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ハル

比呂のお墓に行ってきた。

俺・・ずっと、比呂のお墓には近づけなかったの。法要の時も、みんながお墓に行くときは、駐車場で空を見てたんだ。坂口がついていてくれて。

でもね、昨夜ハルカさんから連絡が来て、今朝、二人で行ってきたよ。

ハルカさんの友達のお寺なんだけどね、広いの。すごく。ペット用のお墓とかもあった。お寺もそうだったんだけど、暗い印象がないんだ。不思議と。

一般的なお墓が並ぶそのずっと奥の方。満開の桜が綺麗だった。見惚れながら歩いていたら、ハルカさんが俺の肩に手を置いた。

『これ、あの子のお墓』

さっきまで聞こえていた鳥の鳴き声が止む。

目の前には一本の木。

そうか・・・比呂のお墓は桜の木だったんだね。


樹木葬なのは知っていた。でも、桜の木なのは知らなかった。法要の時に坂口が、駐車場から『あのあたりだから、ヤッホーしとく?』とか言って、大体の位置は教えてくれたんだけど、花が咲いてない時期だったから、どの木も同じように見えちゃってたよ。木の種類なんかあまり知らないから・・。

でも比呂は桜の下で眠ることを選んだんだね。

沢山の桜の木が並んでいるけど、その木だけは少し離れた場所に植えられていて、周りの空き地とは石で区切られている。一角にプレートが置かれていた。比呂の名前と、誕生日と亡くなった日が刻まれていて、『紺野』という苗字は彫られてなかった。お線香をあげる場所も、花を手向ける場所も無い。でも・・この下で比呂が眠ってる。遺骨をそのまま土に埋めてるんだって。それを聞いた時、無意識に

「・・だったら・・・比呂に触れますか? 」

って俺は言っていた。


涙が出た。


すぐそこに、比呂の体がある。骨ではない。俺にとっては体だ。触りたくて毎日死にそうだった。眠る比呂の髪を撫でてあげたかった。抱きしめたかった。その一部・・欠片でもいい。比呂がいた事を体で感じたい。だって俺たちは死ぬまで一緒にいるはずだったんだ。


「幸村」

ハルカさんの声で我に返る。

「私もそう思った。でも触っちゃ駄目なのよ」

・・そういうハルカさんの声は震えている。足の力が抜けて座り込む俺の背中をポンポンっと叩くと、ハルカさんが話を始めた。

「このお墓は、あの子だけのお墓じゃないの。私とうちの彼、秋山と沼田が一緒に入るお墓。2年前にみんな一斉に契約した。」

・・・・は?

俺は何も聞いてない。動揺した。

「・・比呂・・俺に何の相談もしてくれてないです・・・そんな・・・勝手に・・」

震える声でそう言って・・顔を上げたらハルカさんが俺を見ていた。そして「まあ聞いて」って小さな声で言うと二回ケホケホと咳をした。

「・・・紺野ちゃんはね、お墓を早く決める必要があったのよ。自分に何かあった時、紺野さんのお墓に入れてもらうことだけは避けたかったからね」

「・・・・・・」

「・・・ちょうどそんな話をしてた時に、この寺の息子から連絡があってね。樹木葬始めるけどどうするーって。もうほんとにカジュアルにそんな連絡があって」

「・・・・」

「ここの寺の息子は私が男同士で付き合ってることも知ってたから、昔から墓問題の相談とかしてたのよ。なんせ死の際の事には詳しいじゃない。寺の子だから」

「・・・・」

俺は涙を拭った。桜の木を見る。

「・・・樹木葬の話を紺野ちゃんにもした。『え、俺、その墓買いたい』って即答だった。場所も話してないし、金額も何も言ってないのに即答よ。だからすぐに寺の息子に連絡して、良さそうな区画をおさえておけって頼んだの。それがこの場所。桜並木が綺麗だし、いいでしょ。少し高かったけどね」

「・・・・・・・はい」

俺は比呂の名が刻まれたプレートに触れる。一人で考えて決めちゃうなんて駄目じゃん。もっと早い段階で、二人で話し合うこともできたじゃん。俺はどんなお墓でもよかったよ。比呂と一緒に入れるなら。ばか。ばかー・・。

まだ止まらない涙を拭う。そして息をふうっと吐いてハルカさんに言った。

「ここの隣の区画、俺、買います。どこに連絡したらいいですか?」

まだ木は植えられてないけど、区画整理はされている。

比呂のそばだったらなんでもいい。他人と一緒に埋められることになるとしても、全然違う場所に埋められるよりはマシだ。

ハルカさんは俺を見て何かを考えていた。止められたって俺は諦めないよ。近くに看板を見つけた。お寺の名前と電話番号が書いてある。俺はスマホを出してロックを解除した。そして看板の電話番号を指で打ち込み始めたら、ハルカさんに膝を蹴飛ばされて『バカ』と言われた。

俺が返事をしないでいるとハルカさんが俺のスマホを取り上げる。

「自分の誕生日とあの子の誕生日がパスコードなのね。あんたたち、似たような誕生日だったもんね」

そういうと、スマホを俺に返して、比呂の桜の木を見た。

「紺野ちゃんは、二人分の料金を払ってる。そのプレートも、余白が多いでしょ。もう一人分刻めるように、スペースあけてあんのよ」

「・・・は?」

「私宛の遺言状があってね。お墓のことはまかされてたから。今後追加料金発生した時使う用って付箋が貼ってある通帳も渡されてさ。100万入ってんのよそれに。びっくりするでしょ」

