母親が私のnoteを読んでいるらしい

しかし娘は屈しない。母よ、読むがいい。

SMバーで緊縛を一度習った私は、縄ってめっちゃおもろいなと思い、友人という友人にべらべら話してきた。ついに、私をSMバーに誘った友人と、高校の友人たち(お馴染みA氏とロリータ好きのMちゃん)の合計4人で行くことが叶った。本当はもう1人来る予定だったが都合がつかず。必ず行きましょう。


初級の緊縛講習会に縄の受け手として参加。A氏とMちゃん、大変上手。素晴らしい。

講習会の後に、講師の方に「なんか縛って貰えませんか!」と頼んだ。


店のコスチューム借りた


体が浮いた!!!!!!


縄を10本くらい使っていた気がする。すげえ。

全身を縛る際の縛り手と受け手の体の距離とか密着度とかがガチ恋すぎた。下半身に至っては内腿に縄を這わせているので当然手も当たる。身体接触としてえっちすぎない?になった。縛り手の方が若くてイケメンだったら恋しちゃっていたかもしれない。スキンヘッドのおじ様で心底良かった。

体が宙に浮くのめっちゃ怖かった。体の自由が効かない。視線の自由が効かない。お客さん達に無防備な様を見られている。恥ずかしい。

腕や首を縛られる以上の経験、つまり上半身や下半身を縛られるという経験がなかった私にとって、全身を縛られるというのはかなり衝撃的な体験だった。ある部位を部分的に縛られる場合、「あなたと私は緊縛の合意をした関係性ですよ」という対等な空気感の中、もし何か嫌だと思ったらいざとなれば走って逃げたり暴れたりすればいくらでも抵抗できるという点で心に余裕がある。しかし、全身縛られた場合、縛られてしまった私はもうなんの抵抗も出来ない。何をされても拒めない。全身の緊縛は明確に力関係、主従関係が存在した。合意のその先の関係性みたいなものを感じた。

宙に吊られた状態で、持ってきたバラ鞭で内腿を何発も打たれた。家で自分で自分にバラ鞭を打ってみた時、結構思い切り打っても全然痛くなかったので、高を括っていた。しかしプロの技量を見せつけられた。めちゃくちゃ痛い!痛い痛い痛い!思わず叫ぶ。でも逃げられない。拒めない。バラ鞭はほかの鞭に比べて痛みがマイルドなので、全く耐えられない痛みというわけではない。だんだん痛いと叫んでもやめてもらえない、抵抗できない自分の状況が楽しくなってきてしまった。痛くて嫌なはずなのに、楽しい。嫌じゃない。嬉しい。楽しい。
鞭の後に内腿をくすぐられた。くすぐり弱いんだが!!!これもやめてもらえない。ギャハギャハ笑ってしまう。楽しい。やばい。

鞭で打たれたりくすぐられたりを繰り返されて、私は頭も感情もおかしくなって、いよいよハイになってしまった。「一生このおじ様に屈服して過ごすのかもしれない」と一瞬本気で思った気さえした。ある意味性的な関係よりもずっとずっと精神的に深い感情だと思った。でも緊縛の魅力の1つとして、縄を解けば精神的な繋がりも解けるところがあると感じた。一時的に洗脳状態、全く普通では無い精神状態になっても、縄が解けて体が自由になってしまえばあっという間に正気に戻る。非日常体験として最強なのでは?

母へ SMバー楽しいです。今年中に上半身の緊縛を習得したいと思いました。 娘より

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