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創作の原点は「世界が自分にとって居心地よくない」という感覚。<PSJ2019日本代表・川原寝太郎>


新型コロナウィルスが世界に衝撃を与え、未だ猛威をふるう2020年。毎年5月にパリで開催されているポエトリースラムW杯も、オンラインでの開催を余儀なくされました。
そこに日本代表として参加したのが、川原寝太郎さん。ポエトリースラムジャパンには2016年の第2回大会から毎回参加され、5回目にして初の優勝を手にしました。
オンラインW杯ならではの貴重な体験談はもちろん、20年前から現在に至る創作の変遷や、その秘密をたっぷりお聞きしました。がっつりロングインタビュー、どうぞご堪能ください。

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<ポエトリースラムジャパン2019大阪大会>

初のオンラインW杯。言葉はわからなくてもレベルの高さはわかった。


―日本代表として参加した、オンライン開催のポエトリースラムW杯。得難い経験でしたね。

あとからいろんな人に、「逆においしかったよね」と言われました。その度に「逆においしい」と思えるまでに時間が必要だったんですよって説明するんですけど(笑)。

―世界大会に挑むに当たって、考えたことはありますか?

すごく内気でコミュ障な人間なので、想定していたのが、世界大会でスタッフや他の出場者と打ち解けてくつろいでいる寝太郎、などというものはおよそありえないだろう、と。国内大会なら最近は余裕があるんだけど、世界大会ではきっと自分の出番まで隅っこで借りてきた猫のように小さくなっている、しかも冴えないメガネに冴えないスーツの、と言うところまで含めた川原寝太郎というキャラクターとして詩を読む…ということを考えていました。『営業下手の額井さん』なんかは完全にそういう前提ですね。なんというか、一人芝居すれすれのところがあって。

―緊張や不安はありました?

2月くらいまでずっと考えていたのは「どこでもドアがあったらいいのになあ」と。飛行機でトラブルがあったらどうしようとか、会場までの道で迷ったらどうしようとか、そんなことばっかり。
基本的に旅ぎらいで、道に迷う可能性も高くて。そうなったときに身振り手振りで道を聞けるか、という不安もありました。そもそも日本にいても、外国の人に道を聞かれて結構パニクってしまうタイプなので。

―寝太郎さんがいつもステージで着ているスーツ姿は、良くも悪くも海外でわかりやすい日本人像じゃないか、という声もありました。海外ドラマ『HEROES』のマシ・オカさんのような…。

それを最初に言われたのが、大島健夫さんですね。2〜3年前に朗読オープンマイク「SPIRIT」に呼んでいただいた時に、「寝太郎くんの冴えないサラリーマンのような出で立ちと物腰、詩の内容は海外でハマると思うので、これからも貫き通して欲しい」と。全国大会にスーツを着て行ったのは、すでにそれを意識していたんです。

―それは大島さんの慧眼ですね! そして内気でコミュ障というネガティブな面を、「キャラ立ち」という方法でプラスに転化させるのも素晴らしい。

今までわりとそういう生存戦略でやってきましたから(笑)。あと、ある種のマインドセットですが、移動中に嫌なことがあったときの方がステージはキレが出るんです。そういう、二重三重に無理やりなマインドセットをして「よっしゃフランス行くぞ!」という覚悟ができたのが1月後半くらいです。パスポートをとって、翻訳も進めて、航空チケットをとって、「応援に行くよ」という人がちらほら現れて…話が具体化し始めたところで、新型コロナウィルスが。

