おまえの感情は頭の中の土砂崩れ
喜びの花はすぐに枯れて失望を実らせる。失望の実はいらだちの種をはち切れんばかりに蓄えて、些細な刺激で破裂する。すると種が飛び散ってあなたの心にぼとぼと落ちる。心配しなくていい。あなたは存在しないし、あなたの心なんか土砂崩れの後の山だ。
と考えながらベッドの中でシーツにくるまっていたらポケモンスリープが僭越にも「寝ろ」と言ってきた。自作の時計アプリが二十三時きっかりをさしていた。AIに作らせた、毎秒ごとにランダムな時刻を表示する自作アプリだ。一日に一秒だけ「もう手遅れ」と表示する機能もある。昨日は見逃した。大事なことから順番に見逃している。そうしている間に時刻は四時三十二分二十五秒になった。
土砂崩れの音が聞こえた。
心配しなくていい。土砂崩れは俺の頭の中で起きたものだし、俺の頭は存在しないし、俺なんか土砂崩れの後の山だ。
土砂崩れが起きると、俺は土をひっかいて、中に何か埋もれてないか探す。そういう習慣が身に付いている。
今回は金が見つかった。もちろん頭の中の話だ。金が欲しかった。金さえあれば何かができる。
作るか、金……。
俺はコンビニへ赴いた。
この世界には山もあり川もあり、きっと太陽もどこかにある。明るく清潔な空の下で、素敵な人たちがたくさん住んでいて毎日いちゃいちゃしているんだろう。
俺には関係ない。俺にあるのは頭の中の土砂崩れと近所のコンビニだけだ。
夜のコンビニは相変わらず土砂で埋まっていた。店内からあふれた土砂が駐車場まではみ出している。かつては店の明かりが周囲を照らしていたはずだが、いまあたりを照らしているのは採鉱の元締めたちが設置したライトだ。白ではなく、赤とか黄色とか緑といった病気みたいな色の光がコンビニの駐車場をモザイク状に照らしている。色を分けてあるのは、ライトを設置した業者たちのなわばりを示すためだ。黄色は侵入注意、紫は侵入料金を要求する。ライトがあえて照らしていない暗闇もある。そこに足を踏み入れた奴は帰らない。そういう場所があるとゴミ捨て場に使える。ゴミどもの吹き溜まりにもゴミ捨て場は必要だ。
俺は入り口で元締めに金を払って一日採鉱権を買い、選鉱鍋とヘルメットも借りた。水も買うよう勧められたが断った。水は重いし濁っているし、どこでくんできた水かしれたものではないと言い立てると、紫の元締めは俺の足めがけて唾を吐いて命中させ「土砂崩れはごめんだ」とくぎを刺してきながらフェンスをあけてくれた。
借りたヘルメットのひもはすれてちぎれかけていた。選鉱鍋は弱者の頭蓋骨みたいにあちこちがへこんでいて、もしかすると採鉱者由来の製品かもしれなかった。関心はない。みんなみんな生きている。だから死ぬんだ友達なんだと言うわけだ。友達なんか必要ない。友達なんか土砂崩れの後の山だ。
そんなことを考えながら黄色い光だけを踏んでコンビニに近づくと、元は自動ドアだったあたりで誰かが手を挙げて俺を呼んだ。
よう、いきてたか。
爺が黄色い歯をむきだした。
俺はひょこひょこ飛んで近づいた。最後に黒い穴を跳び越すと強いアンモニアの臭いがした。
爺さん、やってるか。
やってるやってる。
むき出しの陰茎を振りながら、爺は崩れたように笑った。
ライトの中でひらめく姿はお化けのようだった。
爺はここの採掘者の一人だ。
土砂崩れの起きたコンビニで金なんか掘ってるやつにまともな人間がいるわけがない。
爺はその中でも一等外れだった。
毎日毎日熱心に取り組んでいるのに一粒も掘り当てられない。
