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褒められた

夢に比呂が出てきた。本当に、久しぶり。多分夏のはじめくらいの時にくだらない事で会話した以来。

その時みた夢の中での会話は『くだらない』って印象以外は頭にほとんど残っていない。比呂の着てたシャツの色がとても綺麗だった気がするんだけど、シャツの種類の記憶は曖昧で、肝心の色も思い出せない。

俺さあ・・・ここんとこずっと比呂の所に行けてなかったのね。お寺の駐車場までは行けるんだけど、どうしてもその先に行けなくて。

何か月前だっけ・・・仕事に行く前に比呂のとこに向かったことがあったんだ。帰りだと夜中になっちゃうから、朝のうちに会いに行こうと思って。そしたらさ、比呂の桜の木の前に子供連れの人達がいたんだ。小学生くらいの子が5~6人と、多分その子らのお母さんたち。みんなで手を合わせてんの。比呂の桜の木に向かってさ。


それ見たら俺・・怖くなっちゃて・・慌てて近くの木のかげに隠れたんだ。

絶対比呂が助けた子供たちじゃん・・って思ったら涙がボロボロ出てきて、感情がめちゃくちゃになってしまって、必死に自分の呼吸を整えることに集中した。

助かった子達が元気そうで安心したし、あの子達とご家族が今でも幸せに暮らせてるなら良かった・・って、心の底から思いたいのに全然うまくいかなくて。

悔いても悔いても巻き戻せない時間に首絞められながら、せっまい水槽いっぱいの涙に頭まで浸かって今を生きてんの。そういう俺が目の当たりにして冷静でいられる光景じゃなかった。

だってあの事故で俺はさあ、失ったんだよ。一番を。

・・・だからしばらく比呂の桜に近づくことができなくなっちゃって・・・そしたらそのうちにだんだんと夢でも会えなくなっちゃった。

でもね、一昨日・・秋山さんと少し話したの。仕事の電話のついでにさ、色々話を聞いてくれて。俺の弱くて汚い考えを肯定して励ましてくれた。そしたらなんかちょっとだけ、心が軽くなったんだ。

・・・秋山さんは俺より先に比呂と出会ってたわけじゃん。一緒に暮らしてた事もあったし本当に仲が良かったのね。だからあの事故の後に思い詰めて心の病気になっちゃったんだけど、俺と同じように病院に行って薬を貰って回復した。「大事な人間もっていかれて可哀そうなのは俺達なのに、自分で立ち直らなきゃいけないなんて酷だよなあ・・・」って言ってたのを今も覚えてる。一緒にいつも落ち込んでくれるからかなあ・・秋山さんの言葉は本当に素直に心に納めることができるんだ。

比呂に会いに行こうって思った。

今日は俺の誕生日で、ハルカさんが休みをくれた。だから勇気を出して頑張って比呂の桜の木までちゃんと歩こうって決めた。昨夜は比呂のことを考えながら目を閉じて眠りについたんだけど・・・そしたら比呂が夢の中で俺に会いに来てくれたんだよ。

事故の日の服装の比呂。怪我は無いしニコニコ笑うその顔が本当にかわいい。「おーい!」って手を振って駆け寄ってきたから、ひらひらと手を振り返す。比呂は俺の顔をのぞき込むと「髪伸びすぎじゃない?大丈夫?」って言った。大丈夫じゃないけど大丈夫。まあとりあえずは大丈夫。最近全然会えなかったから夢に出てくるコツがわかんなくなっちゃのかと思ったよ。

「久しぶり」って声をかけて、俺は比呂を抱きしめた。

本当に幸せな夢だった。話をして、手を繋いで。楽しくて泣く暇がなかったくらい。甘えまくった。年甲斐も無く。

流行り病の話をしてみたら「へー。大変だね」って興味なさそうに言うから笑っちゃった。難しい話が嫌いなトコとか変わって無すぎて安心した。神様のそばで生活してても、そういうとこは変わらないんだね。「那央、かわいい」って何度も言うから、そのたびにほっぺを膨らませた。

「髪、長いのも似合うね」って言ってくれたし「誕生日おめでとう」ってお祝いもしてくれた。俺は首にぶら下げてた結婚指輪を外して比呂の指にそっとはめながら「浮気禁止は継続中だからね」って一応念を押しておいた。その時は「あははー」って笑い飛ばされたけど、夢の記憶の終わりの方で「浮気なんかするわけないじゃん。大丈夫」って約束してもらえたよ。


目が覚めたらドキドキしてて顔が熱くて胸の奥が痛んだ。その痛みには覚えあって病院ではなおせないし、おそらく薬も効かないと思う。

・・・かわいいねって・・・長い髪も似合うねって・・今の俺の外見を褒めてもらえた事が本当に嬉しかった。これで安心して比呂に会いに行ける。俺だけどんどん年とっちゃうから、若いままの比呂に今の俺の見た目を受け入れてもらえるか不安だったんだよ。

まだ好きでいてもらえてる。最高のプレゼントじゃん。


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