―パリ大会用に6作品、ジョーダン・スミスさんに翻訳していただきました。

『営業下手の額井さん』と『System』はスーツ姿に合った「サラリーマン詩」で、『死教育の時間』は普遍的なテーマだから海外でも大丈夫だろうと。
これは翻訳が難しいだろうと思いながら、こわごわ提案したのが『擬音祭り~第3夜:絶望と言う名の列車~』。電車の音が「アホ、ボケ、カス」に聞こえるというやつです。あれは「世界大会でやったら絶対面白い」という人と、「流石に翻訳が無理だろう」という人とに賛否が分かれましたね。結果的にジョーダンさんがめちゃくちゃうまいこと導入部分を考えてくださって。ステージパフォーマンスとして伝わる翻訳になりました。翻訳家というだけじゃなく、腕のあるスラマーにお願いしたからこそ実現したことですね。

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<↑ポエトリースラムW杯オンライン配信より、「擬音祭り〜第3夜:絶望というなの列車〜」冒頭部分>


―そこまで準備できていたのに、新型コロナウィルスのせいで開催が不透明になって。最終的にオンライン開催と聞いたときはどうでしたか?

正直、ガッカリというよりはホッとしました。やることがはっきりしたので(笑)。2〜3月はすごく宙ぶらりんな状態で、ずっと待っているだけなのですごく不安でしたし。最悪、渡航制限が解除されなければ、ジャーナリストみたいなノリで単身フランスに潜入しなきゃならないのか(笑)みたいなことまで考えていたんです。

―そういう意味ではこれまでのW杯と比べても、大会前のプレッシャーが違うレベルで高かったですね。

しかもその手のプレッシャーへの耐性が一番低い奴が、そのタイミングに当たってしまったという(笑)。(第3回、第4回大会チャンピオンの)三木悠莉さんからはメッセージで心配されて「大丈夫? 悩みがあったらいつでも言ってね」って。

―そしてW杯直前には「ポエトリースラム直前公開スパーリング」がありました。

あれは本当にやってよかった。オンライン大会自体が初めてで「このままだと不安なので、稽古つけてください」と自分で企画しました。対戦相手を募集したときに、手を挙げてくれたのがchoriくん、谷竜一さん、川島むーさん。

―地元・大阪の愛を感じるプレイベントでした。しかも寝太郎くんがけっこう負けるという(笑)

そこはまあ、花相撲なんかしても意味がないということを皆さん理解してくださっていて嬉しかったです。むーさんに1勝2敗、谷竜一さんに2勝1敗、choriくんには2引き分け1敗。しかも最後の1敗が完封負け(笑)。choriは、本気で寝太郎を叩き潰しにくるみたいな感じでした。

―お客さんの前でやるのとカメラに向かってやるのは、どう違いました?

基本的にお客さんの前でやる方が緊張するんですが、緊張した方が調子よかったりもするんです。もちろんガチガチになってしまうとダメですけど。カメラ相手だと緊張感が薄い分視聴者との距離感が難しく感じましたが、わりとその公開スパーリングで、考え過ぎてもしょうがないと思うようになりました。今さら発音やコミュニケーションが上手くなるわけでもないし、今の寝太郎を世界に見てもらうんだと開き直るしかないかって(笑)。

―そして実際のオンラインW杯。公式Facebookにアップされた自己紹介ビデオでは防塵マスクを被って、かなり強烈でした。

大会前のZOOMミーティングの時に、出場者がそれぞれの言葉で「poem」という言葉を繰り返しリズミカルに叫ぶ、というのをやったんです。そうすると、アルファベット圏の言葉は綴りや響きが似ているんですよね。みんなが「ポエジア」「ポエトリー」とか言ってるなかで、僕ひとりだけ「詩」と言ってるわけです。「シ、シ、シ、シ…」って。そしたら何人かがマネし始めて(笑)。逆にこの異質な響きとしての日本語は使えるかもしれないなって。自己紹介動画でも「詩」って一文字だけ叫ぼうと決めてたんです。そしてこの「シ」というのが「poem」なんだというのをわかってもらうために紙に「詩」って書いてごつい防塵マスクに貼るという(笑)。ちょうど普通のマスクが手に入りにくい時期だったんですよ。

―実際のステージはどうでしたか?

