見出し画像

君の優しさは君だけを救わない話(青野くんに触りたいから死にたいの感想)

 最近大好きなマンガ、青野くんに触りたいから死にたい(以下、青野くん〜)の感想でも書いてみようかなと。8巻まで読んだ自分が青野くんに対して何を感じて、どう思っているのか。忘れたく無いので。感想章にはもりもりネタバレも出てくるので、まだ読んで無い方はお気をつけください。

簡単なあらすじ

 あらすじは、刈谷優里という女子高校生が同じ学校の青野龍平くんという男の子に恋をして、告白をして受け入れられて付き合い始める。そして2週間後に青野くんが死んでしまう。あまりに悲しくて刈谷優里は咄嗟に手首をカッターで切ろうとすると、死んだはずの青野くんが出てきてそれを阻止する。よくわからないまま、青野くんが幽霊なら「じゃぁ私も死ぬ」と、また手首を切ろうとする。死んでしまったはずの青野くんの方が、いやいや冷静になろう?!とドライでちょっと笑ってしまう。そして青野くんが泣き喚く優里ちゃんに、ずっとそばに居るからと慰める。

 ここまでは、いわゆる人外との恋愛もの。うまく人間関係を構築出来ない女の子が(※この時点で主人公はクラスに友達がいなく、半年経っても苗字すら覚えてもらっていない。そして、ちょっと優しくしてくれた青野くんに対し、私の事好きなのかも!?など舞い上がる描写がある)幽霊になってしまった男の子とのコミニケーションを通して、成長する話しなのかな?と、最後は哀しいけど爽やかな別れのシーンかな?などと思っていた。そしてすぐにそんな薄っぺらい考えを持って侮った自分をぶん殴りたくなった。

 借りてきた映画を観ながら優里ちゃんが青野くんになんの気無しに「憑依って出来るの?」と聞くと、それまでの雰囲気から一変した。瞳孔の開いた青野くんが、ちゃんと招いて。と、曖昧な言葉ではなく明確な言葉を催促してきます。そして「私の中に入って」という言葉とともに、青野くんが優里ちゃんの体に寄生するかのように、ズブズブと沈み込む。

 ここの描写は幽霊の憑依というより、肉体に何か異質なものが、寄生したという表現の方が似合うのでは?という生生しさだ。それまでのふんわりとした平面的で丸っこい絵から、急に。そこからこの物語は、どんどんその異質さを加速させて行き、生と死、恋と愛、憎しみと憐憫、何もかもをないまぜにしながら進んでいく。刈谷優里と青野龍平という二人の極めて個人的な話だと思われていた事が、家と町とそして歴史まで絡んだ大きな話になる。

感想

 どうしてこんなに青野くん〜が面白いんだろう。マンガは好きだし、色々読むけれど、なんでこんなに胸が掴まれる様な気持ちになるんだろう。私が8巻を読んですぐにつぶやいた事

 もしかして青野くん〜って、分かり合えない人間同士の話しなんじゃないのかな?と思っています。もちろん、民俗学や土着の信仰を取り入れたホラーの要素もすごく練られていて面白い。

 ただ、作者が以下のインタビューで、担当編集と話し合った時に「この話、オカルトが主軸なら付き合えないです」と言われて、それに対して作者は一言で言えたのでそれを答えたと。そして、その回答(その結末)なら見たいと言わせた。と書かれています。

 その一言というのが、作品のラストに関わるから言えないと。つまり、この話しの主軸はオカルトではない。この物語で描かれる「何か」は、すごく明快だそうだ。つまりオカルトの部分は、料理で言う所の調理法なのだろう。作者の中には大切にしたい素材があって、それを調理するため、人に美味しく食べてもらうためにオカルトという要素がある。

 作中で何度も優里ちゃんと青野くんはすれ違う。すれ違いなんて言って良いレベルじゃ無い。なんせ幽霊と人間なんだから、ちょっとした言葉の綾が文字通り致命的な状況を引き起こす。わかり合えないのだ。優里ちゃんと幽霊になっちゃった青野くん。それだけでも相容れない二人なのに。幽霊の青野くんとも違う、黒青野くん(青野くんの人格ではない、より神秘的な存在で、明らかな意図を持って優里ちゃんを何かに誘導している)と優里ちゃんの関係。歩み寄って折り合いをつけて、なんて到底出来ない。明確に分かり合えないのが誰の目にも明らかだ。

 でも、よくよく考えてみると、生者と生者なら分かり合えるのだろうか?生きている青野くんと優里ちゃん、ホラー映画マニアの友人美桜ちゃんと優里ちゃん、藤本と青野くん、藤本と優里ちゃん、優里ちゃんの家族と優里ちゃん。私は、青野くんに描かれていることの本質は「人は分かり合えない」ということなんじゃ無いかと思う。8巻で世界の定義ついて美桜ちゃんが解説するシーンがある。透明の下敷き三枚に、それぞれ一人ずつ人の絵を描く。それを重ねると、あたかも一枚の下敷きに三人並んでいる様に見える。

つまり、誰も同じ世界に存在なんてしてないのだ。ただ、同じ理で存在しているからお互いを認識出来るだけで、死んだらその理の外に出てしまう。死んだ人が世界から居なくなるのでは無い、死んだ人の「世界そのもの」が生きている方から認識できなくなるのだ。

