おみくじの秘めたる力

毎年元旦、近所の神社に行く。
1年間無事に過ごせたこと、見守っていただいた感謝を伝えている。

その後、必ずおみくじをひく。 
ほとんどの人は大吉にやった!と喜び、中吉小吉にホッとする。
凶が出たりすると驚き、えーなんで?怖い!と嘆く。
そして決まられた場所に向かい、結びにくいおみくじをなんとか結びつける。切れたりせず結びつけられたら、少しは運が良くなるような気がして、密かに集中する。そしてイベントが終わったように、はい!終わり… 特別なことがない限り、1年間覚えているのは、大吉か中吉か小吉、凶、多分それだけだろう。

私も同じだった。

でもふと思った。こんなに色々書いてあるのに、1回読んだだけ?
これ何かあった時にこそ役に立つんじゃない? 1年経ってどんな年だったのか、どう当たってたのか知りたいよね。
もしかしたらこれは神さまに対する疑い?いやいや単なる興味、好奇心だ。うん多分…
ほとんどの人がおみくじを結んで帰る中、私はそっと財布に入れた。

その年の2月、父を亡くした。

その年の暮れ、ふとおみくじを思い出し開いてみた。
『カゴの鳥が飛び立つように自由になる』とあった。
おみくじをひいた時は、なんのことだろう…くらいにしか思っていなかった。そのまま忘れられ、しまい込まれたおみくじ。その意味を知り愕然とした。

週に2回、必ず父のいる施設に足を運んでいた。自宅にいた時を含めると4〜5年になるだろうか。父との時間は私にとって癒しの時間でもあった。不思議と1度も会いに行くことが嫌だと思ったことはなかった。でも父を亡くし、介護をしていた時間は自由になった。

そしてもうひとつ、無理をして続けていた仕事を辞めた 。父に何かあった時動きやすい仕事だったから、なんとか続けていた。でも私も60を超えた。合わない仕事ではなく、少しでも好きな仕事がしたいと思い 辞めることにした。

私を縛るものは無くなった。
私は思いがけず自由になった。
カゴの中も良かったけれど自由になった。


次の年にひいたおみくじは『病気 重し 医者を選べ』とあった。
怖い、なんだろう。些細なことも心配になった。

何ごともなく11月、良かった、何もなく済みそう。
早く年が明けたらいいのにって思っていた時、弟からの連絡 「十二指腸のがんの手術をしたけど、成功して回復に向かっている」という。
私ではなく弟にいったか…
でもうまくいったのなら良かった。コロナで面会もできず顔も見られないけど、とりあえずホッとした。

12月、義妹から弟が出血をして膵臓を取る手術をすると連絡がきた。手術をした時に起こるといわれている合併症だ。その手術は10時間以上かかったが、なんとか無事に終わった。しかしその後も次々と起こる出血と手術。輸血、透析、人口呼吸器、身体にいくつものチューブをつなぎ、救命率20%と言われた。

弟は、心配性な私を心配させないために、がんの手術をすることを口止めし、紹介された病院に素直に入院した。
おみくじは『病気重し』きちんとそのことを表していたんだ。
しかしもうとても動かせる状態ではない『医師を選べ』とあっても もう医師を選ぶことはできない。

年が明け、いつものように初詣に行った。
1年間なんとか過ごせたこと、見守って頂いた感謝を伝えたが、ふと弟が心配だとつぶやいてしまった。
祈る気持ちでおみくじをひく『病気 おそけれどなほる』とあった。
良かった、本当に良かった。2年もおみくじが当たっているとさすがに怖い。でも信じよう、2年も当たったんだから。

その後は、このおみくじの言葉を支えに、義妹と慰め合い励まし合って病院に通った。毎週のように出血と手術を繰り返す。週に1度の病状説明はひどいものだった。こうなると救えないという理由をいくつも並べられ、毎週それを繰り返される。その中でも僅かな望みを探し、些細な話題で笑顔を作った。大丈夫大丈夫。おみくじに『おそけれどなほる』ってあったんだからと、しがみつくように信じた。

2月、弟は力つき亡くなった。

なんだ、おみくじ当たってないじゃん、死んじゃったじゃん…

当たらなかったおみくじを責める気持ちが湧いてきた。
 
でも、いつもいつもぎゅっと握りしめ、支えにしてきたことは確かだ。 もうこれしか気持ちを支えてくれるものはなかった。このおみくじの言葉がなければ、気持ちを支えていられなかった。このおみくじの言葉に、強く支えられていたんだと、最後に気持ちが行き着いた。

気持ちが少し落ち着いた頃、神社に行った。
気持ちを支え、見守っていてくれたことを、深く深く感謝した。


私はこれからも、この神社でおみくじをひき、持ち帰り、何度も見直し、そして見守ってもらっていることを感謝するために、またこの神社に足を運ぶだろう。

初詣とはお願い事をするのではなく、1年間無事に過ごせたこと、見守っていただいたことを感謝し、新年の誓いを立てるといいと聞いたことがある。そろそろそんな時期になる。今年あったことを思い出し、そして新たな年をどう過ごすのか、考えたいと思う。

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