1作品目はちょっと若干空回りしていました(笑)。僕のテンションに引っ張られて、担当の方が字幕を出していくテンポが異常に早かったんです。『擬音祭り』には「アホッボケッカスッ」っていうリフレインがありますが、楽しくなって本来より多く繰り返したんです。そうするとテキストと合わないから、オペレーターの人もわからなくなったんでしょうね。
やっぱりW杯という場所の魔力というか。中継されている審査員席の空気や司会のノリ、カメラの向こうの観客や対戦相手…いろいろ含めて未知の世界でしたね。世界の一端を垣間見た感じです。
ある意味意外だったのが、言葉はわからないけどレベルの高さはわかるということ。知らない単語も多いし、どういうテクニックを使っているかほとんどわからないんですけど。一語一句に込めている緊張感や思い入れ…これは重いなとか、楽しそうだなとか。具体的にいうとメキシコの詩人の作品がものすごく重い内容っぽくて、これこそストロングスタイルのポエトリーだなって。ブラジルの方の作品も、人種差別がテーマのようでした。かと思えばスコットランド代表の方は、美しい自然と一体になったような格調高い詩。で、そこにスペイン代表のDaniさんがおられたわけです。

―ダニ・オルビスさん、鮮烈でしたね。

最初に僕が『擬音祭り』という作品をやったわけですけど、その次くらいにDaniさんが、これまたオノマトペがテーマの詩をやられて。終わった後にある方から「寝太郎さんあれ、最初にやっておいてよかったですね」って(笑)。いや、自分でも思いましたね。テーマは似ていましたけど、ダニさんの作品のほうがワンランク上だなって思ったんですよ、正直。

―どういうところで?

僕がやったのは「電車に乗りながらひたすら今日の失敗を後悔してる男が、電車を降りるまで」というシチュエーション。ダニさんのは、朝起きて会社に行って、帰りに買い物したりご飯食べたりして夜寝るまでの描写。それを全部擬音に言い換えて、さらにその時の感情まで全部突っ込んで、リズムも変えてましたから。「うわやべえ、上位互換が来たよ」って(笑)。
そういう意味では、試合展開としては盛り上がった(笑)。実際、僕がでたBブロックはAブロックより平均点がちょっと高かったはず。そう考えるとやっておいてよかったなっていう。

―そして、そのダニさんが最終的にW杯優勝でした。

いやあ、いい経験になりました。やっぱ世界は広いんだな、レベル高いなって。体の使い方とかも、いろんな人がいろんな動きされていて。カメラの前だけど。

―印象に残った出場者はいますか?

僕は結構、カメラに対してドアップでしたが、より引いて腰から上を見せている人が多かったですね。身振り手振り、上半身全てが表現に必要なんだなと。飛び跳ねている方もいたし、ダニさんはからだを叩いて楽器として使っていました。からだ全体を使っていいんだぜ、という。日本でもやっている人はいますが、本場のポエトリーならではの激しさがあるなと。サッカー選手が初めて海外のチームと最初にガツンとぶつかった瞬間に「うわ、当たりが強え!」みたいな(笑)
そのときは良くも悪くも自分のゾーンに入り込んでいたんで、不安感とかはなかったんですけど、後からちょっと怖くなりましたね。うわ、あのレベルの相手とスラムをやったのか自分は、と。

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<ポエトリースラムW杯2020オンライン配信より>

年間 100 本のライブ、100 本の詩作。その集大成が 2019 年。


―ポエトリースラムジャパンに初出場されたのが2016年の第2回大会でした。

渋谷で行われた第1回大会では、観客席にいました。2年目は大阪大会があるというので、これはもう出なきゃと。そこから5回すべて大阪大会に参加しています。全国大会に出場したのが2017秋大会と2019年大会ですね。

―5回の出場で、変わってきた部分はありますか?