誰かが鍋の中に砂金や金のナゲットを見つけるたび、爺は自分のことのように大喜びする。鍋を見せてくれとおねだりし、頭ごと鍋に突っ込む。
もちろん金を盗もうとしてやってることだ。
当然しくじる。爺はそんなとき大声で叫ぶ。何で俺だけ。何で俺だけ。
この時だけは皆が爺にうなずくが、爺だけはそれを見ていない。
そんな爺と付き合っているのは、俺がここでは一番の新入りだからだ。誰かが外れを引くしかない。それは俺の役目だった。
いよぉ。今日はついてる気がするぜ。
今日も明日もなくなってから結構経つはずだろうに、爺はまだあきらめきれないようだった。
爺さん、やってるねえ。
俺は鼻を押さえながら愛想笑いをした。ここに来るたびに鼻の細胞が一粒ずつ死ぬ気がする。
もう一滴も出ねえぜ。爺さんは不敵に笑った。
爺さんの足元には選鉱鍋があった。鍋には液体がたまっていた。爺がしゃがみ込み、鍋をゆすると、泥交じりの液体が鍋の外に飛び出した。一部は俺の足元に散って音を立てた。
足もとはぬかるんでいた。
誰かが豪快に水をこぼした可能性もある。
そう思っている間に、爺が鍋をゆすって、中身の液体を泥ごとまきちらした。
鼻の細胞がまた死んだ。
今日も今日とて、水の出処は爺がぷらぷらさせている陰茎に違いなかった。
爺は最近選鉱の世界に新常識を持ち込み、そのせいで以前を越えるつまはじきにあっていた。
選鉱には水が必要だ。金は重いから沈む。そして泥や、カスや、なんであれ価値のないものは浮きあがる。そうやって金をより分ける。
だがここには水道はなく、持ち込みもできない。
水が必要なら、ペットボトルに詰められた水を元締めから買うしかない。ありふれた水道水がここでは1リットル千五百円もする。買うしかない。金が出ればペイできると言い聞かせて、採掘夫は水を買う。そしてペットボトルを元締めに返して十円戻してもらい、なにか節約したような気分に浸る。
それに満足できなかったのが爺だ。
爺は考えた。水がないなら調達すればいい。水ならここにある。人間は水でできてるんだ。水ならいくらでも出てくるんだ、俺の身体からなあ!
他の採掘夫が見捨てた区画の土砂の表面をちんけなスコップでひっかき、耳かきほどの泥を選鉱鍋にようやっと入れてぜいぜい息をつきながら、爺はそんな思い付きを会うたびに語っていた。思い付きで止まっていればよかったのだが、爺はついに実行に移してしまった。
それが小便選鉱だ。
臭いはもうしなくなった。朱に交われば赤くなるというわけだ。俺は多分、すでに取り返しがつかないほど赤くなっている。俺のベッドシーツはずいぶん黄色くなってしまった。
気にならない。
誰かが赤くならなくちゃいけない。それはたぶん俺の役目だ。
にしても、今日の爺は少しばかり生きが良すぎた。
何かあったか、爺さん。
お前のそのカサカサした面の皮より乾いた人生に喜びなんて似合わない。似合っていいはずがない。
そう言いたかったがやめた。唇のあたりで言葉がもつれてそのまま消えた。最近こういうことが増えて嫌になる。
代わりに、なんかいいことあったのかよと言った。
爺はそうなんだよとひょこひょこ跳ねた。新兵器だ。ゲームチェンジャーだ。お前は新時代を目撃するんだぜ。
爺がへったくそなドラムロールを口で言いながら脇へどけた。
豚がいた。
オスに見えた。学歴の高そうな顔立ちで、眼鏡のレンズが半分割れていて、それでも無事な部分でなんとか世の中を見ようと目をきょときょと動かしていた。
俺は豚に同情した。ときどき人間を辞める奴がここに流れてくる。辞めなきゃいいのにと言ってやりたくなる。
豚はスーツを着ていた。
じいさん、スーツやったの?
