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判断の変数

こんにちは、ポクシです。

1月ですので、今年の値動きはどうなるかという妄想記事を書こうと思って書き始めたのですが、なかなか面白く書けません。
私が書きたいのは、ただのチャート分析ではなく、「トレードって面白いね」と思わせる記事なのです。
読んでいて面白くない途中まで書いた記事は容赦なくDelete。
あらら、書くことなくなっちゃった…
ということで、今回は日記的な、コラム的な、エッセイ的な、ただ思いついたことをだらだら書くということをやってみようと思います。

去年を振り返ると、個人的には色々やってみたなと思える年でした。
Tradingviewでスクリプトを組んでみたり、マケスピRSSで自動売買のシステムを作ってみたり、個別銘柄のスクリーニングをしてスキャルピングもやってみました。
noteでは有料記事も書いてみたり。
(購入してくださった皆様ありがとうございます。[PR]有料記事は、お財布に余裕がありましたらお読みください)

色々やっているうちに、改めて「トレードって何だろうな」とぼんやりと考えるようになりました。

トレードって何?

トレードとはチャートの値動きを見て、買い、または売りを行うこと。

この上ないシンプルな説明文です。
私も疑う余地なくチャートに表示される値動きが全て、売りか買いの正しいを選択すること、と思っていました。
でも、最近ではもう少し違った価値観も取り入れることにしています。

私たちはトレードをするとき、買いか売りかの2択を迫られます。
まるで〇×クイズです。どちらかが正しくて、どちらかが間違っている。
1/2で当たるなら、トレードで勝つ人と負ける人は半々なのでしょうか?
トレードを連続していくとすべての人の勝率は50%に帰結していくのでしょうか?

違いますよね?

トレードの世界には、勝ち続ける人、負け続ける人、一時的に大勝ちする人、生涯収支プラスの人、マイナスの人、多種多様な人たちが混在しています。それは決して1/2の勝ち負けで作られるような世界ではない気がします。

では、その多様な結果を生み出す要因は一体なんなのでしょうか。

答えかどうかはわかりませんが、自分のトレードを分析していて、なんとなくうっすらと見えてきたものがあります。
トレードの分析を全て書き出すと、とてつもなく長くなるので、最高の勝ちトレードと、最低な負けトレードのパターンを簡単に書きますね。

最高のトレードは、チャートの値動きと自分の想定が重なり、インジケーターが買いサインを出し、それ通りにエントリーしたら、すぐに上昇、ショートカバーを巻き込んで利益はどんどん膨らんでいく、といったトレードです。

逆に最低なトレードは、チャートが下落している中、買いサインは点灯してないけど、ここらへんで下落は止まるだろうと思い、エントリー。
下落はそこから止まらず、含み損が爆発して増え、損切りしようにも思考は停止し、ひたすらお祈りするトレードです。

ここで注目したいのが、最高のトレードも最低のトレードも、どちらも「買い」のトレードなんですね。要は、良いトレードか、悪いトレードかは、「買い」や「売り」自体の問題ではなく、買いや売りに行き着くまでに自分の頭の中で思考し、くだした判断にあるわけです。

判断。そう判断です。
判断こそ全てなんじゃないかと。

つまり、

トレードとは最良の判断をすること

なのかもしれません。

様々な条件のもと、自分の脳をフル回転して答えを導き出す行為のこと。

そう考えると、値動きは判断のための1つのツールでしかありません。
買いポジションや売りポジションは判断から生まれた副産物でしかありません。

それでは、最良の判断をするためには何が必要なのか。

その構成要素や重要度は人によってバラバラなんだと思います。
年齢や環境やその日の気分によっても変わる、「変数」のようなもの。
だからこそ、トレードが人によってばらつき、多様なトレード結果が生まれるんでしょう。

トレードの知識や経験はもちろん必要でしょう。
地政学や政治のニュースも必要そうですね。

寝不足で見るチャートとしっかり睡眠をとった状態でみるチャートでは判断に差がでそうです。睡眠も大事ですね。

気分が落ち込んでいる状態で見るチャートはネガティブ思考になりやすいかもしれない。逆に高揚しすぎているとへんにポジティブに考えすぎるかもしれない。冷静に判断できる状態にするのがベストかな。

トレードを続けるために、筋トレして代謝をよくして病気にならない体づくりも必要かも。

うーん、思ったより判断に影響する変数は多いのかもしれない。

というより、生きること全ての要素が少なからず影響してくるんだろうな。

トレードはマーケットで起こっていることが全てだと思う人が多く、私もその一人でした。確かに値動きはマーケットで起こっていることです。
ただ、その売買注文を出すのは自分自身であり、その起点であるのは自分自身がくだした判断です。

もし、私が最良の判断ができる状態でマーケットに挑んでいたら、上にあるサインを無視して逆張りするような最低なトレードの判断をしたでしょうか。

トレードはチャートを見る前からもう始まっているのかもしれませんね。

大げさに言うのなら、「日々の生きる姿勢こそがトレード」と言ってもいいでしょう。

・・・

ということを、正月の神社の「今年も一年、健康に過ごしましょう」の標語をみて、なんとなくnoteを書いてみました。

今年も皆さま健康に気を付けてがんばりましょう。
今年もトレードが楽しくなるようTwitterもnoteも書いていきます。
自分の周りを楽しくし、その結果自分自身が楽しくなる好循環な環境作りを引き続き。

それでは、また。


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