そうですね、ステージ慣れしたのが大きいのかな。2015〜2016年くらいから、大阪のライブバーに出してもらう機会ができて。多かった時は年間100回近く、なんらかのかたちで出演していました。弾き語りのレギュラーメンバーに混ぜてもらう感じで、持ち時間30分くらいで、週1回とか2回とか。
ふたつ目の変化は、短い作品も書けるようになってきたことですね。テキストで読むような行分け詩に苦手意識がずっとあって。一時ひたすらザッピング詩ばかり書いていたんですが。あるときchoriがネットでやってる「詩人狼村」という企画で、毎日1作書けって言われて。しかも上限20行っていう制約があったんですが、書いてみたら書けるようになって。2018年と2019年は年間100作品くらい書いていました。

―すごい鍛えられ方ですね。ステージも、書くことも。

その経験値の集大成的に、2019年があったんですよね。

―なるべくしてなった優勝、という感じがします。

PSJで優勝した時に「苦節20年」といわれたんですけど、実質その経験値の7割くらいは、直前の3〜4年に凝縮されているんです(笑)。最初の10年で先輩詩人に教わって、ただその時にはできなかったことが、ここ3〜4年で実践できるようになった部分もあるんですが。「苦節20年」たゆまぬ努力をしてきたわけでは全然ない。運と出会いとタイミングに恵まれたなと(笑)。

―では2019年は、大阪大会から自分なりの手応えを感じていましたか?

うーん。ちょっとは思っていましたね(笑)。2016年に出たときは1回戦2回戦で息切れしてしまって。テキストも「どれ読もう」って感じで。逆に2017年あたりは緊張しすぎて、1回戦から読む手が震えていたりとか。

―大阪大会は、choriさんとのワンツーフィニッシュが劇的でした。

choriは第一回大会から5年ぶりのPSJ復帰で、本人の中で期するものがあったはずで。彼も活動休止した期間があったので、ポエトリーリーディングを最近始めた人にはよく知られていなくて。自分を復活させる最後のチャンスのつもりでPSJ大阪に乗り込んできているchoriと、今度こそ全国に行くぞ!と迎え撃つ寝太郎、みたいな。

―そのふたりが昔からの仲間…いいドラマですよね。大阪大会はchoriさんとの勝負、という思いもありました?

ものすごくありましたね。とりあえずchoriと当たるまでは絶対に負けられないし、当たった上で勝ってやろうと。でも実際に決勝戦が始まったら「うあー、やられたー!」と(笑)。他の出場者のフレーズを取り入れた作品を即興でやられたときに、会場が完全に掴まれているのをみて、やられた!と思いつつ「よっしゃ、それでこそchoriや!」みたいな。

―choriさんが見事な復活を遂げて優勝したのを、ライバルの寝太郎さんが喜んでいるのがひしひしと伝わってきて、その意味でもドラマティックでした。

ちょっと泣きましたからね。

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<ポエトリースラムジャパン2019大阪大会>


―そして東京・両国の江戸東京博物館小ホールで、全国大会に参加されました。

全国大会は未知の世界でした。2017年秋大会で全国進出したときは舞い上がりすぎて、よくわからないまま終わったので…。ただ、なんだかんだずる賢くはなりましたね(笑)。出場者の動画を事前にYouTubeで探してチェックしたり。会場ではひとりずつに挨拶して、「よろしくお願いします」というくらいの余裕はできていましたから(笑)

―確かにステージでの佇まいが、今まで以上に堂々とされていました。

個人的に、いちばん経験が生きたと思うのは一回戦の2週目です。『7時のニュース』というクリスマスの詩をやったんですが。あれ、最初はセットリストに入っていなくて。当日に急遽テキストを代えたいときのピンチヒッターとして、用意していた作品なんです。「やばい」と思ってから作品を選ぶと、選択をミスるんです。実は1週目の点数を見てからテキストを代えた人は、僕以外にも結構いたんですけど…。

―ほかの人の動きも見てたんですか!?

