さざなみ書評『〈彼女〉の撮り方』

 どういうわけか、プレクトラム結社は写真をほとんど公開しない。画像ツイートは公演ポスターばかりだし、YouTubeに投稿される動画は白黒加工されてよく見えない。その映像もアンサンブル部門しか公開されておらず、合奏部門は音源だけである。したがってプレクトラム結社の実態を知るためには、会場に足を運んで公演を鑑賞するか、うまい棒でこき使われる従業員になるしか方法がないのだ。

 これは広報部のブランディング戦略かもしれないし、プライバシー保護意識の高さの表れかもしれない。5000字あたりうまい棒1本の報酬しかもらえないヘボライターの私には広報部長の真意を知る由もないが、いずれにせよ、公演が開かれるたびミステリアスな雰囲気が増幅されて、プレクトラム結社は斯界の人々にとって「気になる存在」になってゆく。写真を使わないことは、写真の新たな使い方なのだ。

 ・・・さて、プレクトラム結社と写真の関係について考えたのは、こんな本を読んだからだ。

 「趣味は人をモテさせない」というツライ真実は、聡明なみなさまならとっくにご存知だろう。ポイントはそこではない。私が本書を紹介したいのは、プロの写真家の仕事がわかりやすく書かれていて面白いうえ、大切な人やものを自分で写真に撮るのがもっと楽しくなるからだ。

 ボタンさえ押せば誰もが写真を撮れる時代の写真の面白さは「視点」にある、と著者は語る。被写体をとらえるアングルや、完成した写真から醸し出される距離感こそが、写真の出来を決定づけるのだ。「お仕事でいっしょになった女性を、どんな視点でとらえるのか?」「そこにどんな意味を込めるのか?」 プロカメラマンである著者はそうしたテーマについてあれこれ考えながら、女子学生や女性アイドルの撮影に全力で取り組んでいる。

 そんな著者を突き動かし、撮影時のインスピレーションの源にもなっているのは、学生時代に味わったコンプレクスだ。異性への憧れも恐怖も味わいつくした思春期の甘くて苦いエピソードが本書では赤裸々につづられているが、それらを読んだうえで "うなじ" や "膝裏" が写された魅惑的な写真をみてみると、日常の何気ない瞬間に対して人間の技術とフェティシズムが宿しうる「美」とその神秘性に、うっとりせずにはいられない。

「大切なのは、〈彼女〉たちをどこまでも神聖に、美しく、儚く撮ること。そして、全力で妄想すること、緊張すること。その当時っぽい気持を、素直に表すことでした。」

 そう語る著者の真剣な思いからは、写真に限らず、音楽や文章など表現全般で活かせる学びが得られる。写真の指南書としても、芸術家のエッセイとしても楽しめる一冊だ。

 ここでまた結社の話。公演会場の撮影スポットといえば、やはりムニエル人形だろう。自由に撮影できるアトラクションとして人気が高いのだが、どうしても出オチ感が否めない。2回目以降の来場で見慣れてしまえば、そのあとは少し冷めた目を向けられても仕方あるまい。

 でも、それは少し寂しい。やはり広報部専属ライターとしては、ご来場いただいた方には、ぜひ毎回新鮮な気もちでムニエル人形を撮影いただきたい。生身の〈彼女〉ではないものの、ポテンシャルを秘めた被写体だからだ。

 駆動する右手にフォーカスすれば臨場感が生まれるし、くちヒゲもなかなかセクシーだ。背後に回り込んで彼の秘密を暴くのもいい。そうして生まれた写真には、きっとあなただけの「視点」が誕生する。

 次回公演にお越しいただいた際には、ぜひとも自由な感性でムニエル人形をとらえて、あなただけの写真を撮影してみてほしい。『〈彼女〉の撮り方』は、そのためのヒントを与えてくれるだろう。

 これまでの公演の写真付きツイートは、まだ多くはない。次回公演が開催されたあかつきには、みなさまの素敵な写真を拝見できたらと願う。総帥賞の受賞者にはうまい棒サラミ味を1年分贈呈する予定だが、広報部長が景品を横領しかねないので心配だ。

(文責:モラトリくん)

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