているということなど。目の前の男は俺とミナトが恋仲だったことを知らないどころか彼女が人間ではなくヒューマノイドであることすら知らない。全て話したところで心理カウンセラーを紹介されるのが落ちだ。
「…………」
「他の誰かに知られたくないというのなら、安心するといい。僕は誰にも話さないよ。口が固いんだ」
 いや違う。別に須崎を疑っているわけではない。どころか須崎は恐らく口が固く、信頼できる男だろう。それは解っている。しかし問題は、そもそも須崎に理解されるかどうかという点だ。未来からきたヒューマノイドという突拍子もない話を。俺の姉と勘違いしている女性と、俺が恋仲であったことを。そして、恋心ごと記憶が消えてしまったことを。ありのままを話したらそれこそ、真面目に話せと言われてしまいそうだ。
「悩みなんて…………何も無い」
 須崎は俺をじっと見る。レンズの奥にある強い瞳に、思わず目を逸らしてしまう。
「そ、それに、仮にだ。仮に俺に悩みがあったとしても、お前が解決できるとは限らないだろう。解決できる自信があった上で、話せと言ってるのか?」
「ふむ、率直に言うと、鐘太郎君がどんな悩みを抱え込んでいるのかが解らない以上、解決する自信があるとは思っていない」
 ある意味で当たり前の答えが返ってきた。しかしはっきりと言う奴だ。
「だったらお前に相談する意味は無いじゃないか」
「そんな事もないさ。『話すだけでも楽になる』と言うだろう?」
「そんなのは、解決出来ないヤツの言い訳さ」
「…………」
 須崎は黙ってしまった。少し言い過ぎただろうか。でも、俺は間違ってはいないはずだ。相談と言うのは解決に導いて欲しくてするものであって、ただ聞くだけのやつと悩みを共有し、多少気が楽になったところで何も解決はしていない。悩ましい人間を1人増やしてしまうだけだ。
 そこでリビングの扉が開き、ミナトが入ってきた。客が居る時によく乱入してくる人だ。須崎は途端に色めき立つ。
「あら、お友達が来てるのかしら?いらっしゃい」
「あ、み、ミナトさんっ!お久しぶりです!」
「……えっと、知り合いだったかしら?」
 気まずい沈黙が流れる。須崎はショックなのか立ち上がったまま固まってしまって、ミナトからの視線が俺に刺さる。
「あぁ、須崎だ。前にも会ったはずだぞ」
「そ、そう〜!ごめんね、お姉さんド忘れしちゃってた」
「い、いえ!大丈夫です……あ、あはは、はは」
 大丈夫じゃなさそうだな。須崎がみるみるうちに元気をなくしていく。
「じゃ、じゃあごゆっくり〜♡」
 逃げるようにリビングから消えていった。何しにきたんだ。
「鐘太郎君……」
 ミナトがリビングを出てから、俯いたまま声を絞り出す須崎。ミナトの記憶消去の弊害がこんなところにも出たな。まぁ彼女なら記憶が消えてなくても興味のないやつにはこんな反応を示しそうではあるが。
 しかしミナトの症状を目の当たりにされた以上、全て話す必要があるのかもしれない。しかし、奪取er協会やステーションマスターについては、他人には話せない。ミナトは人間であると騙したまま、なんとか上手く記憶喪失の部分だけを話せないだろうか。
「須崎、あのな……」
 などと、色々と考えていたのに須崎は、
「鐘太郎君……僕にはもう、君の悩みなどどうでも良くなってしまったよ」
 おい、それもどうかと思うぞ。
「なんていうのは、冗談だ。さっきのお返しさ」
 疲れたように笑ってみせる須崎に対しどう反応すれば良いのかもわからず、俺は少し黙ってしまう。すると須崎は、切り替えるように表情を変えた。
「鐘太郎くん、キミの悩みを解決できるかどうかの話だけど……それは聞いてみないと判らない。解決できる答えをもっていないかもしれないし、もっているかもしれない。しかし、解決できたら御の字。できなかったとしても、ただそれだけだ。相談して損にはならないと僕は思うよ」
 確かにそうだが。しかし、これまでミナトのことを姉だと思わせて黙っていたことへの罪悪感もある。
「ただ、無理に聞き出そうというつもりはないさ。その代わり、『話したくなった時、僕はいつでも聞く』ということだけ、覚えていてくれ」
 いよいよ打ち明けようと思い始めていたところだったのに、今度は須崎の方が一歩引いてしまった。しかしこれも、ただ俺を気遣ってのことだ。
「ああ」
 思考を閉じて俺が短く返すと、須崎は用事は終わったとばかりにコーヒーカップを大きく傾けて飲み干す。そして律儀にもコーヒーとロールケーキについて礼を告げ、美味しかった旨を告げ、帰っていった。扉が閉まり、静寂が訪れる。話したくなったら、いつでも聞いてくれる。そんな相手がいるというのは、なんだか悪くなくて、でもなんだか気に入らなくて、なのにやっぱり、なんだか悪くはなかった。
 『悩みを共有し、多少気が楽になる』。さっき自分が否定したそれを、今はもう否定できなくなった。

