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浜を照らす大輪の花火

今シーズン、いわきFCのJ3リーグ戦メイン会場として使用されているJヴィレッジスタジアム。
居住地の茨城から会場に向かう旅路も既に慣れたもの。
ナビを設定せずとも辿り着ける程度には身体に染み付いてきた。
ワクワクとドキドキとを詰め込んだ車中は、今日の試合についての会話に花が咲く。
前回のホームゲームから今日に至るまでの出来事を振り返ったり、
今日の試合の推し事について事前確認をしたり、
楽しい雰囲気で、車は常磐道を北へと進んでいく。


そんな道中、運転をしているといつも感じることがある。
それは福島県に足を踏み入れ、いわきにあるいくつかの降り口を通り過ぎた後、常磐道いわきJCTを通過すると必ず訪れる。

それまで周囲にいた他車の気配が明らかに少なくなり、
前後に車のいない貸し切り状態で走行する光景が広がる。
時々、前の車に追いついたり、追い越されたりはするものの、
大半の車はいわき中央、またはいわき四倉で降りていく。

そうして広野出口に至るまでの約30分間は、
快適な走行状態とは裏腹な、複雑な気持ちが去来する。

それは何だかこの光景が、
過去に知った現実を表しているような気がするからだ。


人の気配が無い景色

"あの日"から4年が経ったころ。
私はアクアマリンふくしまを訪れた際に、
ふと思い立って
常磐道を北に向かって進んだことがある。
それは野次馬根性のような軽い気持ちではなかったことを覚えている。
ともすれば自分が同じような立場になるかもしれなかった場所で生活をしているものとして、その景色を"見ておかなければならない"と思ったからだ。

時間は夕暮れ時。
周囲が薄暗くなり、車のヘッドライトをつけるような時間だ。
季節ははっきりと覚えてはいないが、
そんなに日の長い季節では無かったことは覚えている。

いわき湯本ICから常磐道を北へと向かう。
じきに対面通行となり、速度を落として少し走った後
その光景は突然に眼前へと表れた。

薄暗闇の中に浮かぶ、灯りの無い家々の姿だ。

点在する家々のシルエットは見えども、
そこには一切の光がない。
あるのはかろうじて点いているのであろういくつかの街灯と
無数に置かれている
全てを吸い込んでしまうような漆黒のビニールシートに包まれた何か。

十数キロに渡って続く、息をのむ異様な光景に、
誰に言われずとも、私はここが"その場所"なのだということを
思い知らされた。
あまりの衝撃に、
それ以上の距離まで近付くことはできなかった。
自分でも何だかわからない恐怖心と、
こみ上げてくるような不安に押しつぶされそうで、
見ておかなければならないと思った気概は既に消えていた。
高速道路越しの景色だけで、
私には限界だった。

その後、最寄りの『降りることが出来る』IC出口から下道へと進み、
近くにあったコンビニで少し休憩をはさんでから、
折り返して帰路を走ることにした。

やはりそこには
同じ光景が広がっていた。

運転をしながら、
私はずっと考えていた。
見に来たことには、1ミリも後悔は無い。
これがテレビの中だけでつくりあげられたフィクションでは無く、
紛れも無い現実なのだと認識できたという意味で、
間違いではないということは感じていた。
だが、その現実を受け入れるために、
自分は余りにも無力だった。
これが現実だという事を認識したところで、
その先自分がどうすればよいのか、ということまでは
考えることは出来なかった。
その場に居るわけでもない、
体験したわけでもない、
そんな自分はこの現実に相対して
一体何をどうしていけば良いのか。
それを考える事さえおこがましいという思いが
その先まで想像することを邪魔した。

そうこうしているうちに、
日々の生活に追われる中でそのような思いは時の流れと共に紛れていき、
つい最近まで思い出そうともしていなかった。


2022.8.20 vs福島 試合前

今年に入って、いわきFCの応援を始め、
浜通りへと足を運ぶことが増えた。
それに伴って、あの時の考えが思い出されるようになった。

人が生活していたはずの場所は、
"あの日"を境にして、人が生活を営むことが難しい場所になった。
自分と同じように、何気なくその土地で生活をしていたはずの人々は、
時が経つにつれて足を踏み入れられる場所は増えつつあるものの、
全ての人がその場所に戻れることは、おそらくもう二度とない。
思いや考えは人それぞれあると思うが、
それが『現実』なのだということは紛れもない事実だ。
自分に対しての何とも言えない感情が、
ハンドルを握る手に複雑な思いを抱かせる現状は
特に数年前と変わってはいなかった。


