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"Kiči Bijčiek" jazyšyha karaj tilini ochujm/『星の王子さま』でカライム語を読む-2

猛暑の中、不慣れな言語の文章を読み続けることほど部屋の温度が上がる要因はないけれど、カライム語の文章にある不可思議な文法や小さな発見、あるいはテュルク的な要素を見かけるたびに、夏の小川のせせらぎに反射する太陽の光のように私の好奇心は輝くのだった。

今回読み進めたのは第二章の初めまで。それでもカライム語の『星の王子さま』の中に面白い発見はなかなかにあった。

おとなたちがぼくにさせたこと

例えばIBC対訳ライブラリーのフランス語では次のような箇所がある。

Les grandes personnes m'ont conseillé de laisser de côté les dessins de serpents boas ouverts ou fermés. Elles m'ont conseillé d'apprendre plutôt le calcul, l'histoire et la géographie. pp.14

カライム語ではこのようになっている。

Aharachlar maja kieniaš bierdiliar: bir jartyn - ičtiań-mie hiem tyšchartyn - jylanlarny čyzmascha da artych geografijany, tarychny, san biliuviuń da gramatikany üriańmia bujurdular. pp.10

ここから何がわかるだろうか。実は対訳本とカライム語を比べると、おとなたちが「ぼく」にさせたことが違うのだ。対訳本では"le calcul(数学)"、 "l'histoire(歴史)"、そしてla "géographie(地理)"の三教科なのだが、カライム語では"geografija(地理)", "tarych(歴史)", "san biliuviuń(数学)"、"gramatika(文法)"となっており、カライム語の方一教科多い。何が多いのかというと「文法」が多いのだ。

Les grandes personnes m'ont conseillé de laisser de côté les dessins de serpents boas ouverts ou fermés, et de m'intéresser plutôt à la géographie, à l'histoire, au calcul et à la grammaire.

では、実際の原文はどうなっているのか。フランス語の原文と光文社の翻訳をを参照にしてみると次のようになっていた:

Les grandes personnes m'ont conseillé de laisser de côté les dessins de serpents boas ouverts ou fermés, et de m'intéresser plutôt à la géographie, à l'histoire, au calcul et à la grammaire. pp.6
(するとおとなたちにいわれてしまった。内側だろうが外側だろうが、ボアの絵なんかやめて、それよりも地理や歴史、算数や文法のことを考えなさいってね。)
—『ちいさな王子』野崎歓訳、光文社古典新訳文庫 kindle No.23/1298 4%

となると、おかしいのは対訳ライブラリーの方となる。どうやら対訳ライブラリーは前書きをよく読むと、優しいフランス語にリライトしているとのことだ。フランス語の学習者向けということでそれはある程度仕方がないと思う。ただ、なぜ「文法」を削る必要があったのかはよくわからない。個人的には算数や数学の方がよっぽどむずかしく感じるのに。

テュルクの勘でカライム語に挑戦!

前回のノートで説明したように、カライム語はテュルク諸語の一角でありながら、クリムチャク語と同じように話し手である民族はユダヤ人という言語である。

ところで、スラブ語の黒田龍之介先生がリトアニア語を紹介する際に「スラブの勘(だったと思う)が働かない」という言葉を確か使ったことがあったと思う。多分『羊皮紙に眠る文字たち』ではなかったかと思うのだが、あやふやだ。

これと同様にテュルク諸語にも「テュルクの勘」が働くことがある。テュルク系の言語というのは日本語と同様、動詞がさまざまな形に変化し、名詞を修飾したり、それだけでなく関係節を構築したり、従属節を作ったりと幅広い働きを動詞に担わせている言語である。そのため動詞が案外読解のキーになったりする。また、語彙も時折近隣のテュルク諸語と似通っていることも重要だ。そのため、テュルク系の言語を一つでもかじっていると他の言葉を勉強した時に応用が効くことが多い(ただ、黒田先生の時はリトアニア語のときだったので残念ながらスラブの勘は働かなかったように記憶している)。

さて、当然カライム語には時折テュルクの勘が働くことがある。例えば先に述べた次の文章などがそうである。


jylanlarny čyzmascha da artych geografijany, tarychny, san biliuviuń da gramatikany üriańmia bujurdular