見てました!(笑)。1回戦の1週目では、llasushiさんが全出場者のなかでいちばん高い点数だったんじゃないかな。それくらい圧倒的で。そのllasushiさんの2週目の作品が政治ネタっぽいやつだったんですよ。その時点では僕も『Your Position』という政治ネタの作品を用意していたんですけど、似たような印象で埋もれちゃうなと思って。で、とっさに『7時のニュース』にしたんです。内容的にも、ちょうど季節に合うし。
全体の流れとしてはAブロックの飯塚(隆二)さんと、Bブロックの僕がなんかこう「面白い枠」として勝ち上がっていく流れができていたなっていう(笑)。
あと、終わったあと誰かに言われたんですけど、「寝太郎にしては珍しくちゃんと客席と会話してた」って。『死教育の時間』なら最後の「生きてますか!?」のところ。『7時のニュース』だったら「戸締まりを十分にしておやすみください」、『Your Position』なら「あなたのポジションはお決まりでしょうか?」という辺りで、テキストをおろしてお客さんの目を見ながら言う、というような。

―なるほど! 語りかけで終わる詩が多かったんですね。

わりと従来の寝太郎スタイルって、テキストから目を離さずに読むのが多くて、これが弱点のひとつだったんですけど。そこを克服できる経験値とか、ちゃんと客席を見て話せるようになったのが、20年かけてようやく、という感じでしたね。

―特に『死教育の時間』の最後は、コール・アンド・レスポンスになっていて見事でした。ライブパフォーマンスならではの表現ですよね。

僕が今まで見てきたかっこいい詩人って、やっぱりそれができる人なんです。たとえば桑原滝弥さんとか。ジュテーム北村さんも、露骨ではないけど、客席と対話するみたいなやり方されることありますし。
もちろんPSJに何度も出場して呼吸が掴めた部分もあるんですけど、年間100回ライブをやってたりした時に、自分が呼んだお客さんじゃないけど目の前に座ったお客さんがレスポンスを返してくれたり、そういうことの蓄積で。

―最後の表彰式で感極まって、涙ぐんでいた姿が忘れられないです。

ちょっと12月1日のあの記憶はふわふわし過ぎていて、夢のようですけど(笑)。

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<ポエトリースラムジャパン2019全国大会>

デビュー作はいまだに、なぜあんなものが書けたか自分でもわからない。


―あらためて、寝太郎さんの詩人としてのキャリアを聞かせてください。

ポエトリーリーディングを始めたのが20年前、おそらく2000年です。長いですよねえ。その時点でまだ僕、19、20歳くらい。めちゃくちゃ若かったです。

―きっかけはなんだったんですか?

大学時代の先輩が、当時、平安女学院の准教授だった平居謙先生の「詩のボクシング講座」をとっていまして。単位互換制度で、学外の生徒でも受けられるんですね。夏休みに集中して1週間くらいやる「詩のボクシング講座」と、通年で週1回の「POP現代詩創作講座」ってのがありまして。「詩のボクシング講座」の方は、詩のボクシングのルールだけ説明して「ではくじを引いてください」って。なんかもう映画『バトルロワイヤル』みたいなノリで「今から君たちに対戦をしてもらいます」って(笑)。

会場は京都駅前のコンソーシアム京都っていう場所で、京都中の大学から文芸サークル、落研、演劇部、ミュージシャン、ラッパーその他もろもろ集まってくるという。
当時の僕は基本的に無趣味で、本は読むけど、創作して発表することは全然なくて。ただ、先輩が誘ってくれたのは、なんかいろいろこじらせた思考なり妄想なりが頭に詰まっていることが、言動から見えてたんでしょうね。わかりやすく言うと中二病という奴ですよ。実際、中学〜高校と妄想ノートみたいなのはつけていました。

―妄想ノート! 何が書いてあったんですか?