そうだ。爺は胸を張った。くれてやった。
上等な仕立ての冬物ジャケットだった。薄汚れていて、50年かそこら一度もクリーニングに出したことがなく、ポケットがあった場所は花柄のヘタクソなアップリケでふさがれていた。爺の御母堂が、爺の高校入学を記念して、爪に火を点すようにしてたくわえた金で買ってくれたものだそうだ。今は豚が窮屈そうに身体を押し込めている。爺は小柄で、豚は人間だったころはジム通いを欠かしたことはなさそうだ。ジャケットの胸元には、土砂崩れコンビニの薄暗がりの中でもわかるよう、蛍光インクで「ぼくはしにません」と書いてあった。
それは?
こいつの名前!爺がはしゃいだ。すごいだろ、拾ったんだ!この豚野郎の命を、俺が拾ってやったんだよ!そうだろ、豚!
豚がうんうんうなずいた。
だったら仕方がなかった。命を粗末にするやつはどんな目に合わされても仕方がない。
んで?豚に働かせるの?
いや?爺は信じられないバカを見るような目で俺を見た。誰かに何かを教える機会に不慣れなせいか、講釈を垂れる爺の声はかなりうわずっていた。
こ、こいつに小便させようと思ってよ。
こいつに?
そ、そうだよ。爺が唾を飛ばした。だって俺一人じゃ限界あるもん。
爺の思い付きは新段階に達していた。
俺は感動した。
人間は変われるもんなんだな。そう思った。
爺がここの採掘所に初めて来たときは、爺はまだただの嫌な奴だった。成虫になれない虫みたいなもんだった。
その爺を少しずつたらしこんだ。
話しかけ、話しを聞いてやり、おだててなだめて持ち上げた。
そうやって、良くない方向へ転がしていった。
爺は次第に狂っていった。内側から噴出してぱんぱんに膨れ上がる派手な狂気ではなく、日常のさまざまなところに小さな段差ができて、その段差にいちいち引っかかるようになり、ある日ついに段差につまづいて二度と起き上がれなくなるんじゃないかと漠然とした不安が目の中にじっとり居座って、視界をどんどん曇らせていくような狂気だった。
その爺が今はどうだ。
輝いてやがる。光ってやがる。
許せなかった。
爺は小便が臭い。だが、この思い付きほどじゃない。爺にアイディアも個性も必要ない。ただ狂ってくれればよかった。選鉱鍋に小便垂れて、俺がこんなにがんばってるのに金が出ないのは世の中が悪いとかなんとかぶちぶちいっててくれればよかった。
たったそれだけのこともできないなんてとんだ裏切りだ。
殺すか。そう思った。
じいさん、見せてくれよと俺は言った。
よし豚、早速やるぞ!爺が枯れ枝みたいな腕をでたらめに振り回した。豚、放水開始だ!
豚は従順に選鉱鍋のもとにしゃがみ込み、ズボンのジッパーを上げた。そうして、うなり始めた。
おいおい、頑張れよと爺がわめいた。新時代の幕開けなんだぞ。
爺さん、興奮するなって。ここに立てよ。そこだと小便かかっちまうよ。
俺ははしゃぐ爺をさりげなく誘導した。ライトの照らしていない場所、ごみを捨てる場所だ。
暗かった。以前にここに桃田という名前のカスが落ちたときには俺のほかに誰も気づかなかった。桃田が落ちていったときの目つきはいまだに覚えている。やぶにらみで無精ひげがもじゃもじゃのそいつは、落ちる一瞬前まで人生は変えられるという話をしていた。桃田が消えた後も誰も気づかず、仕方がないから俺が元締めに教えてやったぐらいだった。元締めは鼻を鳴らしただけだった。後で聞いたところでは、桃田は元締めの甥っ子だったそうだ。
桃田に会えよ。爺。
俺は爺を押そうとした。
豚がじょぼじょぼと小便を鍋に垂れ始めた。
見ろ、始まったぞ。爺がはしゃいでこっちを見た。
その一瞬で、機会が逃げ去って行ってしまった。
豚がじょぼじょぼやっていた。
なあ、何もかも変わるぞ。
そうだな、爺。
