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-30℃のモンゴルに行って世界が変わった話

こんにちは〜。

今回は過去の自分が体験してきたことも載せられたらなぁと思い、第一弾として大学1年生の時に行ったモンゴルでの体験について、綴っていけたらと思います。

自分にとってこのモンゴルに行った事は人生の大転機で。
本当に行ってよかった!!!

出来損ないで何をやっても続かなくて、周りからも見下されていた自分。本当に駄目な人間なんだな〜と思い続けていた私が、一つの体験でやりたいことがどんどん増えて、自分の好きだけをひたすら追い求めて、気付いたら周りから愛されて、認められるようになった。何より自分のことを少しずつではあるけれど好きになれた。自分の信念が出来た。

こんなポンコツでも変われたんだからきっと誰でも変われるんだよって。誰か1人の心にでも良いから届け〜〜〜!

何故そもそも海外ボランティアに行こうと思った???

これは「変わりたい」と強く思ったのが事の発端。

当時大学受験大失敗して、プライドもクソもなくなって。無事天狗の鼻もポキンっと折れた。そこで「なんでもいいから変わりたい。中身のある人間になりたい」と強く思いました。

時間にも余裕がある今だからこそ出来ることはなんだろう?って考えた時に思いついたのが中学生の時なんとなーくかっこいいなぁと思ってた「海外ボランティア」。これだ!と思った次の瞬間には調べてインターネットで上の方にヒットしたNICEに電話した。そこから色々協議を重ね、ほぼノリと勢いで海外ボランティア(モンゴル🇲🇳)への参加が決定しました。

何故モンゴル?🇲🇳

その理由はなんだか見窄らしくて(失礼)、自分と合ってそうだったから。あとは航空券の安さだったな。
極寒のモンゴルとか楽しそうじゃね、みたいなノリでした。笑
特に深い理由もなかった。

モンゴル🇲🇳に向けての日々

英語が全く出来ない癖に英語を教えるプログラムを応募したアホな私。努力も出来ない人間なので全く英語の勉強はしてなかった😮‍💨
当時は大学での勉強と貯金(バイト)の両立に必死だったのもあったけどさ、、。
航空券の購入や旅程などは同じプログラムに居た同い年の子に教えてもらいながらなんとか済ませた。

そんな感じだったけれど情熱だけは無駄にあって。
モンゴルでの日々は何もかも私にとって苦手なものばかりに思えた。だけど絶対負けない、変わってやる。って強く思ってたのだけはめちゃくちゃ覚えてる。
あの頃は若くてエネルギーがあったなぁ〜〜〜😅

問題発生🙀💥

当時2020年の2月だった為、コロナが徐々に浸透し始めている時期で。私は前述した通り「小学生に英語を教える」ボランティアに参加する予定だったのだけれど、コロナのせいで小学校が休校、その為ボランティアが出来ないと仲介していたNGO団体のNICEから聞かされた。

(モンゴル政府はいち早くコロナの危機に対応していて、その頃には早々に休校措置が行われていた。ちなみに街でのコロナ対策もしっかりしていて私達が赴いた2020年2月時点でスーパーに入るのにマスクしないと入れなかったりものすごーーく規制が厳しかった。その甲斐もあってモンゴルでのコロナ患者数は日本を歴然と下回っていた、、)

ボランティアできないでほぼ「真冬のモンゴルで2週間過ごすだけ」になってしまったことに対して、正直物凄く萎えた。行く直前で不安も高まってたのも相まって「結局また変われなかったで終わるんだろうな」ってネガティヴな思考が頭を占めたりしていた。

でも航空券もキャンセル出来ないし、参加費等のお金も全て払ってしまっていたのでドブに捨てることも出来ずに結局行くことに。
私は韓国でのトランジットだったのですが、中国乗り換えの人たちは(コロナを気にしてか)キャンセルしてたりしてました🥲

モンゴルでの日々🇲🇳

そんなネガティヴな妄想とは裏腹に、モンゴルでの日々は毎日本当に刺激的で楽しくて。
小さい頃ぶりの海外に心躍ったのは間違いないのですが…。
その中で大きく分けて二つの転機に繋がったきっかけがあって。

