見出し画像

ボカコレに投稿する人がやってはいけないこと7選

noteの投稿が遅くなってしまい申し訳ありません。井荷麻奈実です。
先のボカコレで私は『双子』という曲を投稿しましたが、残念ながら(当然ながら)ランク外という結果に終わりました。

この結果、私は「ボカコレ4期連続圏外」という全くもって不名誉な記録を打ち立てたことになります。

このnoteでは、ボカコレ4戦4敗の私が『双子』をどういう考えのもとで作ったかを知り、それを反面教師にすることで、「私と同じことをしなければ曲が伸びるかもしれない」という趣旨で、これからボカコレに参加する方々にアドバイスをできたらと思います。

私みたいになるなよ!



1. 聞き馴染みのあるコード進行を使わない

ヒット曲のほぼ全ては、曲中において使う和音の種類が少なく絞られています。これはおそらく昭和時代のJ-Popからずっと続いてきた鉄則で、最小で4種類のコードの循環だけでヒット曲を成り立たせることができます。
ここ1~2年でようやく、聞き馴染みない和音を使った曲を作る有名アーティストがちらほら出てきましたが、やはりいまだにたくさんの種類のコードを使うのは視聴者を遠ざけてしまう要因になるかもしれません。

私はといえば、幼少期に4つのコードの循環だけで構成されるポップス曲をつまらないと感じたのが今まで影響して、コード進行の可能性を探究することでより良い曲を書けるようになるだろう、という世間一般とは乖離した思考をするようになってしまいました。『感性の反乱β』なんていうタグはそう言う思考をする私を軽蔑するために貼られたのかもしれませんね...

※『感性の反乱β』についてはタグを貼る姿勢に関して賛否両論あるようなので、貼られた立場としては無駄な邪推は避けておきます。

2. 拍子や調性を難解にする

変拍子を書くと炎上します。私は変拍子で曲を書いて今年だけで2回叩かれました。つまり、リスナーにとって聞き馴染みのないモノを提供すると、リスナーは激怒すると言うことです。順位のつく楽曲投稿イベントである以上、リスナーの琴線に触れるような曲を目指さなければならず、其故視聴者が理解して聴ける一定の範囲に収めた曲を書く必要があったのかもしれません。まぁ私はそう言う風潮嫌いなんですけど...

『双子』の着想は「散文詞を歌詞にする」「同一音源(唄音ウタ)を用いてデュエット曲を作る」というところでした。普通の曲の歌詞には韻が踏まれていることがしばしば重要視されますが、散文詞を用いれば韻律という点で言葉の選び方に縛られず、また韻が踏まれていないという点で可変拍子に意味が生まれると思ったのですが、まぁそんなこと誰も興味ないよね。

調性については、作成段階ではほとんど拘っていなかったのですが、結果としていろんな場所に行ってしまいました。つまりこれは完全に私の手癖による結果ということですね。猛省します。

3. 歌詞に間接的な表現を多用する

これは私の曲を複数聴いてくださった人なら理解できるかも知れませんが、私の書く歌詞は間接的な表現や暗喩が多用されていると思います。『あなたが好き』とか『寂しいよ』とかを使わないのが井荷麻奈実スタイルということです。
この理由を挙げるとすれば、自分自身がそういう感情に至る経験が少なかった故に、直接的な表現でどう並べたらリスナーに共感してもらえるかを知らないからでしょうかね。私の場合、多くの曲は、ある1つの場面を(他人事として)思い浮かべて、それに関連する語句やそのまた比喩的表現をかき集めて文章を構成していきます。

この場合の"1つの場面"は、例えば『記憶を綴って』の場合は"卒業"であり、『御伽の星』の場合は”忘れた子供心”であり、『観測範囲を操作する謎の勢力』の場合は"無色透名祭"であり、そして今作『双子』の場合は"自伝"でした。