そのとき、鼻におかしな匂いが届いた。
空気が変わる冷たい匂いだった。
ほほが濡れた。
雨が降り出した。
バケツをひっくり返したような雨だった。
爺の喜色が、雨に流されるように消えていった。
しょんべんが半分たまった選鉱鍋が、すぐに水でいっぱいになった。
ほかの採掘夫たちは天の恵みとばかりにペットボトルを天にかかげて水をため始めた。一方でさっさと切り上げようとするやつもいた。積みあがった土砂がさらに崩れでもしたらたまらないと言うわけだ。誰かがライトを倒し、元締めが怒鳴った。
俺と爺はただ暗い空を見上げてぐしょぬれになっていった。
爺が舌打ちして、俺に向かって苦笑いした。
上手くいかねえな。
そう簡単にあきらめるなよ。俺は半分自分に言い聞かせた。また次があるさ。
どうかな。爺は肩を落としていた。俺に次なんてあるもんかな。
あるさ。じゃなきゃつまらないだろと俺は言った。
だよな。爺は俺を見て笑った。
そうして、豚を見て真顔になった。
何やってんだ、あいつ。
豚は小便をやめていた。
豚が立ち上がり、選鉱鍋を踏んでひっくり返した。小便がこぼれ、雨に流されていった。そのなかで何かがきらりと光った気がしたが、爺も俺もそんなものには目もくれなかった。
豚の様子がおかしかった。
まるで生まれて初めて雨を見たとでもいうように真っ暗な空を見上げて口をあけていた豚が、そのままの形で固まっていた。胸騒ぎを起こさせる顔つきだった。目に穴が開いて、そこから何かが出てくるような奴の顔だ。
お、おい、どうした?
爺の声が耳に入ったのか、豚がこっちを向いた。
豚の目玉が下にむけてへこんだ。何かが目の奥から眼球を押しのけて出てこようとしていた。
豚の目から茎が伸び、花が咲いた。
豚の身体が縮んでいった。まるで眼窩に咲いた花が体のほかのすべての場所を栄養として吸い取ってしまっているかのようだった。ちゅうちゅうと肉体を吸い取っている音が、ごおごお降りしきる雨音をかき消して聞こえるぐらいだった。数えきれないほどある花弁はすべて真っ白に光っていた。ライトがいらないほどにあたりを照らし、夜も雨も押しのけてしまった。
ぽん、と音を立てて、豚の身体が一滴残らず吸い込まれた。冬物のスーツが泥の上におちて小便にまみれた。
真っ白な花が、泥の中に落ちた。
なんだあれ。爺が光の中に踏み出し、花を拾い上げた。
俺は後ずさった。その花の名前を知っていた。喜びの花、人類ならだれでも見たことがあってしかるべき花だ。
もちろん、爺だけは別だ。爺は見たことがなかった。これまで一度も、喜びの花を見たことがなかったわけだ。爺はいかにもそんな奴だ。
すっげえ!爺は逆に無邪気にはしゃいでいた。見ろよこれ、花だ。おおいみんな見てくれ。
雨の中、爺が花を振りかざして飛び跳ねた。光り輝く花を爺が振り回すと、闇の中で採掘夫たちが虫みたいにうごめいた。
爺、その花を、捨てろ。俺は爺から距離をとりつつこわごわ呼びかけた。そのへんの穴に、早くすてろ。
なんでだよ。爺は浮かれていた。豚に小便させると思いついた時より浮かれていた。きれいだなあ。豚のやつ、こんなの持ってたのなら、出し惜しみしなけりゃよかったのになあ。小便なんか出してないでさ。
じじい、捨てろって!
爺は首を傾げ、俺に向けて花を突き出した。
花の光が弱まり、消えた。
あっという間に花が枯れ、実になった。
あれ、と爺が言った。誰かが爺にライトを向けた。爺の姿がふたたび光の中に浮き上がった。
まずいことになっていた。
何だ、おい。花はどこだよ。
じじい、ゆっくり置くんだ。花はもうなくなった。
なくなった?爺の顔がくしゃくしゃになった。なんだそれ、つまんねえ。
そうだよつまんねえよ。だから、その実を置け。じゃないと。
じゃないと?
