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訳者インタビュー:オオソリハシシギの物語を通して表現される「生命の循環」#1

一生のうち地球と月を往復するほどの距離を旅する渡り鳥オオソリハシシギを主人公した絵本『めぐり めぐる』(ジーニー・ベイカー作)。この絵本がもつ魅力を、翻訳した和田直(わだ・すなお)さんに聞きました。

■『めぐり めぐる』の魅力

この絵本を手にしたとき、なんて美しく、そして精巧につくられたコラージュなんだろうと驚きました。ジーニーさんの絵本は、これまで日本で2作品出版されていますが、どの作品でも、自然の美しい光景を目のまえにしているような、深い感動を味わうことのできます。ジーニーさんは、作品をつくるにあたって、現地に行き、自分の目で観察し、そこに暮らしている人びとに話を聞くそうです。

この絵本は、実に10年かけてつくられていますが、その間、鳥類研究者のグループと一緒にアラスカの繁殖地や採食地、それから中国の黄海周辺の干潟にも行ったそうです。ジーニーさんのコラージュには、自然の素材もふくめいろいろな材料が使われています。

まず空、そして大地、木や草、生きものへと段階的に描いていき、たとえば鳥は、写真を見ながら一つひとつの羽を置いていくなどして、一つの作品を仕上げるのに1週間は費やすそうです。いかに丁寧に取り組まれているかがわかると思います。

もう一つは、オオソリハシシギの物語を通して表現される「生命の循環」というテーマです。オオソリハシシギは、アラスカからオーストラリアやニュージーランドまで約1万キロの道のりをノンストップで飛行します。小さなからだで地球を半周する旅鳥のことを知って、ジーニーさんは「驚異の念」でいっぱいになったと語っています。

さらにオオソリハシシギのすごいのは、アラスカ南西部で子どもをつくりますが、その後、子どもは親と別れ、生まれて数ヶ月の若い鳥たちだけで群れをつくり、まだ見たこともないオーストラリアやニュージーランドを目指して、長旅をなし遂げるといいます。少し気づきにくいかもしれませんが、成長したひな鳥がしろぶちたちを見送るシーンに、ジーニーさんはしっかりと描きこんでいます。

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現地の人びとの間では、アラスカは「時のはじまりの地」と伝えられているそうです。旅鳥たちの繁殖地、つまり「生命が生まれる時」がひとつの始点となり、旅鳥が辿る「大昔からつづいてきたしるしもない道」という線を描き、それが地球をぐるりとめぐるさまは、まさに「いのちの環」に連なっていく、そんなイメージを感じさせます。ジーニーさんも感じられた「センス・オブ・ワンダー」が色あせることなく伝わってくる作品です。

■日本で出版されることの意義

ジーニーさんがあとがきに書いているように、このオオソリハシシギの物語は、私たち「人間」も含めた地球上のすべての生きものの営みが、互いに依存しあい、つながっていて、「生命の循環」に連なっているという事実を気づかせてくれます。そして、私たち「人間」が環境を破壊しつづけていることに対し、真剣に受けとめ、変化を起こさなければならない、というメッセージが込められています。この絵本では、ここ数年で急速に減少している黄海周辺の干潟が描かれていますが、オオソリハシシギは日本の干潟にもやってくるので、私たちにもとても関係があります。

オオソリハシシギの群れが、干潟をもとめて埋め立て地の上空をさまよい、やっと見つけた干潟では、食べものをとっているオオソリハシシギの傍で、人びとが潮干狩りをしている。こんなふうに絵本の見開きの枠のなかに、人間とオオソリハシシギが一緒に描かれることを通しても、「共生」という事実を感じることができます。それからこの絵本では、冒頭と終わりのシーンに少年が登場します。その少年には小さな変化があり、そうした変化を描くことで、「私たち一人ひとりが、変化をつくることができると伝えたかった」とジーニーさんは語っています。