1.あまりに魅力的な人達との出会い


まず人に本当に本当に恵まれて。
日本人のメンバー6人と受け入れ先のモンゴル人の女の子1人で主に2週間過ごしたのですが、本当にその人達が魅力的な人たちで。
まず日本人のメンバー達と過ごす時間がとにかく楽しくて、毎日のように朝から晩まで笑っていた。そして何より夜な夜な語り合った時に、当時の自分にとってあまりにかけ離れたような夢を語っているみんなが居て。同年代の人たちが大きな夢を語っていることが凄くカッコよくて、刺激を受けて。私もこの人たちみたく色んな経験をして、内面的にも豊かになって、周りの人のことを大きな優しさで包み込めるような、そんな人間になりたい、そう思いました。

そして受け入れ先の当時22歳だったモンゴル人の女の子も本当に本当に大好きで。
頭が良くて、どんな時も人に優しさを分け与えていて、人との距離の取り方が凄く上手で、初めての海外で不安だった私はこの女の子の明るさに何度も何度も救われた🌟

あと私はあまりに酷い、所謂 "出川イングリッシュ" みたいな英語を喋ってたんですけど、言語は通じずとも心は通じ合えることを知ったし、それがどんなに嬉しくて大きな可能性を秘めていることかに凄くワクワクしました。

別れの瞬間

この大事な仲間達と出会うことで「今は傍観者でしかないけれど自分もこういう風に夢語れるような人間になりたい!!!」ってなった。そして今はまだまだだけれども、この人たちみたいに魅力的な人間に近づけるんじゃないか、とも思いました。

ここで人との出会いの大切さに気付かされて。
出逢う人でこんなに世界って変わるんだ!って思うと物凄く面白くて、もっともっと色んな人に出逢ってみたい。そう思いました。

2.壮大な自然🪿

モンゴルはやっぱりでっっっかくて。
首都であるウランバートルは想像してた以上にめちゃくちゃ都会で、びっくりしたんですけれど、車で8時間ガッタゴトの道をひたすら走り続けた先で出逢った景色が今でも忘れられなくて。

それまでで一番大きな自然と言えば北海道だったと思うんですけど、全然比じゃなくて、どこまで行ってもどこまで行ってもあまりに壮大な景色が広がっていて。

それを見ていると本当に世界は広いんだなっていうのを実感して、ありきたりかもしれないけれど「この世界には知らないことが多すぎる、もっと知りたい。」と心の底から感じたを鮮明に覚えています。

モンゴルから帰ってきた後の日々

モンゴルから帰ってきた後は、「見つけた!!!」感がすごかった。
次はどんな世界を見に行こうか、と心が物凄く躍っていました。そんな感覚は生まれて初めてだったな〜〜。

そしてストーリーを見ていた周りの人たちからの反応も凄く沢山頂けて。もうね、モンゴル行ったことある人なんてなかなかいない!😂とみんなにウケて。
色んなことを質問してくれたり、サークルの先輩からは「よ、モンゴル帰り!」ってイジられたり笑
なんだかそれが物凄く嬉しかった。
自分で本当にやり遂げたんだなぁってのが実感できて、そんな自分が誇らしかったな。

その中でコロナ禍へと突入した訳で、本当〜〜にやりきれない思いをたくさん抱えてきたけれど、きっとそれも必要だったのかな。

〈番外編〉
2週間あまりに酷すぎる英語で毎日過ごしていた訳なのですが、帰国後にもそれが抜けなかったみたいで。
帰国後初めてのバイトでお客様に向かってカタコトで「ソーリー、ソーリー」って謝っちゃいました😂
笑い堪えるのに必死だった笑笑
ちなみにお客様はおばあちゃんで耳が遠くて気付いてなかったぽい、、😅

最後に

本当に本当にモンゴルで過ごした日々とあの高揚感は一生忘れられないくらい大切なもので。
大学1年生の秋、勢いのままに突っ走って、諦めなくて本当に良かったと思っています。

だけれどもモンゴルでの日々がこんなに素敵な経験や思い出、そして「私」が形成する契機になったのは紛れもなく周りの人たちのお陰なのも忘れずに。
モンゴルで出逢った仲間達には感謝してもしきれないです。本当にありがとう。(届け)

長くなったな〜今回も自分語り😂
こんな稚拙な文章がどこかの誰か1人にでも届きますように。

今回も読んでくださりありがとうございました😊

😉💐


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