小説のプロットに近いものですね。あとは「この映画にもし続編があったらこんな感じ」とか、このアニメをハリウッドで実写化したらこんな感じとか。

―それは誰にも見せてなかった?

ほかの妄想友達には見せてました。その先輩にではないですが…。で、「そのこじらせた気持ちを詩にぶつけろ」「とりあえず一回、中原中也の詩を読んでからここに来い」と、平居先生が大阪で主催していた「ポエトリーリーディングの夕べ」というオープンマイクイベントに誘われました。これがまたレベルの高い会だったんですが、そこで池上宜久さんに会うんです。池上さんが朗読したのが『波平の毛』というサザエさんをネタにした笑える作品で。めちゃくちゃ面白かったのと同時に、あ、こっちの方向なら僕でも作れるかもしれないなと(笑)

―何人くらい参加していました?

30人から40人くらい。後から聞くと、最盛期はさらに人数多かったらしいです。勢いがある時代だったんでしょうね、詩というものに。

「詩のボクシング講座」にも参加しました。一度、講座のゲストにchoriが来たことがあったんです。当時choriは谷竜一くんと組んで、Edy Walkerというユニットで活動していて。そのへんから彼のやってる詩のイベントに行ったりするようになって。詩のボクシングも一回参加して、そこでは川島むーさんと知り合いました。

―はじめて人前で朗読したのが『/(スラッシュ)』という詩ですよね。当時の作品と最近の作品で、どんな違いを感じますか?

そうですね。まず『/(スラッシュ)』が例外なんですよ。あれだけはいまだに、なぜあんなものが書けたのか自分で全くわからない。「ポエトリーリーディングの夕べ」のために書いたんですけど。それが結構ウケが良かったので、詩って面白いな、自分でもやれそうだなって思ったんです。極端な言い方をすると、もし僕に詩の才能があるとしたら、全部『/(スラッシュ)』に注ぎ込んじゃったんですよ(笑)。そっからは詩ってなんやねんって結構悩みましたね。何しろ、ろくに勉強もせずに飛び込んでしまったんで。『擬音祭り』とかも苦し紛れに思いつきでやってて、平居先生からは「お前は詩人よりピン芸人の方が向いてるんじゃないか」と言われたり(笑)。

―そうなんですね! 平居先生の授業やオープンマイクはご自身の原点ですよね。どんなことを学びました?

いちばん大きいのは「何やってもいいんだよ」と、とりあえず肯定してもらっていたことですね。「詩のボクシング講座」に関しては、コスプレや小芝居をしても怒られない。点数がいいかは別ですが。それでも一旦、面白いなとは言ってもらえるんです。
ただ最終的に「寝太郎、ちゃんと詩をかけるんだな」と言われたのは、3年くらい前なんですよ。サボって参加しなかった時期もありましたが…。

―ブランクを経て、3年前にほめられたのは大きいですよね。どんな作品でした?

それが『System』です。それまでは僕、言葉のインパクトでひたすら変なことを叫んでる人みたいな感じで。朗読すれば面白さがわかるけど、テキストで読んでも面白さが伝わらないような。だから合評会に持って行っても評価外になってしまうことも良くあって。

別の作品で平居先生からダメ出しをされたことではっきり覚えてるのが、「この作品はストーリー構成とか文法や描写の技巧としては良くできているけど、僕の評価基準としてはいい詩とは言えない」「読んでいる途中で、これは特定の社会問題なりよくある若者の悩みなりがテーマだなというのがわかってしまう」「いい詩というのは、作者の自分だけの世界を言語化したものである以上、一読してこれがテーマかというようなわかりやすいものにはなり得ない」
その前からずっと、寝太郎の詩は説明しすぎると言われていました。「読者に読み解く楽しみを与える」というのと「自分だけの世界をどう言語化するか」、このふたつに関しては、平居先生の講座に通ったからこそ自分のベースになっています。
それに関していうと、ポエトリーリーディングの評価軸とはちょっとズレると思うんですけどね。ポエトリーリーディングでは、明確なテーマでガツンとパンチを効かせるのは別に悪くない、そういう名作もいっぱいありますよね。ただ、僕の中でのいい詩だと思って目指してきたものはそういうものじゃない…ようやく最近それができるようになってきたんですけど。ちょっとわかりにくいものを書きたい。