もう一つは、これは私の勝手な解釈ですが、「多様性」のメッセージです。一羽のオオソリハシシギの物語は、「生命の循環」という大きな物語のなかで描かれると同時に、それは紛れもなく個性的でユニークで、ただ一つの物語でもあります。主人公のオオソリハシシギには、なぜ羽に白いぶちがあるのだろう。ジーニーさんには聞いていませんが、他と「ちがう」のは確かです。地球という大きな物語のなかで、私たちはどんなかたちであれ、一人ひとりの物語を生きていることにも気づかされます。

■翻訳にあたって心がけた点

まず、子どもたちは絵本を声に出して読んでもらうことが多いので、読みやすさ、文章のリズムを大切にしました。ベイカーさんの文章がとてもよく考えられていて、リズムもあるので、原文を音読して体感しながら考えました。それから、オオソリハシシギのことは知らなかったので、色々と調べなければなりませんでした。たとえば求愛の鳴き声は、実際に録音を聴いて、鳥の鳴き声として日本語で使うような表現を選びました。

そして、悩ましかったのは主人公の「しろぶち」の呼び方でした。原文ではオオソリハシシギの英語名 ‘godwit’ が使われていて、由来は ‘good creature’ という古英語にたどることができ、「よく食べる(good eating)」という意味だそうです。これをカタカナで「ゴッドウィット」と言っても、日本人にはオオソリハシシギのことだとはわかりません。それに、音や綴りから英語圏の人が感じることのできるものもありません。オオソリハシシギと呼ぶことも考えましたが、長くて読みにくいですし聞いても覚えにくい。

そこで、原文の ‘a godwit with white wing patches’ を略して「しろぶち」としました。親しみやすくなり、これは翻訳的には議論になるところですが、「しろぶち」という個性を際立たせることで、小さな物語をハイライトすることができたと感じています。

■届けたいこの本のメッセージ

今、子どもたちはたくさんのストレスを抱えて生きていると思います。コロナってなに?どうしたらいいの?いろいろ知りたくても、自分で確かな情報にたどりつけなければ、ちゃんと説明してくれるおとなもいない。暮らしている地域や環境にもよると思いますが、自由に出かけたり、友だちと会って遊んだりといった日常も制限されているかもしれません。親自身も、そうした閉塞感のなかで生きているかもしれません。

そんなとき、一冊の絵本や物語が、心の旅に誘ってくれることがあります。誰かの物語を旅して戻ってくると、自分の日常に新しいなにかが拓かれることもあります。そんなふうに、心がぎゅっと縮こまってしまっているような子どもたちへ、届いたらいいな、手渡してほしいなと思います。

ベイカーさんも言っていますが、先に私が説明したようなメッセージは、一度読んですべてわからなくてよいのだと思っています。繰り返し読んで、その度にさまざまに感じて、気づきがあって。いろいろなレベルでの関わり方で、小さい子からおとなまで実に幅広い年齢層にとって、繰り返し読んで楽しめる味わいのある作品です。

(つづく)
和田直さんへのインタビュー後編はこちら。

参考:
The Sydney Morning Herald, ‘Interview: Childsren’s author Jeannie Baker follows an endangered bird’s path’
https://www.smh.com.au/entertainment/books/interview-childrens-author-jeannie-baker-follows-an-endangered-birds-path-20160510-goqqzy.html
Australian National Maritime Museum, ‘Jeannie Baker on Godwits travels inspiring “Circle”’
https://www.youtube.com/watch?v=Xsv3U6cPaGo
Canberra Museum & Gallery, ‘Jeannie Baker Artist Talk, 25th November 2016’
https://www.youtube.com/watch?v=SnnZ0j5iArE
WWF 「1万キロをひとっ飛び!驚くべき地球の旅人オオソリハシシギ」
https://www.wwf.or.jp/staffblog/tips/1014.html

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和田 直(わだ すなお)
1983年、新潟市生まれ。津田塾大学大学院修士課程、およびエディンバラ大学大学院翻訳学修士課程修了。草木染めの「工房のい」主宰。訳書にエヴァ・ホフマン『時間』(共訳、みすず書房)。

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