見出し画像

༄༅古史古伝の世界༄༅ 竹内文書 ③上古:十六の方位

古史古伝の世界へようこそ(*´▽︎`*)。天神に続いて今日から上古の時代に入っていきたいと思います。上古はスメラミコトの元で世界が最も理想的に栄えた時代です。中心的とも言える時代になるので複数回に渡ってお話していければと思います。


上古は第一代天皇である天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇あめひのもとあしかびきみぬしみひかりおおかみすめらみこと から始まり二十五代続きます。天神は神々の時代でしたが上古は人類である五色人の時代です。天日豊本葦牙気皇主身光大神天皇には天下万国五色人大根祖神あまがしたとこよいいろひとおおねおやかみという別名があり、この天皇が人類の祖先であることが示されています。


上古一代に第一次神政内閣が発足し、日本を中心とした祭政一致の統治が行われました。天皇は世界で絶対的な権力を持ちながらもその統治は強権的なものではなく、神が受肉した天皇を万民が心から敬愛してかしずき、また天皇も人類全てを平等に扱い民のために心から尽くし長きに渡り平和が続いた理想的な時代であったとされます。


たった一人の天皇が世界を一つにまとめていたというのは今では考えにくい事ですが、天皇は一体どのようにして地球の広大な土地を統治していたのでしょうか。


世界を統治するにあたり天皇はまず皇子たちに主に日本の国内を統治させます。世界の中心である日本からまずしっかりと足固めをした訳ですね。

そして国内が整備された後に上古二代の造化気万男身光天皇 つくりのしきよろづをみひかるすめらみことの時に日本を中心にして世界を十六方位に分けます。
そしてこの十六方位に自らの弟妹である二十五人の皇子皇女のうち主要な十六人を民王みつとそん としてそれぞれの方角へ派遣し、その弟妹の名を国名としました。


超古代では派遣された皇子皇女の名前がそのまま国名となっていたのですが、それを現在の国と合わせてみてみましょう。

磐支那弟清王民 いわきのえだなおとしんみつとそん(中国)
②インダウ天竺万山黒人民王てんじくまんさんくろひとみつとそん (インド)
③インドチュウラニヤ黒人民尊 くろひとみつとそん(インド)
④ヨイロバアダムイブヒ赤人女祖氏あかひとめそたい (ヨーロッパ)
⑤ヲストラリニ日ニンユイタム赤人女祖氏(オーストラリア)
⑥オストリオセアランド赤人民王あかひとみつとそん (オセアニア)
⑦アジアシャムバンコクムス白人祖民王 しろひとそみつとそん(タイ)
⑧アシアアンナムノハノイ青人 あおひと民王(ベトナム)
⑨アフリエジプト赤人民王(エジプト)
⑩ヨハネスブルグ青人民王(南アフリカ)
⑪ヒナタエビロスイソム赤人祖民王(南アメリカ)
⑫ヒナタエビロスヒアルヘナ黄人祖民王(南アメリカ)
⑬ヒウケエビロスヒロコネ黄人祖民王(北アメリカ)
⑭ヒウケエビロスボストン赤人民王(北アメリカ・ボストン)
⑮ヒウケエビロスカスケムコ赤人民王(北アメリカ・カスケード)
⑯アフリアビシアムス赤人民王(アフリカ)
(「竹内文書でわかった太古の地球共通文化は縄文JAPANだった」/高坂和導著より引用)


現在の国名とかなり近い響きのものが多い事に驚きますね。ここで名の中に出てくる赤人、白人、青人、黄人、黒人というのは五色人であり、それぞれの民の肌の色が記されています。



十六方位を図に書いてみました(イメージを掴むための手書きなのでテキトーですがご容赦ください(›´ω`‹ ))。16方位の中心点は日本の位山です。


画像4


中心に円を入れてみましょう。

画像2

太陽の形に見えますね。


更にそれを繋ぐと、、、。

画像3

見覚えのある形になります。そう。天皇家の菊紋です。天皇家の十六菊花紋はそれぞれの皇子皇女達が統治した方角を指しており、菊紋は天皇家を象徴すると同時に世界を表現したものであるとされます。

天皇家の紋が何故菊紋であるかについては諸説あるようです。菊の紋様は平安時代から貴族の間で使われ始め、一説によると後鳥羽天皇が菊を大変愛でられたため紋章として採用したとも言われているようですが、はっきりとした起源は分かっていません。

日本国を象徴する天皇家の紋が日本の固有種ではなくなぜ中国を原産とする菊なのだ( ̄∀ ̄)と違和感を覚えたりするのですが、竹内文書によると天皇家の紋は菊ではなく元来は日の御紋だとされます。

菊形紋はシュメールの壁画やエジプトの副葬品、マヤ遺跡や古代バビロニアのレリーフなど世界中にみられており、スメラミコトが世界を統治していたとすれば天皇家の紋章が世界中に広まったと考えられるかも知れません。


日本は古くから太陽信仰のある国です。日本人は宗教というものに対する意識が薄く八百万の神々が住まう土地であらゆる自然を信仰の対象とするアニミズムが浸透している事もあり太陽信仰と聞いても何かピンとこない方も多いかも知れませんが、渡来人達が到来して神社というものを建てる以前から我々の祖先達は太陽を尊んできました。

私たちは国旗には太陽を掲げ、正月には天照大御神の化身である鏡を模した鏡餅を食べ御来光として朝日を拝み、三社造りの神棚には最高神として必ず天照大神を中央に祀っています。日本は『ひのもと』であり天皇は日の御子なのです。



ところでここからは余談になりますが、先ほどの十六方位の図の一つの角度は22.5度です。

画像4


この22.5度という数字を聞いてピンきたものがあります。それはガイアの法則。ご存じの方も多いかと思いますが、ガイアの法則というのは文明が一定の法則のもとで地球上を移動しながら繁栄していく宇宙的な法則の事です。

ガイアの法則では1611年毎に経度22.5度づつ文明が移動していき、その半分の800年は昼の時期として文明が栄え、後の800年は衰退していくというリズムを西洋と東洋が交互に繰り返していきます。西洋が繁栄期にある時は物質的な文明が栄え、東洋が繁栄期を迎える時には精神的な文明が栄えるとされます。

現在は前回のイギリスを中心とする西洋のアングロサクソン文明が衰退期を迎え、1995年から東洋文明の時代が始まっています。そしてこの法則では次に世界の中心となるのは日本の135度線にある淡路島です。そう、淡路島といえば古事記で伊弉諾と伊邪那美が日本を創成した場所です。
ちょうど転換の年である1995年には阪神淡路大震災がありました。興味のある方はガイアの法則を詳しく調べてみて下さいね。


皇祖皇大神宮には菊形紋の中心に八咫の印が入った裏菊形の紋が伝わっています。八咫の鏡は天照大御神を象徴するものでもあります。

古事記を読んだ事のある方はお分かりになると思いますが古事記にはやたら八という数字が出てきます。八咫鏡やたのかがみ 八俣遠呂智やまたのおろち八尺瓊勾玉 やさかにのまがたま八雲 やくも八重垣やえがき 、八つの谷、八つの峰etc... ともう八だらけです。

八という数字は重要な意味を持ちますが八角形の一つの角度は何度でしょうか?


答え 135度


こうした繋がりを考えてみるのも面白いですね。ではまた次回お会いしましょう♪︎♪︎(*´▽︎`*)ノ゙