語るにはほど遠い。

試写会に当たり、最初は3月に観たベン・スティラー監督/主演の映画「LIFE!」。
じわじわと心の深くから泉が湧きだす如く静かな感動があり、即サントラ(まだ輸入盤のみ)をポチり、BD化を待てず、また劇場へ観に行った。
この映画の素晴らしさは一人でも多くの人に知られるべき!知らせなきゃ!
心からそう思うのに、なかなか感想が書けなかった。なぜか。
それはたぶん、私の持ち合わせている手垢のついた言葉など、超越した作品だから。言葉じゃないんだ、言葉じゃ。

もちろん映画チケットプレゼントコーナーなんかによくあるように、書こうと思えば非常にコンパクトに映画のあらすじを紹介することは出来る。けれど、「主人公の誰それが、最初こういう状況でこうなんだけど、こうなってああなってこうしたの!」という説明は、映画選びの参考にならないとまでは言わないが、この映画の真髄にまるで触れないと言っても過言ではないと思う。

映画であるということ。劇場で、あの大きなスクリーンで、なにものにも邪魔されず、ノンストップで、カメラ(多くの場合は主人公の目線)と旅をする時間。映像自体、映画の流れそのものにこそ、この映画の魅力がすべて詰まっていた。
目を瞠るようなアクションではもちろんなく(独特の演出があって可笑しみとメリハリは効いているが)、華やかなスターたちで彩るでもない。ストーリーはとてもハートフルだが、さあここで泣け!と言わんばかりのドラマチックの押し売りもない。
あるのは、ただどこまでも広い世界と小さな世界を否応なく行き来することになる主人公のサラリーマンの人生の一端だ。
そう書くと、もう全く興味を持たない人が多いのは承知している。
映画館へわざわざDVDレンタルの数倍する料金を払って行くなら、みんなが観てる話題作だとか手に汗握る緊張感だとか泣けると評判の感動作だとか、派手な何かしらを求めがちだ。きっかけとして、そういうものだと私も思う。
けれど、たまには映画でくらい理屈じゃなくて、ただ目に映る世界の美しさに見惚れたり、生きている歓びに触れる光景に出逢ったりしてもいいんじゃないか。

今書いていてつくづく思うに、映画も毎日もいつのまに「何か意味のあること」ばかり求めるようになっていたのだろう。
私はいったい何を期待して、何を求めていたのか。たくさんの情報をあふれるほど蓄えた頭で考えたものは自分自身が求めるものだろうか。
ことわっておくと、この映画は全然そういうことを突きつけたりしない映画です。
むしろ、これほど「こういう生き方をしたければ、こうしなきゃね」というような説教くささや押し付けがましさのない映画も珍しいと思う。
ポスターにもあるフレーズ「生きてる間に、生まれ変わろう。」や、CMでいくつかの項目が出て「これはあなたの映画です」というキャッチーさとは本来、対極にある映画のような気がする(いや、吹き替え版も作ったりして劇場公開する以上、興行収入や動員数のための宣伝は必要だと思いますけどね。ちなみにこの作品の吹き替えは勇気が出ず2度とも字幕)。
でも、言葉やあるべき論がないからこそ、主人公の行動だけに注目し、他人の押し付けに晒されず空っぽのまま余白がある頭の中には、観てきた映像とともに自然に自分のことを思い浮かべる自由が残っていた。

シンプルに感想を言うなら、美しい映画だ。
まず画面が、風景が、どこを切り取っても絵になる圧倒的な美しさ。もう今すぐ旅に出たくなる。
そして主役のベン演じるウォルターが、どんどん素敵になっていく(そう見えるようになる)過程が痛快。
でも、何度も書くけど「自分探しをして生きがいを見つける」というようなガツガツ系じゃなくて、感じるのはもっと解放的なもの。今を生き始めること、人生を自分のものにするのに遅すぎることない、と勝手に(私は)受け取った。むしろ、どんなに長いこと動けずに立ち止まっていたとしても、準備さえできていればあとは思いきりひとつで、いつでも、どこにでも行けると思えた。
メッセージ性なんてものより、もっとあたたかくて深い知恵の声を聞いた気がした。
生きることそのものに対する”YES”が、こんなにも胸を打つなんて。
だから映画が好きだ。自分とはまるで違う環境で、時代で、言語で、人生を生きる見知らぬ誰かを見て、ふと私の人生も悪くない、そう思えたりする不思議。遊園地に行くのとも、美術館へ行くのとも違う、映画館通いが本当にいいものだなぁとしみじみ感じた時間だった。

試写会のあとで、ベンが監督も務めていた作品だとフォロワーさんに教えられ知った。
私はナイト・ミュージアムくらいしか彼を認識して観たことはなかったけれど、ユーモアやあたたかさ、日々を生きることに対する敬意を、映像からも音楽、配役からも感じた。出てくる「普通」の人物が一人一人絶妙で、みんなと話してみたくなる。ショーン・ペンの仙人っぷりも必見。なんか可愛いし...!

私が映画で見る要素は多くの場合、風景など背景だったり、人間ドラマの描写だったりする嗜好の一致も過分にあるとは思うけれど、「LIFE!」はドラマ性を超えて、言葉以上の感情で人の心そのものに訴えかけてくる響きがあった。
もしかしたら、まだ自分の足で人生を踏み出していない人にはファンタジーに観えるかもしれない。リアルだけを追求するならツッコミどころはたしかに多い。だがあえて言おう。これはロードムービーだと。いくつもの「やっぱりボクには無理でした」で終わる通常エンドフラグを慎重に(ときに勇敢に)折りまくり、運がいいのか悪いのかわからないままタイミングの神様に弄ばれ、でも自分の人生と言う名のゲームを降りなかった彼が見た結末までの。
私はやっぱり、この映画が美しいと思う。ショーン・ペンが言った台詞通りに。
時には頭をからっぽにして、心のままに、こんな映画を観て欲しい。
こんなに愛すべき素敵な映画を作ってくれたベンに感謝をこめて。

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