2-6 鐘を辿る物語①

「あー、なんか面白いことないかしら」
「だらしないな……」
 ミナトは午前中こそ凛とした姿勢でソファに座りテレビを眺めていたものだが、午後になってからはテレビにも興味を失い、完全にだらけモード。姿勢が段々と悪くなっていく。
「ショータ君こそなにをしてるの?」
「俺か?俺は見ての通り勉強だ」
「せっかくの休みなのに、もったいないわぁ」
 彼女のその、でんこらしくない世俗的な台詞に俺はふん、と鼻を鳴らすだけで再び視線を落とす。俺は他の奴らとは違い、塾にも通っていないし家庭教師もつけられていない。その分家でやるのは当然だ。
「学年で一位を取ることってそんなに大事なことなのかしら?」
「学年で一位を取るのが目的じゃない。それはただの結果だ。だがそれぐらいできなければ親父に褒め……親父にとっても褒められたものじゃないだろう」
 褒められたことなんてないが。
「普段からたくさんお勉強してるし、次も十分に学年一位よ。遠征でも行かない?」
「今から遠征か?日帰りだとちょっと時間的にな」
「別に、明日も休みなんだし一泊二日でも……いえ、やっぱりよしましょう」
 過去に泊まったホテルの思い出を拾ってしまう危険を思い出し、ミナトは掌を返した。
「俺は今日このまま勉強してるから、ミナトは……よっと、旅番組でも観て遠征した気分になってくれ」
 リモコンを操作してテレビをつけてみると、まさに本当に旅番組が放送されていた。何という偶然。普段からテレビはほとんど観ないから、この時間に旅番組がやっているだなんて思っていなかった。
「ふぁ〜い」
 器用にもあくびと共に返事をして、ミナトは姿勢良く座り直してからソファのクッションを抱きしめた。
「あら、これこの辺りじゃないの?」
「ん?」
 ローカル旅番組は、番組の中でこの辺りの温泉旅館を目掛けて散策しているようだった。蓮台寺駅からほど近い、歴史ある広々とした温泉旅館が紹介されている。
「ねぇ、あの千人風呂っていう温泉、本当に千人も一度に入れるのかしら!」
「さぁ、どうだろう」
「どうして知らないの、マスター生まれてからずっとこんな近くに住んでるのに」
「どうしてって、逆に家から近い温泉旅館になんて泊まらないだろう?家があるのに」
「それもそうね。それにしても、この辺りの温泉全体のこと、蓮台寺温泉って言うのね」
「下田温泉とも言うけどな」
「でも私は、蓮台寺温泉の方がいいと思うな。歴史的に考えたら」
「というと?」
 俺が興味を示して顔を上げると、ミナトは俺を釣れたことで満足気に口角を上げる。
「『蓮台寺』って名前、実は全国に結構あるのよ。行基っていう仏教の偉い人が、全国各地に温泉を開いたりお寺を作ったりしたの。ここの蓮台寺っていう地名もその一つよ」
「地名はそうだが、この辺に蓮台寺なんてお寺はないぞ」
「昔はあったのよ。で、今も地名として残ってるってわけ。それで、温泉もその行基が開いた伝説が残ってるから、蓮台寺温泉、の方がいいと思うわ」
 自分の苗字と同じであるだけに、少しだけ親近感はあるが、まぁその程度の話だ。昔この近くにそんな寺があったなんて話はこれまで聞いたことがない。相当古い話なんだろう。
「そういえば、どうしてこの家って蓮台寺って苗字なのかしら〜?ひょっとして昔はお寺の檀家さんだったとか!?」
「さ、さぁ……どうだろう?そういう話は親としたことがない」
「せっかくだしお父様に訊いてみるべきだわ〜!どうしよう、これが蓮台寺家の謎を解き明かす大冒険の始まりになったりして〜!きゃぁ~!楽しみね!」
 でたよ。こうなるとめんどくさいんだよな。ミナトのヤツ。一度テンションが上がってしまうと止まらない。
「い、いや別にいい。そんなことでわざわざ電話なんて……」
「そんなことないわ、これは大事なことよきっと……!訊いてみたら、お父様はきっと……『いつかお前に話す時が来ると思っていた』とかおっしゃるに違いないわ。私にはわかるの。マスターの鐘太郎って名前に、鐘の字が入ってるのも、きっとお寺に関する何かに違いないわ~♡」
「そんな大層な話じゃないだろう、大体、親父の名前も鐘造って名前だから、おおかた、親から漢字を1文字受け継がせてつけたとかそんな感じだろうよ。親父の親父、お祖父様にも鐘の字は入ってるし」
「先祖代々……受け継がれし……鐘……ッ!」
 強く見開いたミナトの瞳はもう、ロマンしか見ていない。
「はぁ……妄想力がたくましいのは結構だが、親父に電話なんてしないぞ」
「えぇ~~~!どうしてよ!別にいいじゃないそれぐらい♡」
 普段から余程の用があるときぐらいしかお互いに電話をかけることなんてないのに、そんなしょうもない用事で電話するなんてあり得ない。
「せめて次の期末テストの結果が出てからにしてくれ」
「え、テスト……?どうして?」
「訊かれたときの為だ」
 俺に質問してくることなんて、それぐらいだから。学年一位を取ったことを言っても、褒めてくれることもないが。いや、褒めてなどくれなくてもいい。ただ、報告できるようにするためだ。
「だめよ、そんなの良くないと思うわ!家族と思い出を共有することって、大事なのよ。それができるってことは、幸せなことなのよ……」
 なんだよ。含みのある言い方だし、急にしんみりした顔になりやがって。
「わかったよ、わかった。訊いてやるけど、期待はするなよ!」
「きゃあ♡お姉さん嬉しい♡ところで、ショータくんはいつからお父さんと仲が悪いの?」
 まったくミナトはずけずけと人の過去に踏み込んでくる。あれはいつからだろうか。ええと……
「別に、いつだっていいだろ。とにかく、電話するから横から口を挟むなよ」
 不貞腐れながらスマホの通話ボタンを押す。こうして俺は、恐らく人生で初めて、『雑談』をするためだけに親父に電話をすることとなったのだった。