俺は答えなかった。ただただ爺から距離を取りたかった。
爺の顔から表情が抜け落ちた。
わかったよ。
爺の手から実が落ちた。
実は地面に触れて、爆発した。
失望の実は飛び散るとき超音波を発する。それだけの速度がある。
俺は叫んだ。そうすれば、爆発した失望の実から放たれた無数の種が、爺の顔や歯やむき出しの上半身や枯れ枝のように細い脚やしなびた陰茎に音速で突き刺さるのを防げるとでもいうように。
全方位から向けられたライトの中で、爺は一回まわり、二回回った。死ぬところが全部見えた。
目をつぶり、十秒数えた。
目をあけると、爺はまだ立っていた。
爺が俺の顔を見て何か言っていた。
その顔は見たことがないほどひきつっていた。
地震の中でやる福笑いのように、顔がぐにぐにとゆがんだ。
顎が持ち上がった。まるで目や口や鼻が互いに顔の上の領土を奪い合って戦っているとき、誰も目を向けていなかった顎が突然攻め上ってきてすべてを飲み込んでしまったとでもいうようだった。
その顎がすとんと落ちた。
そして爺の頭の中で、土砂崩れが始まった。
爺の頭が小刻みに揺れた。揺れはどんどん激しくなり、しまいには顔の造作がぼやけて薄汚い茶色のもやになるほどだった。ごおおおおという音がした。アンモニアと土の混ざった湿った匂いの風が爺の身体から噴き出して、俺はおもわず後ずさった。そして暗い領域にかかとを滑らせて落ちそうになった。ほんの一瞬、爺から目を離した。次に見たときにはもう、爺は土砂でできた小山にまきこまれた人型の染みになっていた。爺の身体のいたるところから土砂が流れ出してきて止まらなかった。尻から下痢のような色の泥水がごおごおと流れ出してきて爺は前かがみになった。拳ほどもある石が口から転がり出てきて黄色い歯がとびちった。カサカサだった茶色の肌が急激に白くふやけて破れ、小石交じりの泥がびちゃびちゃ流れ出してきて、よく見れば爺の骨や肺や腸が埋まって顔を出していた。
一人の人間が引き起こす土砂崩れで村が一つ壊滅したこともあるという。このコンビニだってそうだ。店長が土砂崩れを起こした時俺はレジにいた。つくづく運がない。
畜生、土砂崩れだ!
採掘夫たちが我先に逃げ出していくなか、俺は立ちすくんでいた。
爺に感情なんかあったんだ。私はのんきに驚いていた。こんな大それたことを引き起こせる人間だとは思っていなかった。残りかすみたいな人間だったくせに。小便を貯めれば水を買わなくていいなんて思いつきをナイスアイディアと思っていたくせに。いっちょ前に土砂崩れなんか起こしやがって。
畜生!
踏み出そうとしたが、誰かに腕をつかまれた。それは元締めだった。
土砂崩れなんか起こしやがって。
地面が揺れて、ライトはほとんど倒れていた。元締めは俺を引きずって逃げた。紫の地面をたくさん踏んだ。
途中、どこかの暗い穴にでも落ちていればあとが簡単だったのだが、元締めのせいで逃げ延びてしまった。
結局金は手に入らなかった。選鉱鍋を元締めに返すとき、ヘルメットを弁償させられて初めて気づいた。
徒労もいいところだ。
この出来事を小説に書いて発表したところ聖書の売り上げ記録を24時間で破った。
印税が百兆円入りましたと編集者が電話を寄越した。
全部燃やせ。お前は今すぐ死ね。
わかりました。
編集者が電話の向こうで実況しながら死に始めた。俺は聞いていなかった。
金がない。
またコンビニへ行かなければ。
もうあの爺はいない。
それがどうした。あんな奴なんか死んでよかった。あんなしょんべん爺なんか。
小便爺の最期の顔が、もう思い出せなくなってきた。
ポケモンスリープが僭越にも寝ろと言ってきた。
時刻を見た。もう手遅れ。どれだけ眺めていても変化しなかった。
スマホを床にたたきつけて踏みつけていると、どこかで土砂崩れの音がした。
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