まず文の至る所に登場する"ny"。これは明らかに対格語尾だろう。トルコ語やアゼルバイジャン語などでも、母音調和という現象があるけれど、"nı"/"ni"という語尾を直接目的語につける。綴り上、トルクメン語では母音終わりの単語がカライム語と全く同じ語尾になることがあり想像しやすい。例えばトルクメン語の"ýarany"。

次に、少し独特のように思えたのが"čyzmascha"という言葉だ。おそらく意味としては「描かないように」という意味だと考えられる。"čyz-"は「(絵を)描く」という意味があるが、その語幹につく"mas"から想像するに「否定」を表している印象がある。用法は違うが、ウズベク語の否定の"-maslik"やトルコ語やアゼルバイジャン語の中立系の否定"-mAz"に似た印象を受ける。ただしカライム語でさらに続く"-cha"という語尾がどのような機能をはたしているのかはまだわからない。

第三に動名詞の作り方。例えばウズベク語では動詞の語幹に"-uv"をつけて名詞にすることがある。例えば"yozmoq"から"yozuv"を作り「書くこと」という名詞が作れる。カライム語のこの部分では"biliuv"が該当する。明らかに"bil'-(知る)"という動詞を名詞化して"biliuv"を作り出している。これに"san(数)"をくっつけて、「数を知ること」という造語をフランス語の"calcul"という単語に当てていると思われる。

ただし、この文中の"-i”は被修飾語を表すとしても、この単語の語尾についている"biliuvi"の機能についてはよくわかっていない。

最後に"üriańmia bujurdular"だ。"üriańmia"は教科書の名前でも使われているように「学ぶこと」という不定形と考えられる。ではそれに続く"bujurdular"は何かというと、次のように分解できると考えられる。

bujur-du-lar

推測でこれはトルコ語の"buyurun"などに使われる"buyurmak"と同じ単語で「命じる」だと考えている。そしてそれに過去形の語尾の"du"がついて、さらにおとなたちの複数を表す"-lar"がついているのだと解釈できる。

最終的には「(おとなたちはぼくに)ボアのことなんて描かずにもっと地理や歴史や算数や文法の勉強をするように命じた」というカライム語の文章になる。

カライム語の問題はやはり辞書だ。テュルクの勘で読み進められることもよくあるが、全く類推がつかない単語が出てきたときは痛い。対訳本を見て「こういう意味なんだろうなぁ」と推測はするもののしっくりこないのが正直なところだ。もう少し、文法事項や形態に対して知識を深めたいところである。

ヘブライ語は?

しかし最近気づき始めたがカライム語にはヘブライ語からの影響があまり確認できない気がする。セム系でない言語でヘブライ語の要素が強いユダヤ諸語というとイディッシュ語が挙げられる。この言語はゲルマン語的な要素にヘブライ語の借用語を散りばめた代表的なユダヤ諸語の一つだが、逆に二番目に有名と思われるラディーノ語は注意しなければほとんどスペイン語と変わらないくらいヘブライ語の影響はわからない。"afilu(でさえ")や"sof sof(とうとう)などはあるが"azer tefila(お祈りする")のようなヘブライ語が複合している例はイディッシュ語と比べると壁を潜めている。むしろ個人的には、"postadji(郵便局員)""ridja(お願い)"のようにトルコ語からの影響の方が印象が強い気もしないでもない。

一方でカライム語はユダヤ諸語の一部であるとみなされているが、シャロームのシャの字も出てこない、ユダヤ色が非常に薄い言語という印象を受ける。ヘブライ文字で書いていたという歴史はあるが言語的にははたして...

脚注

(1)『星の王子さま』のカライム語版についてはHalina KobeckaitėとKarina Firkavičiūtė訳の二〇一八年のものを参照している。『星の王子さま』のフランス語は下記を参照にしている。日本語とフランス語の対訳本なので、いざというときはフランス語を直接参照にできるのでありがたいが、今回の比較によれば必ずしも原文と同じ状態ではないようだ。私はパラレルテキストでフランス語と日本語をみれるという点で好んで使っている。

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