「わたしだ」
 父の声。緊張で高鳴っていた心臓が、一段と跳ね上がる。スマホを握りしめる手が強張る。
「あ、えっと、もしもし、俺だ、鐘太郎……」
「ああ、どうした」
 そんなことは分かっている、とばかりの冷たい返事。久しぶり、とか、元気か、など望んではいない。もうずっと前に諦めているから。
「この間の学期末も、テストは一位だったよ」
「そうか」
 一般家庭では先に雑談してその後からがこういう報告なのだが、俺の場合は逆だ。こういう報告のほうが、話慣れているので取っ掛かりとして使ってしまう。
「…………」
「それだけか?」
 一位だったことに対する『それだけ』なのか、テスト順位の報告に対する『それだけ』なのか、一瞬図りかねて口詰まる。
「ああ、そう……いやっ、違う」
「なんだ」
「変な事を訊くが……俺や親父、それにお祖父様の名前に鐘の字が入ってるのは何か理由があるのか?」
「……」
 返事が無くなった。変な静寂が訪れ、心臓の鼓動が際立つ。失敗したのだろうか。あまりにもしょうもなさすぎる話をして失望されたのかもしれない。
「……すまん、やっぱり忘れてくれ。話はこれで全部で……」
「ミナトとは仲良くしているのか?」
「えっ」
 ミナトの事について訊かれるとは思ってもみなかった。というより、親父の方から質問がくるとは思ってもみなかった。俺のことになどもう興味はないだろうと思っていたから。
「あ、ああ、仲良くしている。さっきの質問も、アイツからなんだ」
 と言いながら、ミナトの方をちらりと見る。彼女はずっと、電話している俺を見ていたようで、俺と目が合うと小さく首を傾げた。
「なるほどそうか……理由はある」
「……は?」
「理由はある。だがせっかくだから、お前とミナトの力で探し出してみせろ。切るぞ」
「は?いや、ちょっと待ってく……っ!……くそ、切れた」
 あっという間に終わった通話。だが、妙なことを言われた。俺とミナトの力で探し出せ?俺の名前に鐘がある理由を?なんなんだ全く。
「どうだった?どうだった?」
 ウキウキで結果を訊いてくるミナト。今の内容を話すのか?正直気が進まない。「歴史を辿る大冒険の始まりだわ〜〜!」とかなんとか言って、テンション上げて思い付いた場所へ色々引っ張り回されるに違いない。もう目に浮かぶようだ。
「……いや、大したことじゃない」
「嘘ね、絶対!ショータくんがあんなにうろたえることなんて、滅多にないもの。どんな話をしたのかこの優しくて頼りになるお姉さんに話してみて?」
 自分で優しくて頼りになるとか言うのか。仕方ないので、俺はさっきの通話の内容をかいつまんで彼女へと話した。
「歴史を辿る大冒険の始まりだわ〜〜!!」
 いや、一字一句同じかよ。

2-7 鐘を辿る物語②

 その日は、朝から騒がしかった。主にミナトが。
「応接室よ!そういう家柄を自慢する系の本は大体応接室にあるのが普通なのよ」
「はいはい……」
 いつものねぼすけはどうしたのか。普段より随分と早く起きたミナトは普段よりも早い時間に朝食を要求し、それを平らげて朝の準備を終えてからずっとらこんな感じだ。
 鐘の字を巡る冒険は、まず家探しから始まった。書斎に残る古い文献、仏壇、ご先祖様の御写真や肖像、今は応接室の書物を漁っている。
「うーん、ダメね、どこにもないわ」
 四つん這いになり本棚の一番下の段の奥に手を伸ばして本が隠されていないか探るミナト。うーん、と手を伸ばす時にホットパンツに包まれたお尻が突き上げられ、俺は目のやり場に困り咳払いをしながら目を逸らした。
「お前が言うその、『蓮台寺家に代々伝わる史料』なんていうものは、もともと親父からは何も聞いていないからな」
「これだけの家柄よ、ショータくんに伝えるのは二十歳になってからと決めてるとか、家督を継がせる時に伝えるとかそういうのかもしれないじゃない」
「だったら俺に、ミナトと2人で探せだなんて言わないはずだろ。そのまま二十歳まで待てと言えばいい話だ」
「確かに、それは、そうだけれど……よいしょっと」
 諦めたのか、無造作に積み上げた本を棚に仕舞って立ち上がる。少し残念だ。
 ……ああいや、史料が見つからなかったことが、だからな?
「なぁミナト、俺は思うんだが、『2人で探せ』というのは、お前が持つ歴史の知識が求められているんじゃないのか?」
「え?」
「わざわざ2人でと指定したのは、お前の知識が無ければ見つけられない何かがあるんじゃないかと思うんだよ」
「…………」
 ミナトは指で横髪をくるくると弄るいつもの癖をしながら、明後日の方向を見つめて考え込む様子を見せる。しばらくすると、その顔がにんまりと笑った。
「何か思いついたのか?ろくでもないことを」
「私の力で解決したら、ショータくんも私に感謝してお姉さんとして尊敬して、『何でも言うことききます!』とか言ってくれないかなって」
「邪な思考回路だな」
 自分のことは、棚にあげて。
「そうなったら何をしてもらおうかなって考えてたら、頬が緩んじゃったわ♡」
 なるべくミナトの力(知識)には頼らないでおこう。何を要求されるか、分かったものじゃない。
「とりあえず、家の中でヒントが見つからなかった以上、外で見つけるしかないな」
 元より、家系図か何かが家の中から見つかったところで、解決する課題とも思えなかった。ミナトと2人で探し出せというのはつまり、ミナトの力が必要になるという意味だろう。きっとそのはずだ。親父は無意味なことを言わない。
 ミナトの力……ミナトの力とは何だろうか。強大な力でチャラ男の足先を踏み潰すその遠慮のなさだろうか?それとも、ポンコツのくせにお姉さんぶって見栄を張る力だろうか?
「どうしたの?私をそんなに見つめて。……っは!ダメよ、私たちまだ出会ったばかりなんだから」
「その勘違い力もお前の力とも言えるだろう……」
「よくわからないけれど、なんか失礼なことを言われたわね」
「そうだ、歴史博物館で俺に黒船来航の歴史を語ってくれた時みたいに、ここ蓮台寺の歴史も語ってくれよ。ひょっとするとそこにヒントが……」
「えっ」
「ん?」
 ミナトが驚き、俺を怪訝な目で見つめて固まる。なにかを深く思慮しているような、そんな目だ。
「……ああ、そうか。すまん」
 忘れていた。歴史博物館で俺に黒船来航について語ってくれたのは、”記憶を失う前”の話だった。今のミナトは知らないことだ。
「いいのよ、気にしないでショータくん。おおかた、私が記憶を失う前に黒船来航のお話をした、そんなところでしょ?確かに、私は蓮台寺に関する歴史が頭に入ってるわ」
 ミナト自身が知らない、ミナト自身に関すること。それを俺が知ってしまっているというある種の気味悪さについては、彼女自身の中で消化しようとしている。受け止めて前に進もうとしている。なぜか判らないが、俺の中でも少し肩の荷が降りたような気持ちになった。やはり負い目に感じていたのかもしれない。
「もう、どうしたの?そんな顔して。ショータくんらしくないわ」
 無理に明るく振る舞ってくれているのかもしれない。そんな時に俺が逆に沈んでいては、せっかくのミナトの心遣いが無意味になってしまうだろう。
「……いや、何でもない。そうだな、じゃあミナト、俺に蓮台寺の歴史を教えてくれ」
「はーい、蓮台寺の歴史ね!ロード中……」
 ミナトが少し目を閉じたかと思うと、薙ぐように払った手のひらから光が溢れ、目の前にホログラムの画面が現れた。
「おおっ……!すごいな。まるでヒューマノイドみたいだ」
「……完了」
 若干ドヤ顔な気がするミナトの目の前に浮いているその画面には、文字や写真がびっしりと書かれている。そこからミナトは、かいつまんで語ってくれた。というかボケがスルーされたんだが。
「つまり、元の蓮台寺自体はもうなくなっちゃってて、今は広台寺っていうお寺が地域のお寺なのね。でも、それとは別で神道として今もこの地にお湯を授けてくれた神様への信仰は残っててね。2箇所に共同湯を建てることができて、それぞれに上の湯権現と下の湯権現っていう神様がいるの。それが祀られてるのが天神神社っていう神社なのよ」
「ああ、知ってる。広台寺も天神神社もこの近くだよ」
 温泉を拓いて寺を建立したのは仏教なのに、湯を授けたのは神道の神様か。相変わらず昔の日本人は神も仏もごちゃ混ぜだな。
「だから鐘の秘密を追うには、広台寺と天神神社を探すのが一番近道なんだと思うわ」
「そうだな。ここで話してても始まらない。まずは行ってみるとするか」
「そうこなくっちゃ!さすがはショータくんね!」
 などと雑に褒めて、頭を撫でてくる。恥ずかしくなって振り払おうとしたが、その時にふと、過去にミナトが頭を撫でようとした時に恥ずかしくなって途中でやめてしまった時のことを思い出した。あれはどっちの時だっただろうか。ミナトが記憶を失う前と、後の。そんなことを考えているうちに、まぁ、されるがままでもいいか、と思うようになり、俺は目を閉じて頭を預ける。ミナトは小さく、ふふ、と微笑み身を翻し、外へと出る。俺の中でも、何かが変わりつつあった。