 このマンガを読むと、私たちは同じ世界を共有しているという大前提を失ってしまう。世界の共通ルールだと思っていたことが、実は自分の世界だけのルールなのかもしれない。私の見ているもの、信じているもの、それらは誰にも実際には共有されていない。生きているもの同士だって、分かり合えないんだ。

 本編で青野くんの友人の藤本が優里ちゃんに、家族なんだしいつか分かり合えるよと慰めの言葉をかけます。それは、誠実で真っ直ぐでなんて残酷な言葉だろうと思う。藤本の世界では、家族は分かり合えるという前提のもと生きている。彼の根本には家族の愛が横たわっている。玄関で理不尽な言い分の元裸にされない。弟より母親を愛してるでしょ?なんて選択を強いられない。私は藤本のこの言葉を読んだ時、いつかこの物語が優里ちゃんと青野くんにとって悲しい結末に終わるとしても、絶対に藤本くんと優里ちゃんが付き合うことはないと思った。別に藤本が嫌いなわけでは無い。むしろ大好きだ。でも、きっとあの二人が付き合う未来はないはずだ。

 生きている人間同士の関係だと見過ごされがちな「本当の意味で人と人とは同化できない」ということが、人の理の外にいる存在を描くことによって凄く受け入れやすくなる。幽霊になってしまっても青野くんを好きだと言った優里ちゃん。モンスターでも愛してると言った。でも、本来の青野くんはとても優しくて、人のことを凄く思い遣ってくれる。そんな性格の青野くんはモンスターになんてなりたいはずはない。黒青野くんの真意は置いて於いて、少なくともただの幽霊の青野くん(に見えるもの。生前の青野くんの人格を引き継いだもの)は、きっと機会さえあれば成仏する事を拒まなかっただろう。何故なら愛する人を傷つける事を望まないだろうから。

 優里ちゃんは、青野くんの意思を踏みつけにしてしまったのだ。何度も。優里ちゃんが大切で、傷ついて欲しく無いと言う青野くんの意思を、何度も踏みつける。自分が傷つく事は別にどうでも良いと。でも、優里ちゃんが彼女自身を粗末に扱う事は、実際は青野くんを粗末に扱う事だ。青野くんの、優里ちゃんに傷ついてほしくない、という意思を踏み躙る。自分を大切にするというルールがない世界に生きている優里ちゃんは、その事を何度も間違ってしまう。

 私はこの作品を読んで、なんて優しくて慈悲深い作品なんだろうと思う反面、とてつもなく鋭利な刃物で胸を裂かれるような気持ちになる。それは、どれだけ愛していても、どれだけ大切にしたいと切望しても、上手くいかないのは必ず自分のせいだからだ。

 幽霊の青野くんをいつの間にか自分より下に見ている事に優里ちゃんが気づいたシーンで、私は泣いてしまった。あんなに、文字通り死んでもいいほど愛しているのに。でも、上手くいかないのは必ず、自分を粗末に扱った時だ。自分の気持ちを。誰かを助けるために、自分の身を差し出す。青野くん〜の世界では、それは許されない。誰かのために労力を惜しまないのはいいけれど、自分を捧げてはいけない。美桜ちゃんが、ホラー映画にはルールがあるから安心すると言っていたが、「青野くん〜」というホラーの世界のルールは、自分を粗末にした分だけ、愛する人が損なわれてしまう。そういう事じゃないだろうか。

 そしてそれと同じくらい「青野くん〜」の世界での救済方法の底抜けの優しさに私は安心してしまう。『可哀想な人を背負って君が犠牲にならなくていいよ』優里ちゃんが大翔にいう台詞だ。誰も、誰かの犠牲にならなくて良い。例えどんなにその相手に対して罪悪感を抱いていたとしても。

 親の犠牲にならなくていい、兄妹の犠牲にならなくていい、愛する人の犠牲にならなくていい。

 なんて残酷で、なんて優しい台詞だろう。ならなくていい、ではなく、なれない。のだ。何故なら、世界にはたった一人しか居ないのだから。たった一人しか存在していない世界で、自分意外誰を大事にすればいいのだ。自分を大事にしない事は、世界を放棄する事と一緒だ。自分を愛して、そして強くなって、他人を愛さなければいけない。世界を跨ぐのには本来、とてつもない労力が必要だ。

 「青野くん〜」のキャッチフレーズなのか、帯に書いてある『君の優しさは君だけを救わない』優里ちゃんの優しさは、優里ちゃんだけを救わない。今のところ。そしてそれと同じくらい、青野くんの優しさは青野くんだけを救わない。多分きっと、そういう事なんだろう。優里ちゃんは今、傷ついて血を流しながら強くなっている。何度も、愛する人の心を踏みつけた罪悪感に泣きながら、どうしたら二人が幸せになれるのか模索している。

 この話しがオカルトではなく愛の話しだとすれば、どんな形であれ刈谷優里と青野龍平に愛のある結末を迎えてほしい。

 今回は主人公の優里ちゃんをメインに語ってみたけど、本当は青野くんこそ自分の何もかもを犠牲にしてしまった人なんじゃないのかと思っている。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?