「・・・・・・」

「後から100万も追加発生したら、私が寺を燃やすわよ。でもね、そこまで考えてたのよね。人を頼るのが下手な子だから」

「・・あの・・・二人分の料金って・・・」

「・・・遺言状に入ってた手紙、あんたにあげる。自分で読みなさい」


ハルカさんはハンドバックから一枚の紙を出して俺に渡した。便箋一枚。封筒はない。

「全部で3枚だったんだけど、他の2枚はあんたに関係ない話だったから私が保管する。ほぼ仕事の話だったからね」

震える手で俺は三つ折りにされてた便箋をひろげた。ああ・・・・比呂の字だ。

俺の名前が見えた。手紙の中で比呂は俺のことを『那央』と呼んでいた。

この手紙が遺言になるとしたら、幸村のお父さんを説得しきれないまま死んじゃったってことだから、那央の分のお墓の代金は寺に寄付とかして欲しいって書いてあった。那央には何も言わないで欲しいって。


那央の分のお墓の代金・・・・


二人分って、比呂と俺の二人って事なの?


丁寧に書いた字。どんな気持ちで、いつこれを書いたんだろう。俺にも遺言状はあったけど、そこにはお墓の事なんか書いてなかったよ?

「ごめんねっ」

震える俺の腕をぎゅっと握って、ハルカさんが大きな声で叫んだ。びっくりした顔で俺はハルカさんをみる。ハルカさんは桜の木を見ていた。

ピンク色の花びらがハラハラと舞う。

「黙ってらんないわ。紺野ちゃんごめん。言っちゃうねっ」


ハルカさんは体の向きを変えて、俺を見た。

「このお墓を買う時、確認したの。一人分でもそこそこなのに二人分なんて安い金額じゃなかったから、あんたに確認しなくていいのかって。そしたらあの子『幸村のお父さんに納得してもらえないまま二人で入る墓なんか買えない』っていうのよ。そもそもあの子はお墓に入るつもりはなかったんだって。でも無いと紺野さん達に絶対気をつかわせるから、用意はしなきゃいけないなって高校生の頃に考え始めて、それからずっと悩んでたんだって」

・・・言葉が出ない俺。ハルカさんの話は続く

「自分の分だけでも早くって思ってた時に、樹木葬の話があったでしょ?私の知り合いの寺だったから、もう買っちゃおうって決めたみたい。でも、お墓は人生の最後に入る場所でしょ?自分の分だけ買うのはなあ・・って思ったんだって。なんかね・・『絶対一人にしないって約束したから』って言ってたわ。『だから二人分。将来の大きな買い物は全部、那央と俺の二人分』って笑ってたわよ」

「・・・・・」

「でもね、生きてるうちに墓を買うには若いじゃない。さすがに。だから勝手に買って怒られない?ってみんなで心配したのよ。墓の衝動買いはインパクトが強過ぎだって」

「・・・はい」

「そしたらね、まじかーってしばらく悩んでね。それが本当に考えこんじゃうもんだから、秋山なんかゲラゲラ笑っちゃって。そしたら紺野ちゃんね『お墓買ったから一緒に入ってって、いつか頼む。直球で。多分那央は怒らない』なんて言うの。だから『それってプロポーズじゃん』ってみんなで茶化したらね。『それだ。ちょうどいい』だって。そう言ってたわ」

「・・・・・・・・・・・・」

涙がのどに流れてきてむせた。俺の知らないところでそんな話して・・。ハルカさんが教えてくれなかったら一生知れなかったかもしれない。言葉も思いも生きてる時にしか心に刻めないんだからね。あちこちに俺への思いを隠していなくなるなんてひどい。

俺はこの先、その思いを探すために生きていかなきゃならないじゃん・・・。

ハルカさんが俺の肩を叩いた。

「あんたのためにあの子が払った大事な金を、私の一存で寄付にまわすなんて・・そんな勝手な事はできないわよ。だから許可とりたいの」

「・・・・」

「あんたの墓の分、キャンセルするけどいい?」


ハルカさんの言葉に俺は大きく首を振ってこたえた


「嫌です。死んだ後も・・俺・・・ずっと比呂と一緒にいたいです」


ハルカさんの『わかった』という言葉は、震えてほとんど声にならなかった。


・・俺、いつも比呂に『死ぬまで一緒だよ』って言ってたけど、比呂は死んでしまったその先も・・俺と一緒にいようって思ってくれてたんだね。『紺野』という苗字を外して、一人になってここで眠って俺を待ってくれてるんだ。

俺もいつかその時が来たら、苗字を外して名前を刻んでもらう。那央って名前だけ持って比呂の隣に眠ることにする。そしたらもう『家族』って言葉すらいらないね。好きって気持ちだけで比呂に寄り添える。


ありがとう。ピンク色の花が咲く桜の下に眠ることにしてくれて。本当にありがとう。俺を待とうと思ってくれて。置き去りにされたわけじゃなかった。ちょっと先に比呂が出かけただけだった。同じ場所に帰れるんだ。その場所を、また比呂が俺に用意してくれた。

プレートに触れた。桜の木の根元を撫でた。おでこを木の幹にくっつけて、大好きだよって何度も言って、見上げたら桜の花と綺麗な空がひろがっている。


ああ・・また春が来たんだね








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