 高台寺も天神神社も自転車でいけるような距離にある。
 まずは高台寺へと自転車を走らせ、石段を一段飛ばしで駆け上がる。年に一度は必ずきているところだ。ごく自然に本堂をお参りしてから、住職を探す。
「おお、蓮台寺んとこの倅か」
 ここの住職はかなりの老齢だが、その分、街の人との関わりも深く広い。俺のことは大晦日に鐘を撞きに行くから当然知っている。
「すみません、いつも大晦日にしか来ないのに」
「よいよい、若いのが今も、大晦日だけでも来るってだけで充分じゃわい」
「……ありがとうございます」
 年の暮れにはいつも良くしてくれるために頭が上がらない。
「今日は、お願いがあってきたのですが……鐘を見せていただけませんか?」
 一度撞けば町内に響き渡る上、昔は時計の役割をしていたため、むやみに一般人が鐘を撞くことはできない。いたずらされることを防ぐ目的で、鐘には通常近づけないようになっている。
「んん?鐘なら毎年大晦日にお前も撞いとるじゃろ……ああ、夏休みの自由研究みたいなものか?」
 子ども扱いされているのかと一瞬むっとしたが、まぁ、子ども扱いなのだろう。住職の歳からすればきっと悪気はないはずだ。
「……まぁ、そんなところです」
「よいよい、存分に見ていけ。鐘を撞いちゃいかんぞ」
「わかっています。ありがとうございます」
 俺が一礼すると、住職はゆったりとした足取りで去っていった。俺は早速鐘楼へと向かう。
 毎年訪れている場所ではあるが、除夜の鐘を撞く時以外に来たことはないため、昼間の鐘楼はなんだかいつもと違って見えた。苔むした石段を登り、鐘のすぐそばまでくると、ここから町全体が見渡せた。なるほど、確かに昔は刻を告げる時計代わりだったのだろう。ここで鐘を撞けば、町の端まで音が届きそうだ。
 若干鐘を撞きたい衝動に駆られたが、今日の目的はそれではない。鐘に近づき、一周し、中に入り、それらしい刻印などがないか顔を近づけて探す。
「どう?なにか見つかった?」
 ミナトもわくわくしながら、鐘の中に入り、内側に刻印が無いか探している。
「そもそも刻印らしきもの自体がどこにも……ないな」
「う〜ん、確かになにもないわね?おかしいなぁ、ここに『蓮台寺家の秘密をここに刻む』とか、そういうのがあると思ったのに」
「そんな直接的な書き方するものかよ。いや知らないけど」
「じゃあ、どういうのがあると思ってたの?」
「どういうの、って……そうだな……」
 俺は鐘から離れて、景色を見渡しながら考える。
「一見すると普通の文章みたいなのが彫られているが、実は暗号で……」
「ふむふむ」
「その暗号は、蓮台寺家の人間にしか解けなくて……それを解くと隠された地下室への扉を開く鍵が見つかってだな、その地下室に入ると昔の文献がずらりと並んでるわけだ。それらが並べられてる棚の一番上から突然古びた大きい箱が落ちてきて、ひとりでにそれが開くと、中には綺麗な刀と、美しい少女が横たわっているわけだ」
「ふふっ」
「なにがおかしいんだよ、ダメか?」
「ダメじゃないけど……ふふふ、意外と想像力たくましいのね。昔のゲームみたい」
「うるさいな、好きだったんだよ小さいときは。せっかく謎解きやってるんだから、それぐらいの大冒険するテンションでいたいだろう?」
「ふぅ~ん……あっ!!ショータくん、ここに『蓮台寺の末裔に告ぐ』って書いてある!」
「う、う、嘘だろマジか!?」
 俺は人生で一番速いダッシュで、ミナトの元へ駆け寄る。鐘の中にもぐりこみ、ミナトが指さす部分を凝視する。薄暗い鐘の中の文字を見つける為、顔をよく近づけてみる。
「うそよ♡」
 指さした場所には、なにも刻まれていなかった。
「ミナトぉ~~~!」
「きゃぁ~~♡年下の男の子にこんな暗くて狭いところで襲われちゃう♡」
「こんなところで襲うわけないだろ!」
 鐘の中だぞ。どんなプレイだよ。
 俺の純粋な厨二心をもてあそばれた怒りでもつれあった結果、ミナトの両腕の手首を握り捕まえたところで、目が合う。
「でも、いつもむすっとしてるショータくんが、実はそういう大冒険も好きなんだって知ったら、なんだか可愛いって思ったの」
 暗い鐘の中で、トーンを落としたミナトの声が響く。その声がなんだか優し気で、慈しんでいるようで。
 俺はまだ学園生だけど背だってミナトと同じくらいあるし、ミナトと違ってポンコツじゃないし。自分でなんだってできるし。ミナトに勝ってる部分だって多いのに。
 なのに、その声と、この柔らかく揺れる白い髪と、優しい笑顔に、俺は勝てない。
「どきどきした?ショータくん」
「してねーよ」
 刻まれた暗号ドッキリのことなのか、それともミナトのことなのか、わからないまま反射的に否定する。
「ふぅ~ん?」
 俺の表情を見たいのか、ミナトは俺に両手首を掴まれたまま、顔を覗き込もうと近づけてくる。
「ミ、ミナトこそ、こんな状態でなんとも思わないのか?」
「ショータくんは、手を出さない男の子だって知ってるし♡」
 挑発だ。
 これは挑発だ。
 今の言葉に怒ったふりを振りをして、多少強引に前に進むのが、きっと今の正解だ。
 大丈夫だ。玄関先で手を払われ拒絶された、あの時とは違う。手首を握る手に力がこもる。
「ミ、ミナト。俺だってなぁ……!」
「おーーい、蓮台寺の倅、鐘でやりたいことってそれかの?」
「「あっ」」
外から住職の声がした。

