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#5.アフリカーンス語

 アラブ首長国連邦は砂漠を観光・レジャー化している。私がわざわざドバイから離れて、お隣のシャールジャに移動したのも砂漠でキャンプするためだった。砂漠の真ん中にキャンプ施設が用意されており、参加者はそこでバーベーキューをしたり、ベリーダンスショーを楽しんだりすることができる。尤も、私の目的は砂漠で一晩生活してみることだったので、そういった娯楽には何の興味もなかった。楽しかったのは他の国から来た参加者と話をすることだった。その時は何故かインドからの参加者が多かったため、ウルドゥー語でいきなり話しかけて、インド人を驚かすのがとても面白かった。
 もちろん、参加していたのはインド人だけではなかった。仲良くなった人の中に男性の参加者がいた。彼はアングロ・サクソン系の外見をしており、英語がとてもうまかったのだが(私がインド英語に囲まれていたからかもしれないが)、アメリカ的な雰囲気もヨーロッパ的な雰囲気も持っておらず、どこの国から来たのかさっぱり分からなかった。そこで思い切って、出身国を尋ねると「南アフリカだ」と言う。それが私の南アフリカとの初めての出会いである。そうして、私は面白半分にアフリカーンス語の語学書を手に取ることになるのである。

アフリカーンス語クレオール説

 ところで黒田龍之介先生の『世界の言語入門』を読み進めて行くとまず最初に出てくるコラムが「ピジン/クレオール」についてだ。ざっくり言うと、ピジン語は「言葉が違う人達が意思疎通を取るためにお互いの語彙と文法を混ぜて作った言葉」のこと、そしてクレオール語は「そのようなピジン語が次の世代に継承されて母語として用いられるようになった言葉」のことである。
  南アフリカのアフリカーンス語は一般にアフリカ大陸のゲルマン語として、すなわち言語が自然に変化した言葉としてカウントされるが、クレオール語であるという主張もあるようだ。例えば清水の論文の冒頭を読むと:

「...オランダ語をベースにしたクレオール言語もいくつかある。 最も特筆に値するのは,アフリカーンス語である(1)」

 ...とあるため、彼はこの文ではクレオール説を推しているように感じ取れる。
 オランダ語が南アフリカで変化した、と言うと自然発達したように感じるが、複数の民族の間でコミュニケーションを取るうちに、今のアフリカーンス語が形成された、という考え方から、人工的に変化が促されたと解釈しているのだろうか。
 まず私もアフリカーンス語クレオール語説が好きで推したい。ただ、確実にクレオール語であると同意を得ることは出来ないだろうと考える。それはアフリカーンス語がオランダ語の形を大きく失っていないからだ。例えばクレオール語として知られるパプアニューギニアのトク・ピシンやハイチのハイチ・クレオールは支配者の言語であった英語やフランス語から語彙を借り入れて、簡略化した独自の文法体系をベースに異なる言語として発展したものである。しかしながら、アフリカーンス語の勉強をしてみると、オランダ語と共通する単語が目につき、これといってアフリカらしい単語が全然出てこない(清水の論文によると、アフリカーンス語の語彙の95%以上はオランダ語に由来する語彙で占められているらしい(2))。そして文法が簡略されているとはいえ、ゲルマン語的な文法特徴から大きく逸脱しているわけでもなければ、オランダ語の文法の骨格と全く異なるわけでもない。従って、「簡略化されたオランダ語」と言う考え方はできるが、一般的に知られているクレオール語とは程度が異なるため、クレオール語論が決定的になれないのではないかと思っている。
 余談だが、オランダ語の一方言がアフリカで複数の民族間で使われた結果、簡略化されたオランダ語のクレオール語が出来上がったという考え方であれば、同時にノルマン語に強い影響を受け、ゲルマン語が本来持っている文法が簡略化された英語も、ゲルマン語本来の英語とノルマン語がちゃんぽんしたクレオール語だと言えてしまう。では、漢語に依存しないとまともな会話すら出来なくなる日本語もクレオール語では?こうなってくると、「クレオール語」の定義とはどうなっているのかが気になってくる。しかし、それについては本題から脱線するので、これ以上ここでは詳しく言及しない。

イスラム世界のアフリカーンス語

 ところで、アフリカーンス語は母体となったオランダ人に加え、様々な民族・人種に使われる言語となっている。そのため、現在存在しているゲルマン語系の言語の中で唯一、ヨーロッパ人の手だけによって鋳造されなかったゲルマン語と言えるだろう。
 その証拠の一つとして、アフリカーンス語の貴重な歴史を記録した資料の一部はラテン・アルファベットで書かれたものではなく、アラビア文字でアフリカーンス語が書かれているものである。

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 これはマレー半島から来た人々、現在でいうところのケープマレーと呼ばれる人々にイスラム教の勉強を教えるために書かれた書物であるらしい。しかも、私がみる限り、このアラビア文字はアラビア半島のアラビア文字ではなく、マレー半島で当時使われていたジャウィ文字というアラビア文字の一種であるかもしれない。しかも更に興味深いことに、アフリカーンス語のウィキペディア(3)の記述を信じるならば、これを書いたアブー・バクル・エフェンディは「クルディスタンからやって来た」とのことなので、クルド人であった可能性がある。

多様性が産んだゲルマン語

 アフリカーンス語はアフリカ生まれの唯一のゲルマン語であるだけでなく、アラビア文字で書かれた唯一のゲルマン語でもあるとともに、オランダ人、マレー人やクルド人など様々な民族が織り成した歴史の上に存在する言語と言えるのではないだろうか。
 現在の教科書でもその片鱗が感じられるところがある。"Teach Yourself"シリーズの"Afrikaans"の第四課で複数人が会話する「ダイアログ」というところがある。そこでは人種や民族、宗教、言語が違う人たちがお互いのことについてアフリカーンス語でお互いに自己紹介をしているとシーンなのだが、先住民族、インド人、マレー人、キリスト教、イスラム教徒、ズールー語、コサ語、ソト語など、普通の語学の教科書ではありえない程にエスニックな用語が満載なページになっている。会話に参加している人たちがそれだけ雑多な文化背景を持っているからこそ、このようなハイブリッドな会話が成り立つのではなかろうか。そして、このような多様な環境がアフリカーンスというシンプルな言語の世界に集約されているとしたら、とびきり素晴らしいことのように思える。。
 アフリカーンス語を学ぶことはその裏に隠れている南アフリカの多様性について視野を広げることにも繋がることなのである。

参考

(1)清水誠『ゲルマン語の歴史と構造(5) : 現代ゲルマン諸語』(2012)北海道大学文学研究科紀要, 137, 23(左)-83(左) 66P, 12-13行目https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/handle/2115/49815
(2)〃68P, 22行目
(3)"Arabiese Afrikaans"(2020/1/10 閲覧) https://af.wikipedia.org/wiki/Arabiese_Afrikaans

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