バスに乗り遅れた話

2017年、僕はひらがなけやきのオタクだった。
就職活動と被ったZeppツアー大阪公演では翌日の最終面接のためにお見送りをパスして最終新幹線へ走ったし、福岡公演では内定者懇親会を欠席して飛行機に乗った。そんなこんなでどうにかして全会場まわるくらいには熱が入っていた。そこから追加公演の幕張メッセ、翌年の武道館3daysと勢いづいていくひらがなけやきを全力で楽しんだ。

2018年春、僕が就職先に選んだ仕事は不定休だった。有休があるとはいえ新入社員ではしばらく行けないイベントも多いだろう。そう考えたら何か形に残しておきたい。そして2月25日、『風に吹かれても』の私物サイン会でZepp Namba公演のチケットの半券にサインを書いてもらった。推しメンには「こんなものでいいの?」と笑われたが僕にとってこれ以上の私物はなかった。

案の定、就職してしばらくはイベントどころではなかった。申し込み前に休みが分かっている日だけ狙い撃ちしてなんとか走り出す瞬間ツアーには2公演行くことができた。半年ほど経った頃にようやく有休のお願いができそうなタイミングを見つけ、『アンビバレント』の個別握手会に2回行くことができた。しかし、思うようにオタクができる日はまだ遠かった。

2年目にはいれば休みも取りやすくなるだろうかと考えていた2019年2月、グループの改名が発表された。正直、複雑な気持ちだった。
1つのグループとしてもっと売れていくためには効果的な一手だろう。それはずっと前から分かっていた。しかし、欅坂との比較としてのひらがなけやきが好きだったし、何よりここまで頑張ってきた期間を思えばこの名前で売れてほしいという願いが強かった。そんなことを考えている僕には、立ち上がって飛び跳ねて喜ぶメンバーの姿が心に重くのしかかった。

日向坂46の1stシングル『キュン』はこれまでとガラッと印象を変える曲だった。これも迷いを加速させた。一緒に2017年を走ってきた一期生12人は大好きだし、そこに入ってきてくれた二期生9人も大切な存在だった。画面を見れば間違いなくあの彼女たちなのだが自分の知っているグループじゃない気がした。デビューカウントダウンライブこそ行ったが、整理ができないままシングルのリリースは続き、気づけば握手会に戻るタイミングも失っていた。イベントから離れれば離れるほど置いていかれてる気がした。

僕がちゃんと改名を受け入れることができたと言えるまで3年がかかった。2022年3月、東京ドーム。さすがにここだけは行かなきゃいけないと思い必死にチケットを取った2日間。この時に見た彼女たちの姿はあの頃の彼女たちそのものだった。

僕がひらがなけやきを好きだったのは、彼女たちが本当に楽しそうにステージに立つからだった。順風満帆とは言えない走り出しだったからこそ1つひとつのステージが本当に楽しかったんだと思っている。2018年からの約束を延期まで乗り越えて4年越しに果たしたステージ、あの頃と同じで本当に楽しそうだった。

武道館で初めて披露された『イマニミテイロ』をしっかり聴けるようになったのもこの時だった。「いつの日にかミテイロ」のいつの日はこの日だったんじゃないかと思った。そして、ザマアミロと言える日がここにあるなら僕を悩ませるものはもうない。

改名のタイミングにオタクから離れていたことでバスに乗り遅れたと思っていた。しかしそれは勝手な思い込みだったのかもしれない。