   ◇  ◇  ◇

「でも、わくわくして面白かったでしょう?」
 結局、鐘には何も刻まれておらず、ヒントが見つかることはなかった。俺たちは、手がかりが見つかりそうなもうひとつの場所、天神神社へと向かっている。
「まぁ、ちょっとはわくわくしたな」
「あのドッキリも、大冒険のワクワク感に貢献したと思うのよ。ねぇねぇ、何点だった?」
 まるで反省していない。俺の厨二心をもてあそんだ割りに点数つけて評価しろとまで言う。まぁ、しかし。
「25点だな」
 すごく下らなかったし、がっかりもさせられたが、楽しかったといえば、楽しかった。だから25点くらいは、くれてやってもいいだろう?あの瞬間は、大冒険の始まりを予感させたから。
「25点満点で!?」
 どんな幸せ回路してんだよ……


2-8 鐘を辿る物語③

 俺の先祖に鐘の字が含まれる、その理由。それをミナトと共に探せという珍妙な指示を親父から受けて、俺たちは次の目的地である天神神社に来た。
 ミナトが言うには、ここは神社ながらも仏像が保管されている場所だ。それにただの仏像ではない。1500年代半ばまでしか存在が確認できていない、下田市にあったとされる蓮台寺、その寺に鎮座していたとされる仏像が、蓮台寺が無くなってからも保管されているという。先に訪れた広台寺は、蓮台寺と名前が似ているが、別物だった。後でミナトから聞いた話だが、そもそも宗派が違うらしい。蓮台寺は真言宗だが、広台寺は曹洞宗だそうだ。しかし、広台寺がある場所にひょっとすると昔は蓮台寺があったのではないかという予想から、先に広台寺を訪れて鐘を調べてみたが、特にそういうことはなかった。
「ここなら間違いないわ♡だって蓮台寺ゆかりの仏像が置いてあるんだもの!」
「そうだといいがな」
 きらきらと目を輝かせるミナトに冷めた言葉を返すと、むぅ、と口を膨らませた。
「だめじゃない、もっとわくわくしなきゃ。大冒険なんでしょ?」
 天神神社に着いてからは、とりあえず無難に手を洗い、本殿を参拝する。その後、保管しているとされる仏像を見せてもらうため、宮司さんを訪ねた。
「あの、すみません」
「はい、ようこそお越しくださいました」
 社務所にいた巫女に声をかけると、丁寧な返事が返ってきた。
「こちらに保管されている仏像について、宮司さんにお聞きしたいことがあるんですが」
「少々お待ちください」
 巫女が立ち上がり、奥の部屋へと移動する。少しすると、宮司らしき人が奥から現れた。
「君かい?仏像について何か訊きたいとか」
 この人が宮司か。大晦日にだけ訪れる広台寺と似たようなものだが、天神神社も年に2回祭りがある為何度か訪れている。しかし、これまで宮司と直接関わったことはなく、話すのも今日が初めてだった。
「初めまして。お忙しいところ申し訳ないのですが、こちらに保管されている仏像を拝見させていただけないでしょうか?」
「申し訳ないが、一般には公開していなくてね」
 単刀直入に申し入れるも、事務的な拒否。断り慣れている感じだ。
「はい、それは存じていますが、その上でなお、お願いします。見せていただきたいのです」
「うん?それは……どうしてかな?」
「それはですね、えっと……」
 言葉に詰まる。見たい理由というのは、端的に言えば親父に指示されたミッションをクリアするためだ。しかし、経緯から説明しようとした時に気が付いた。そのミッションというのは『蓮台寺家の男に鐘の字が含まれている理由を探せ』であり、『仏像を見せてほしい』という直接的な理由にはならない。
 他人からすればまるで小学生が宝探しのお遊びでもしているかのような内容のミッションの為に、見せてくれというのは、笑ってくれと言っているようなものだ。
「あれかな?大学の研究とかかな?それとも学芸員とか」
「いえ、研究目的ではなく……」
「興味本位だったらすまない、やはり公開できないんだ。昨今は仏像の盗難や破損の被害が全国的に相次いでいるからね」
 もっともな理由だ。俺には無理を言って仏像を見せてもらう為の大義名分がない。
「そこを……なんとかなりませんか?」
 でも、ここが最後の探し場所だ。ここで見つけられないなら、振り出しに戻ってしまう。
家の中も、広台寺も探した。あと関係のありそうなところというと、ここくらいなんだ。
「なんとかって言われても……困るな、どうしてそんなに見たいんだい?」
「……」
 再度問われるも、どう返していいのか分からず黙ってしまう俺に対し、露骨に警戒心をあらわにして怪訝な目を向けてくる宮司。当たり前だろう。大学生でも学芸員でも研究者でもなく、詳しい理由を述べずただ見せてくれという若い男。怪しくないわけがない。
「別に君が仏像を盗もうとしているのかと疑ってるわけではない。だが、公開していないと決まっているものを捻じ曲げてまで君に見せて、何かあったときに責任が取れないんだ。わかるだろう?」
 ごもっともだ。俺は目の前の宮司さんに、ルールを破ってまで特別に俺たちだけに見せろと言っているのだ。無茶な話だ。
「あまり大人にわがままを言うものではないよ。今日は帰りなさい」
「ねぇ、どうして言わないの?」
 後ろで黙っていたミナトが、うなだれる俺に問いかける。
「君は?」
「私は蓮台寺ミナト。仏像を見たい理由が……ちゃんとした理由があるんです!」
ミナトは背筋をぴんと伸ばし、自信満々にはっきりと、宮司の目を見て答える。
「ミナト……でも」
「いいじゃないのよ。おかしな理由かもしれないけど、私たちの立派な理由でしょう?それでも断られたら、また考え直せばいいだけよ♡」
「お嬢さん、蓮台寺……と言ったか?鐘造さんのところの?」
「えぇ、私とショータくんは、蓮台寺家の家族よ」
「そ、そうか……鐘造さんはお元気かい」
 父の名前が出る。ウチのことは知っていたのか。
「えぇ、おかげさまで、壮健です。実はその父から指示を受けておりまして、子供っぽい内容かもしれませんが、俺や父のように名前の中に鐘の字が入っている理由を探して見つけ出せ、ということでして、その手掛かりになるかどうかはわかりませんが、昔のあった蓮台寺とうちの家が関係あるかもしれないと思い……」
「……」
「ばかばかしいかもしれませんが、これが本当の理由です。無茶を承知で、お願いできませんでしょうか?」
「う、うむぅ……」
 宮司は困ったように唸る。
「絶対に仏像を傷つけたりしません。見るだけです。お願いします」
「し、しかしだな……」
「お父様が、いつも大変お世話になっております♡」
「わ、わかったわかった、向こうから周ってこっちにきてくれ」
 突然宮司は手のひらを返し、奥へと案内してくれた。
「どうしたんだ?宮司が急に態度を変えるなんて……」
「来る途中の石段に、あなたのお父様の名前が刻まれた石柱があったわ」
「もしかして……寄付金か?」
「ここの神社、あなたのお父様に“大変お世話に”なってるみたいね?」
「……ははっ」
「使えるものは使わなきゃ、ね♡」
 敵わないな。