そうだね。この曲は壮大な自分語りだね。

男声パートを自分自身の言葉、女声パートを私の曲で歌う音源(唄音ウタ)の言葉と見立てて、だいたい1番は私がUTAU-Synthを手に入れて創作活動を始めた頃のこと、2番は去年バカほど病んで一度引退をしたこと、Cメロはその後の活動復帰をテーマにしていたのですが、このテーマは当然だれかに説明しなければ伝わらないもので、何も知らない視聴者にとっては共感されなかったのかも知れない、と分析しています。

4. 曲構成を難解にする

『双子』は、曲構成上は以下のようになっていて、字面だけだと比較的オーソドックスな書かれ方をしていると思うかも知れません。

前奏 - Aメロ1 - Bメロ1 - サビ1 - 間奏1 - Aメロ2 - Bメロ2 - サビ2 - Cメロ - 間奏2 - 大サビ - アウトロ

しかし問題なのは、同じ名前がついているAメロ、Bメロ、サビのアレンジが毎回異なることです。
これは歌詞の形式の問題で1番と2番で拍子が異なること、私が2番Aメロで本気を出さないと死ぬ病気を患っていること、各パートのアレンジを過去作(記憶を綴って、リスカピアノ変拍子、インコレクト・シニガミ等)を想起させるものとした、などが主な原因ですが、視聴者の側からしてみれば、アレンジが変わることは若干のサプライズと引き換えに曲の安定性を失うという結果を引き起こします。前奏のピアノくらいしか拠り所のない曲に、耳に残る要素などありゃしないのです。

5. コメント数が減るような曲を作る

これは根本的な原因はわからないのですが、ニコニコ動画に上がっている私の曲は総じてコメント数が少なめのようです。集計終了後に『双子』とランキング100位の曲とを比較したのですが、コメント数を除いてすべて『双子』の方が数値が上だったのです。
非公式のVocaloidランキングではコメント少なめマイリスト多めの曲がより評価される仕様となっているので、この考え方に先入観として囚われていましたが、公式の計算はそれではダメだと知ってかなり狼狽えました。

6. バンドサウンドを曲に使わない

ランキングTOP30に入った曲を聴くと、おそらくほとんど全ての曲においてエレキギターやベースの音が入っています。私の推測にはなりますが、一般的な人間にとっては(シンセの音色より)ギターの音色をより好むが故にこのような結果になったのではないでしょうか?
私はギターを弾けない人間なので曲中のギターの使い方がわかりません。『双子』ではベースの打ち込みこそしましたが、それ以外はピアノ(自分で弾いて打ち込んだ)とシンセ、そして電子ドラムが主体となった曲です。視聴者の中にはシンセ主体の曲に忌避感を抱いている人が一定数いると考えれば、これは悪い選択であったと言わざるを得ないでしょう。

7. 人物のイラストをMVに使わない

同じく上位曲の共通点として、MVには非常に高い確率で『人間』が写り込んでいます。MVは曲の良し悪しがわからない視聴者にも判断できる要素であり、動画のサムネにも繋がる重要な宣伝要素であるので、そこで差をつけるのは(曲の出来以上に)重要なこととなります。
私は人物画はこの世で一番下手な上に、それを軽々しく依頼できる人物も少ないです(今回は制作の着手が遅れて依頼できなかったということもある)。『人間』を描けない代わりに色々と映像上の工夫(歌詞字幕の出し方、背景色を変える、動画の構図を『わたしわたしわたし』と上下左右逆にする、など)を詰め込んでいるつもりですが、やっぱり可愛い女の子には勝てないんだよね。


最後になりましたが、参考資料としてコードネームと拍子を付記した『双子』の映像を付記しておきます。元動画は限定公開としているため、このページからしか視聴できません。

このnoteでは、私が『双子』を制作する上でしたことをまとめました。あなたがボカコレに参加して曲を作り、TOP100のランキングに載りたいなら、これはやってはいけないことです。私がこれをやって失敗したという証拠があるので。もし私の考え方を真似て曲を作った場合、いかなる責任も負いかねます。

以上!解散!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?