いわきFCはシーズンが始まってからずっと好調を維持しており、
現在J3リーグで首位を走っている。
最初は『謎の卵を孵化させろ!』で注目するようになり、
完全にハーマー&ドリー目当てで足を運んでいたのはほんの5か月前のこと。
あれから試合を追うごとに、いわきFCの闘う姿勢と地域に根差すクラブフィロソフィーに心を掴まれ、
今ではすっかり全部が目当てになっていた。

今日の対戦相手は福島ユナイテッドFC。
いわきFC創設以来繰り返されてきた『福島ダービー』と冠されるそれは、
福島県内でのPRが多かったせいもあってか、前節、松本山雅FC戦を超えるホーム自由席券売数が既にクラブ公式で発表されており、多数の観客が来場することが予想されていた。

天気は曇り。
気温も最近までの酷暑から様相を変え、少し肌寒くも感じる広野の風が会場に吹いていた。

すっかり顔なじみになってきたサポーターの方々に挨拶をしたり、いつものような流れで会場に入場したり、タイムスケジュールを追いながらその時々にやるべき『推し事』に手をつけながら、時間は刻々とキックオフの時間へと近付いていた。

あれは14:00を過ぎたころのこと。
カワイイ、クラブマスコット達の場外グリーティングが行われていた際に
天気予報の情報よりもだいぶ早く、雨が降り出した。
グリーティングの終了と同時に、座席へと戻る。

(今日もきっと3,000人は超えないだろうなぁ・・・)

そんな残念な思いを抱きながら、
荷物にビニールを被せ、雨支度をした。


その後、時間を追うごとに雨脚が強くなっていく。
赤いチームと赤いチームが闘うスタジアムは、
赤いポンチョやカッパが目立つようになっていた。
そこかしこで傘の花が開いている。
身に付けている服が、どんどん濡れていく。
これはちょっとマズいなぁ、と思い、
濡れたら困るような荷物を車へ置きに行くことにした。

荷物をしまい、車に鍵をかけ、
場内の座席へと戻ろうとしたその時、
いつもとは違う光景がそこに広がっていた。

あれ? もうキックオフ間近なのに、なんでみんな並んでるんだろう?

その違和感に気付くまでにそう時間はかからなかった。
スタジアムのゲート付近に、
たくさんの人が列を成している。
何の列なのかと訝しげにしていると、
近くにいた運営スタッフがトラメガで呼びかけた声が耳に届いた。

「こちらはホーム自由席入場の列になります。
メイン側にご入場のお客様は隣の列にお並び下さい」

その列は場内に入場しようとする観客の列だった。
いつもならこの時間はそんなに人が並ぶことも無く、
スムーズにゲートをくぐり入場していく。
しかし今日はそこに待ち列が出来ていた。
きっと、降りしきる雨も相まって、キックオフ間近になってから多数の観客が訪れたのだろう。
そう理屈っぽく考えつつも、心は高鳴っていた。

(これはひょっとするかもしれないぞ・・・)

まだ試合も始まっていないのに、なんか感情が動いて泣きそうになりながら、少し速足で座席へと戻った。


2022.8.20 vs福島 キックオフ

16:33。
主審のホイッスルが試合の始まりを告げた。

いわきは4-4-2のいつものフォーメーション。
対して福島は3-5-2のフォーメーション。
個人的には少し苦戦をするのではないか、という印象を抱いていた。

往々にしてフットボールでは、守備時に前線からハイプレスをかけるチームにとって、フォーメーションの違うチームと対戦する際には苦戦を強いられることが多い。
選手の配置が噛み合わないことで、マークをずらされて局面での数的不利を作られたり、空いたスペースを使われたりすることが多いからだ。
まして今シーズンの福島ユナイテッドはボールを保持し、支配率を高くして攻め込んでくることが多いというデータが示されている。
5/4のリーグ戦ではセットプレーからの得点で辛くも1-0で勝利を収めているものの、5/8の天皇杯では0-1と苦杯を嘗めている。
どちらも攻撃力に特化した縦に早いスタイルを貫いているいわきFCにとってはもはや『珍しい』とも言えるロースコアでの決着となっていることから、今節も1点が勝負を分けるのでは、と想像していた。

だが、その想像は良い意味で裏切られることとなる。

福島のDF3人、MF5人に対して、
いわきはFW2人、MF4人、サイドバック2人が流動的に素早くマークを受け渡しながら、ご自慢の圧縮系ハイプレスを勇猛果敢にかけていった。