 案内されるがままに、宮司の後ろについて奥へと進む。仏像を保管している収蔵庫は重苦しい扉で、開けるとその先には複数の仏像が鎮座しているのが見えた。
 蔵庫に入ると、わずかに身体が震えた。閉め切られている庫内の空気は重く冷たい。鈍く光る仏像に見つめられて自然と背筋が伸びた。
「こちらが大日如来像、こちらが四天王像だ」
 どう向き合えばいいのかわからず戸惑う俺の傍らで、ミナトはゆっくりと像の前に立つと、床板に直接正座して手を合わせた。ミナトがその所作をするなら、それが正しいのだろう。それを見た俺も、見様見真似で正座し手を合わせる。
「触ったりしなければ、自由に見てくれていい。裏側に周っても構わない」
 宮司から許しを得て、普段どんなお寺に行っても見ることのできない、仏像の後ろ側を見ることもできた。わずかなヒントが隠れていないか、目を近づけて隅々まで見た。
「『蓮台寺家の末裔へ告ぐ』って彫られてるわ」
「ああ、そうですか」
 もうひっかからないのがわかりきっていて、なおざりに嘘をつくミナト。適当にあしらいながら調べる俺。
 しかし結局、ヒントになりそうなものは何も見つからなかった。
 宮司にお礼を言い、重い足取りで帰路につく。
「振り出しに戻ったわね」
 思いつく限りでは、もうこれ以上探せるところがない。
 ミナトと共に探せというのは、なにかの鍵なのだろうか?ミナトじゃないと思いつかない場所?ミナトじゃないとたどり着けない場所?
「やっぱり、家の中にヒントが隠されているのかしら?ショータくんの好きな地下室とかまだ見つけてないし♡」
「どうだろうな」
 考えてみるも、解決策が浮かばない。そもそも、見つけられるものなのだろうか?
 親父は見つけろとは言ったが、必ず探し出せるとは言っていない。答えのないものを探させられているのではないだろうか?
「ひょっとしたら、灯台下暗しってこともあるかも!ショータくんのベッドの下に、地下室への鍵があったりして〜!」
「地下室は適当に言ってみただけだ……」
 答えのないものを探させて、それで駆け巡った思い出が宝物だとでも言うつもりか?俺は親父に、そこまで見下されているのか?
「で、でもでも、ショータくんの大好きなお姉さん系えっちな本を間違えて見つけてしまうかも!?先に隠しておく時間をあげるわ~♡」
 親父への不信からそんな考えにばかり囚われていると、一番大事なことを見逃してしまうというわけで。
「……なんか、ごめんね。ショータくん」
「え?」
 ミナトは突然足を止める。気付かないうちに傾いていた陽が、俯いたミナトの顔に影を差す。
「私、全然役に立ってないなぁ、って」
「なんで、そんなこと……ミナトはちゃんと役に立っていたよ」
 俺の知らない広台寺や天神神社のことを、ミナトしか知らない知識で教えてくれた。これは間違いなく、ミナトがいなければ出てこなかった案だ。でも。
「役に立ってないわ。結局、無駄足だったし……」
「いや、そんなことは……」
 そんなことは、ない。少なくとも、広台寺や天神神社にはヒントがないことが確定したじゃないか。それはミナトのおかげだ。間違いなく。だからこそ、これから家探しに集中できる。でも。
「いいよ、気を遣ってくれなくても。私が勝手に、張り切っちゃってただけだし……」
「気を遣って言ってるんじゃない。俺は本当にミナトのおかげだって思ってる。生返事だったから怒ってるのか?悪かったよ。考え事をしてたから……」
「だって、ショータくん何も言わないじゃない。『役に立った』としか言わない。具体的な理由、言わないじゃない。それって、言えないからじゃない?」
 ミナトがここまで思いつめていたということにすら気が付かないほど、俺はミナトのことが見えていなかったわけで。
「だから、気を遣わなくてもいいの。私ね、お姉さんだから……ショータくんから頼られたかったけど……あーあ、またショータくんを困らせちゃった。ごめんね、私だめだなぁ」
 自分の愚かさを嘆くような自己否定を呟く。
 バカだ。本当にバカなやつだ。どれだけバカなんだ、俺は。
 どれだけ心で思っていても。伝えなければ意味がない。後で伝えても、響かない。今伝えなければならないことが、たくさんあるのに。
 俺は頭を抱えて、自分の愚かさを嘆く。同じことをしていても、ミナトとは真逆。
「あ~、あ〜~~~~クソッ!!」
 怒りに囚われ、頭をかきむしる。自分の愚かさが許せない。
「えっ……えっ……?ど、どうしたの?」
 俺の突然の豹変に、ミナトは戸惑いを見せる。
 償わなければならない。彼女の笑顔を取り戻さなければならない。
 伝えるべきことを伝えた上で、彼女が一番納得する成果を。
「ミナト、今更で悪い。だがはっきり言いたい。寺や神社に行くべきという案を出してくれたこと、とても感謝している。その点で非常に役に立った」
「え、えっと、その……本当に今更よ。だって、結局なんの答えもヒントも得られなかったのに……」
「少なくとも、この二つの寺社には答えがないという答えを導き出してくれた。非常に役に立った」
「そ、それはどうもありがとう……?でも、それじゃあ意味ないんだってば!」
「そして、今、ミナトはこのミッションのクリアに向け、とても役に立っている。MVPだ」
「え?いま?いま私、何かした?」
 やはり、目の前のお姉さんはとても頼れる。
 だって俺は、ミッションの意義について根本から疑い始めていた。ミナトがいなければ、ミナトが隣にいてくれなかったら俺は、“ここで終わろうとしていた”のだ。でもミナトはまったく諦めていなかった。
「悪いがそれだけは、言えない」
「なんで?なんでなの?」
 だって、言えるわけがない。言わなければ伝わらないとしても、言えるわけがないよな。『ミナトの悲しむ顔が見たくなくて、もう一度奮い立った』だなんて、そんな歯の浮くような台詞は。