―それはとても興味深い、大きな目標ですね。

実際そういう作品ができるのって、いまでも年に1作か2作ですけど。『Your Position』も社会風刺っぽくやってるけど、本当は別のことを言いたいんじゃない?って思ってもらえるとベスト。現状まだそこまで自信がないですが…。『死教育の時間』は明確なテーマがありますが、いかんせん「人の死」という、僕の手に余るくらいのテーマなので、あれくらいは明確でもいいじゃないか、とちょっと思ってます。それでいうと『/(スラッシュ)』はテーマもへったくれもない、リズムと感情の勢いでぶつけているんだけど、それにとどまらない何かがあるようなないような。本当に偶然成立しちゃった感じなんです。

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<ポエトリースラムジャパン2019全国大会>

単なる現実逃避なら、朗読していなかった。


―寝太郎さんの作品は笑わせつつ、しっかり「毒」を感じます。そういうアイロニカルな視線を、作り手としてどう意識されていますか?

意識しているというか、作りたくなっちゃうんですね。ここでまた中二病の話になるんですが、極端な話、小学校の頃から中二病なんですよ。

―早熟な中二病!(笑)

で、大人になっても治らなかったというか。それこそ大人気ない言い方をすれば、この世界は自分にとって居心地よくないという感覚が創作の原点にあるんです。ミヒャエル・エンデの「はてしない物語」…ああいうのにすごく憧れる子どもだったんですね。今でいうところの異世界転移(笑)。現実逃避としての空想が、つねに第一の友だったんです。中二病妄想ノートも、その延長線上にあるんですよ。
人に言ったこともあるんですが「僕の詩は、基本的に現実が嫌いで逃げたくて、もうひとつの現実を作っているんです」って。そしたらその人から「いや、それだけじゃあの詩は作れないでしょ」って言われたんです。変な言い方になるんですけど、友達になりたいと思って初対面の挨拶で喧嘩売っちゃう人ってたまにいるじゃないですか(笑)。僕のアイロニーって、自分の作品と現実世界の接点を作ろうと思ったら、なぜか世界に喧嘩を売ってしまうみたいな。

―現実逃避なんですね…。でも、それにしては作品中の異世界はけしてユートピアじゃなく、むしろ現実の写し鏡的な息苦しさがありますよね。『営業下手の額井さん』も『7時のニュース』も『System』も。

実際は現実を投影した異世界になっているんですが、投影の仕方が現実にケンカを売るようなやり方しかできないんだろうなと。やっぱり世の中に対するなんらかの不満とか、居心地の悪さというものが、作品に反映されているんでしょうね。

―さらにすごいのは、その居心地の悪さに共感できることだと思います。朗読を聞くうちに「そうそう、居心地悪くて嫌なんだよね…」と思えてくる。

単なる現実逃避だったら、朗読はしていなかったんだと思います。作品を通して、なんらかの形で世の中なり他人なりと接点を持ちたいという気持ちがあって。そうするには、自分の伝えたいことを作品の中で普遍化する必要があるわけですが。いかんせん根が中二病なので、「この世界が素晴らしい!」「人間が好きだ!」「朝日が気持ちいい!」みたいなことは別に伝えたくないわけですよ(笑)。人間社会ってなんでこんなにめんどくさいんだろうとか、社会人の一日のルーティンっていうのはなんでこんなに意味不明なんだろうとか。あくまで僕にとってだけど。