もちろんハイプレスをかけた裏のスペースや、
逆サイドの浮いた選手を使われることはあったにせよ、
走力を活かした素早い『寄せ』『戻り』を繰り返して、
福島の保持するボールをどんどんサイドに追いやっていく。
ある時はFW2人と攻撃的MF1人が相手のDF3人に食いついていって
『疑似3トップ』のようなフォーメーションで圧力をかけ、
またある時はサイドバックの2人が、
対面する福島のサイドMFに圧力をかけつつ、
裏のスペースはボランチの2人が素早くケアし、
福島が好きにボールを回せないように局面局面でプレスをかけていった。

ボールを保持するスタイルの福島に対して、
いわきは自分たちのストロングポイントを最大限に発揮して
『基本的にはボールを持たせない』闘い方を選択したように見えた。

対する福島も時折、マークの受け渡しの小さなロスを狙って
中央の空いた選手にくさびのパスを入れながら、得点を狙ってくる場面もあったが、いわきは強靭なフィジカルと闘う姿勢で跳ね返し続けた。

結果、前半は2-1といわきリードで折り返すこととなる。


後半が始まると、試合の流れはいっそう、いわきへと傾いた。

圧倒的なスタミナと走力で上回るいわきは、
前半から既に『噛み合わないフォーメーション』を自分達に
有利な条件へと引き寄せつつあったが、
後半開始直後からは怒涛のように、かつ巧みに操っていく。

福島の選手が位置するポジショニングの『間』に選手が次々と走り込み、
ボールを受け、前へと展開する。
徐々に運動量が落ちていく福島の選手とは対照的に、
運動量の落ちない、いわきはそれを凌駕していった。

結果として、福島はいわきの術中に『ハマった』。

本来プレスをかける相手に対して、
ボールを保持する側が有利になりやすい、
嚙み合わないフォーメーションは、
最早、いわきにとって有利なものにすり替わっていた。
無尽蔵の走力と闘う姿勢で自分たちのモノにしてしまったのだ。


後半途中、本日の入場者数が発表された。
『3,120人』
雨天にもかかわらず、
今シーズン1番の観客を集めたJヴィレッジスタジアムには、
いわきFCの闘う姿勢が存分につまった4発のゴールという花火が上がり、
試合終了と共に、たくさんの人々の想いや熱量が
そこかしこに余韻として漂っていた。


浜を照らす光

帰路はあっという間だった。
今日の喜び、楽しみ、温もり、いろんなポジティブな感情を
和気あいあいと語り合っていたら、
気付けば地元へと帰ってきていた。
その時はまだ、シンプルな『ゴールと勝利を見れた』高揚感と
そこに集う人々との『今日という日の思い出』ができた
という満足感だけしかそこには無かった。

でも家に帰ってきて、
後片付けをしながら、
ふと、あの複雑な感情が少し軽くなっていることに気付いた。

それはたぶん、
いわきFCという存在を介して、
雨天の中にもかかわらず、浜通りに『3,120人』という人々が訪れた
ということが、大きかったんだと思う。

もちろんこれも道半ばではあるし、
どれだけたくさんの人が訪れたとしても、
"あの日"を境に変わってしまった現実の
取り返しがつくわけでもない。

ただ、その場所に
自分がいれた。

それだけで、
恐怖感と不安の他に、
あの日抱いた何とも言えないもう一つの感情が
表面化して、そして救われる気持ちになった。

罪悪感

それを抱くことさえ、
おこがましいと思う自分もいる。
だけど、それだけの人々が集まった『いわきFC』という光を
これからも追い求めていく先に、
たくさんのいわきFCのステッカーを貼った車が、
常磐道を上りも下りも行き交う、
そんな未来への可能性がある気がして、
その光に、少なくとも自分は
救われているんだなぁ、と
実感して筆を取るに至る。

そんなこんなで、
まだ試合が終わって12時間も経っていないのに、
気付けば自分の心は既に
2週間後、次のホームゲームのJヴィレッジスタジアムにいる。



試合終了後。
WALK TO THE DREAMが流れるスタジアムで、
空に打ち上げられた花火を見た。

それは実際に放つ光以上に
いろんなものを照らす光だった。
(試合に負けていたとしても、こんな気持ちで見れたかなぁ・・・)
その場では、そんなことが頭の中をよぎったけど、
今考えると、たぶん気持ちは変わらなかったと思う。

またここに来たい。

自分にとって、
そう思わせてくれる光であることに
変わりは無いから。


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