    ◇ ◇ ◇

 そして次の日。
 その日は朝から騒がしかった。俺が。
「もう一度洗い出すぞ!家の中にある本という本をだ」
「ふぇ〜ん、まだ眠いのにぃ……」
「母屋だけじゃない、離れもだ!」
「ひぃ~!」
「仏壇も探るぞ」
「ば、罰が当たらない……?」
「ヒューマノイドがそこでびびんのかよ」
「ヒューマノイドにだって、悪いことすれば罰が当たるわよ、たぶん」
なんて信心深いヒューマノイドだ。まぁ、人間臭くて良いが。
「わかったよ、ここは俺がやるから……ミナトはそこの箪笥の中を頼む」
「……う~ん、やっぱり何もないわね」
 書庫も応接間も仏間も、親父や母さんの部屋も全部探したのに、なにも見つからない。本当に家の中にあるのか?諦めたほうが早いか?……いや、それはしたくない。
「箪笥にもそれらしいものはなかったわ。あとどこを探そっか?」
「ちょっと軽く過去に飛んで1500年代の蓮台寺に行って、当時の家系図でも現代に持ってきてくれ」
「私にタイムパラドックスを起こせと言うの?めちゃくちゃなステーションマスターだわ。しかも蓮台寺家が当時の蓮台寺の檀家をしていた前提じゃないのそれ」
「蓮台寺が今も残っていたらな……」
 昨日訪れた天神神社は、蓮台寺が廃寺となった後に建立されたという。天神神社が再建されたのは延宝6年(西暦1678年)だというから、その時点では既に廃寺になっているということになる。
「蓮台寺自体は、他の県にもあるわ」
「え?そうなの?」
 知らなかった。てっきり、下田市にしかないものだと。いや、そういえば蓮台寺という地名は全国に結構あると言っていたな。
「有名なのだと、岡山県の由加山蓮台寺。ロードするからちょっと待ってね♡」
 岡山県か。遠いな……
「ロード完了。こっちの蓮台寺と同じで、行基が開いたものだからルーツは同じね。厄除けで有名みたいよ。でもとても大きいわね」
 遠いが、関係ないか。
「蓮台寺の隣には、由加神社っていうのもあってね、こちらも厄除けの総本山みたいよ……って、ショータくん?なにしてるの?」
「出発の準備だよ。ミナトも早く準備するんだ」
「まさか……行くつもり?岡山よ?」
「新幹線を使えば早い。それに、家を探しても見つからないなら、少しでも関係のありそうなところは全て行こう」
「ショータくん……」
 半ば意地のようなものがあるのも否定できないが、俺の為に色々調べてくれたり、励ましてくれたり、むすっとした態度の悪い俺に笑顔を向けて冒険を楽しんでくれた、そんなミナトに対して俺ができること。それは、一緒に冒険してよかったと心の底から思えるような、そんな結末まで持っていくことだ。共に成し遂げるんだ。ミッションを。