―なるほど。でもそれは多かれ少なかれみんな感じることで、だからこそ刺さるんじゃないでしょうか。

そのへんを、うまいこと人に伝わるように普遍化するのは、この数年で上手くなりました(笑)しかもそれを詩のフォーマットに落とし込むという。

なんで自分が詩をやっているのか、実はわりと長いことわからなかったんですよ。なんか誘われて、気がついたらずっとやってる。演劇に誘われたら演劇に行ってたのか? 歌詞や漫画やゲームを作ったりしてたのか?
基本的にパフォーマンスアートって、受け手を気持ちよくして帰ってもらったほうがいいじゃないですか。でも詩は、短い作品や短いステージで後味が悪いまま終わっても全然いい。場合によっては後味が悪い名作もあるジャンルっていうのは、たぶん相性がよかったんだと思います。

―『営業下手の額井さん』も、作中の事態が解決しないまま唐突に終わりますよね。

実は、最初はもっと短かくて。(レストランに強盗に入った主人公が)「窓ガラスに映った自分を見て思い切り口角を上げる」というところで終わってたんです。でも絶対に通報はされてるよね、このあとどうなるの?ってせっつかれて、警察を出したんです。もともと1分半で終わる作品だったのを、3分にするかと思って。でも結局、話は収束していないという(笑)。ブチッと終わって「ええ〜!?」ってなるのが、逆に詩の朗読のひとつの醍醐味だと思ってて。

その意味で、詩なりポエトリーリーディングなりは、作品づくりにおいて性に合っているのかなと。逆に綺麗にまとめずに終われるようになったのがこの2、3年。それまではまとめちゃってた部分があって。

―今後、新型コロナウィルスの影響はまだ続きそうです。作品や創作活動に、なにか変化はありそうですか?

知り合いのダンスパフォーマーに聞いたんですけど、オンラインで作品を成立させるという意味では、たぶん詩はアドバンテージがある。そもそも一人でやれるし、音質も音楽ほど細かいことにこだわらなくていい。動き回らなければスペースも少しでいいから有利なんじゃないか、と。
ただ、それ自体はその通りだなと思いつつ、実際に画面の向こうにいる人が、PCの電源を入れてクリックして動画の画面を開いてくれるまでのプラットフォームはもうちょっと考えないといけないかなと。例えば自分がツイキャスをやってとして、何人見てくれるんだろうかとか。Youtubeに動画をアップしているけど再生数は多くて二桁とかなので、その辺はもうちょっと工夫が必要なんだろうなと。

ちなみに、2019年から作っていた詩集とCDが、ようやく完成の見込みです。CDは作品が『System』『/(スラッシュ)』から『死教育の時間』まで14作品。ボーナストラックとしてライブ収録も3編ついています。詩集とCDセットで3000円。若干お高いんですが、なにぶん90ページの詩集と40分越えのCDなので…。

―いちど作品をかたちにすると、次の目標も見えてきますよね

ひとまずこれを世に出して反応を見た上で、第二段をどういうかたちにするか決めようかなというスタンスでおります。


【プロフィール】
川原寝太郎(かわはらねたろう)

1981年生まれ大阪在住。2000年頃から自作詩を朗読している。フィクションの中に社会風刺を織り交ぜる作風。「サラリーマン詩人」と人から言われるがホワイトカラーだったのは10年前の事である。詩を朗読する時とアルコールを飲んでいる時以外は人前で話すのが苦手な典型的日本人。

☆川原寝太郎、初の詩集&CD『ネタロマニア』同時発売!☆
全力で人生を後ろ向きに疾走していく怪作、29編。 詩集は、PSJ大会出場時の仕様作品からSNS未発表作品までを網羅する、怒涛の90ページ。CDには詩集掲載作品から14篇の朗読を録音。悪夢の寝太郎朗読一挙40分! ボーナストラックとしてライブ録り3篇を収録。 近日完成、発売の見通し。 直販の他、ネット委託販売も行う予定。

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                                                                                          (取材・原稿 村田活彦)


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