 新幹線に乗ったのは久しぶりで、最初こそ車窓を眺めていたが、すぐに飽きてしまった。
名古屋でこだまからのぞみに乗り換えて更に1時間半。岡山についてから更に在来線とバスを乗り継いで、更にタクシーを使って山の上へ。
 蓮台寺に着くと、俺は真っ先に総本殿へと向かった。
「初めまして。俺は蓮台寺鐘太郎と言います。静岡県下田市の蓮台寺から来ました。実は、今日はあることをお尋ねしたくてこちらを訪ねました。お話を伺える方はいらっしゃいませんか」
 応対してくれた若い方は、突然の申し出に戸惑ってしまっている。
「もう一度、名前を聞いてもよいかの」
 俺の声を聞いていたのか、奥からかなり老齢の男性が現れた。住職だろうか。
「はい、蓮台寺鐘太郎と申します」
 一番の責任者に近いと感じ、姿勢を正す。瘦せこけた顔のその人は、白が混じったひげをじょりじょりと手で揉みながら、俺をじっと見つめた。
「まさかとは思うが、名前に鐘の字が入っておるのかね?」
「……!?はい、そうです」
 ビンゴだ。
「ほっほっほ、長く生きとると、面白いことがあるもんじゃ。のう?」
「は、はぁ。あの、どうして鐘の字のことを?俺のことをご存じなのですか」
 そう訊くと、男は笑って答えた。
「もう20年以上前になるが……自分の名前に鐘の字が入っている理由を探しに来た、若い男が来てのう」
 親父だ。間違いない。そういうことだったのか。親父もまた同じ疑問を抱いたのか、または祖父から指示を受け、鐘の字の秘密を探し回り、最終的にここへと辿り着いたということなのか。
「俺の、父ですね、おそらく。俺は父に、自分の名前に鐘が入っている理由を探すように言われて、ここにきたのです」
「ほっほっほ、なるほどのう、やはり親子は考えることが似るということかの」
「……かも、しれません」
「そんなことを訊かれてもわしゃ知らんから困っとったんじゃが、当時の住職が出てきての。今のわしらみたいに。それで、こう言ったんじゃ。『20年ほど前にお前の父が同じように訪ねてきた』、と」
 なんということだろう。自分の親から指示を受け、探し回り、最終的にここに辿り着くこと、そこまでが連綿と受け継がれていたことだったのか。なんて無駄に壮大な遊びだろう。結局、この冒険をさせること自体が、自分の息子の名前に鐘の字を入れる理由であり、答えなのだ。
「ははっ、はは、ははははは……」
「しょ、ショータくん?」
「ありがとう、ございました。はは、はは、なるほど、俺の息子にも、鐘の字を入れようと思います。訪ねてきたときは、ご対応宜しくお願いします」
「ほっほ、下のもんに教えておくわい」

「ねぇねぇ、ショータくん、まさかこんな結末なんてね」
 帰り道、ミナトは心から楽しそうにしていた。これまでの冒険の余韻に、浸っているのだろうか。
「ああ、驚いたよ。まさか本当に、鐘の字に理由があったなんてな」
 正直なところ、自分を奮い立たせる為に必ず鐘の字の理由を見つけ出してみせると言っていたものの、やはりそんな理由などないのではないかと半ば考えていた。答えの見つけられない指示を与えてその不甲斐なさを冷たく蔑む……あの親父はそれくらいしてもおかしくないと思っていた。しかし実際は確固たる理由があり、親父が指示を出したのも、先代から続いてきたものだった。
「お父様には、報告するの?」
「あ、ああ。そうだな。報告しないと」
 やはり気が乗らない。ミッションを達成できたという成功の報告であったとしても、それでも苦手意識があるのだ。どうして父親に電話するというだけでストレスを感じなければならないのだろう?
 しかし、後回しにしていいことではない。俺は大きく吸って吐き、ポケットからスマホを取り出す。決心が揺らぐ前に発話ボタンを押す。数回のコールの後、あっさりと繋がった。
「わたしだ」
「もしもし、親父、今俺は岡山の由加山蓮台寺にいる」
「…………」
 返事はない。俺も少し返事を待つ。
「……ふ、そうか」
 笑った?
「ああ」
 細かく言わずとも、伝わっただろう。ここに辿り着いたことも。ミッションが達成できたことも。
「ミナトも一緒か?」
「ああ、一緒だ。2人で探した」
「そうか。辿り着いたんだな……よくやった」
「えっ!あ、あり、がとう……」
 褒め、られた……?
 頭が真っ白になってしまう。これまで、何度学年一位を取ったことを報告しても、何も言われなかったのに。
「学園はどうだ?」
「えっ、そうだな、それなりに」
「学園で友達はできたか?」
 どうしちゃったんだよ、親父。お前、俺のそんなことには、興味がなかったはずだろ。そんな矢継ぎ早に色々と訊いてきたこと、なかっただろ。
「お前に一つ確認しておきたいことがある。かなり突拍子もない指示を出したと思うが、そこに辿り着くまで探し続けたのは何が理由だ?」
 指示を出しておいて何を言ってるんだか……しかも、突拍子もない指示だという自覚はあるんだな。
「あー……それは、ちょっと待ってくれ、親父。ミナト!ちょっと長くなりそうだからそのへん見ててくれ。…………よし、えっと……そうだな、一言でいうと、ミナトが頑張ってくれたからだ」
「お前自身ではなく、ミナトのおかげだということか?」
「というか、ミナトが頑張ってくれたおかげで、俺も頑張ろうと思えた。そういうわけだ」
 なんか、小っ恥ずかしいな。変なことを言わされている気がする。
「そうか、なるほど……わたしは……お前を……」
 親父は珍しく何かを言い淀み、口をつぐんでしまった。
「え?親父?もしもし?」
「……いや、なんでもない。よくやったな」
 その直後、通話は切れた。変な親父だ。いつもと様子が違ったな。なにか悪いものでも食べてしまったのか?
 いつもはどれだけこちらが語りかけても、まるで機械に接しているかのような冷たさで、感情のない言葉しか向けられなかったのに。あんな風に言い淀んだりとか、俺に興味を持っているかのような質問をしてきたり……
「ショータくん、どうだった?お父様との電話は」
 学園でどうしてるかとか、友達できたとか、まるで親みたいなことを訊いてくるじゃないか……?
「ねぇ、ショータくん、ショータくんってば!……あれ?ショータくん、泣いてるの?」
 なにより、『良くやった』なんて……おかしいだろ。俺のこと、見捨てたんじゃなかったのかよ。なんで今になってそんなこと言うんだよ。今まであれだけ父親らしいことを放棄してきたやつが。
 ミナトが心配して俺の頭を撫でてくる。馬鹿だな、そんなしんみりした顔をして。ミナトは笑顔の方が似合ってるんだから。そんな大したことじゃないよ。もう俺も子供じゃない。親に褒められて喜ぶのなんか、小学生までだって。そうだろ?ああ、でも、同情でもいいや。ミナトが俺の頭を抱き寄せて撫でてくれている。しばらくこのままで委ねよう。今から目に埃がっていっても、もう遅いかな……?


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