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ささぼーチャンネルにおける押野直樹の存在についての考察

ささぼーチャンネルにおける

押野直樹の存在についての考察

 

                        2022年2月18日

1.概要

 結論から述べれば押野直樹はバケモンと視聴者を繋いでくれる存在だ。 
 ささぼーチャンネルは佐々木優太以下ささぼー)、渡邊敬大以下ちゃんなべ)、そして、押野直樹、通称おっしーの3人組を中心に結成されているチャンネルである。言わずもがな、チャンネル名からも分かる通りささぼーを中心に結成されたチャンネルだが、中心人物以外のサブキャラの人気が高くなることは珍しいことではない。「ドラゴンボール」におけるベジータやピッコロ、「呪術廻戦」における五条悟、「進撃の巨人」におけるリヴァイ・アッカーマンのように、押野直樹の今日においての確固たる人気も何ら不思議ではない。(ちゃんなべも然り。詳しくは「渡邊敬大生誕祭2022三十路だぞ!而立しろ!」にて書く予定である。)
 チャンネル登録者5万人突破直前(2022年2月18日現在)の今だからこそ、中心人物の1人である押野直樹について考察する。それは、私自身がささぼーチャンネルにおいて、押野直樹が非常に重要な役割を持っていると考えているからである。よって、一人間として編集者、裏方として配信者としての押野直樹をそれぞれ分析し考察していく。


 また断っておくが、本稿では「佐々木優太と押野直樹は同じ学校に通ったことはなく、お互いが異なる高校に在学していた期間に友人の紹介で出会った」等のささぼーリスナーにおいては常識的な事実等は省いていることがあるため、理解できない箇所、良く分からない語句等があった場合にはご指摘頂きたい。

2.押野直樹について

 押野直樹は、ささぼーと同い年であり、ちゃんなべより1つ年下の29歳である。ささぼーとは高校時代に出会っており、ちゃんなべとはYouTubeでの活動をするに際して出会った。チャンネル初期に押野直樹とちゃんなべが敬語(交じりのタメ口)で話していたのは、2人が知り合って日が浅いという経緯があってのことである。

私のTwtterアカウントにて行ったアンケートである。協力して頂いた皆さんに感謝申し上げます。
票数が少ないのは、私の影響力の無さが原因なので参考程度に。


 押野直樹はチャンネル内にて編集者、裏方、物知り(歩く2ch)キャラになっていると言っていいだろう。アンケートの結果を見ても、これらの印象を持つ視聴者が多いようである。比較する2人が2人だという意見もあると思われるが、チャンネル内で一般人の感覚に最も近いのは押野直樹と言い切れるほどである。彼が得意とする分野は基本的にインターネットで得られる時事等の情報、特に都市伝説や噂、怖い話である。これらの話になると途端に饒舌になり、喜々として喋るため、非常に可愛らしい姿を想像することができ、配信の大きな見どころとなっている。
 実際、ささぼーチャンネルでは、ささぼーの一般人とはほど遠い言動、感覚やちゃんなべの非常に大きなリアクションや生まれながらのサイコパスを活かした言動ばかりが目立つ。しかし、押野直樹自身も高校を3校渡り歩いて卒業するという一般人離れした経歴の持ち主である。その他の2人と比較することで薄れているが、彼も奇人変人の要素を間違いなく持っているのである。そして、リスナーに一般人だと思われながら、実際は奇人変人の要素を持っているというこの性質こそが押野直樹の魅力であり、視聴者の心を掴んで離さない理由だと考えられるのではないだろうか。
 土地の広さを表すのに東京ドームを引き合いに出すように、物の大きさを表すためにタバコの箱を隣に置くように、バケモン達の良さを引き出すために押野直樹の存在がある。しかし、その物差しであるはずの押野直樹自体も狂っているかもしれないという恐れをリスナーに抱かせるこの危うさが魅力の1つだと考察する。

3.編集者、裏方としての押野直樹

 ささぼーチャンネルにおける動画の編集、サムネイルの作成等はほとんど押野直樹が担当している(と思われる)。特に動画の編集においては、彼らのキラーコンテンツであり代表作でもある「デュエマ元日本一が当時の環境で対戦」をはじめ、高い編集力を見せている。このシリーズはささぼーの「元日本一」という肩書、ささぼーとちゃんなべの的確なプレイング、その当時の雰囲気を肌で知っている経験、脊髄会話等、動画を魅力的にする要素が沢山あるが、回を追うごとに高まる押野直樹の編集力も魅力の1つである。また、押野直樹の編集はあくまで「ささぼーとちゃんなべの対戦」を盛り上げ、整理するためのものであり、そこに不必要な味付けはせず、素材の良さを存分に見せる編集となっている。押野直樹の編集は彼らが意味不明で荒唐無稽な言語を話していることさえも1つの「見どころ」であるということを分かりやすく視聴者に伝える役割を持っているのである。押野直樹の編集はバケモンと視聴者の架け橋になっているのである。

特に好きなサムネイル集

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 さらに、押野直樹はささぼーチャンネル主催で不定期に行われるDUEL MASTERS PLAY'S(デュエル・マスターズプレイス)のユーザー大会、「ささぼーcup」運営の1人でもある。大会における準備や進行、トラブルへの対応等、視聴者の見えないところでもチャンネルに貢献している。「【デュエプレ】配信者王決定戦バトルロイヤル【公式生配信】」に出演した際にも決勝戦の直前にささぼーに対して、「ささぼーがデュエプレやってる時間ずっと見てきたから。近くで。それが今日優勝って形で花開いたらすごい嬉しいから頑張ってくれ」と声をかけており、編集者として、裏方として、何より友人としてささぼーをずっと見守っていたことが分かる。嘘偽りのない、素直に友人を応援する気持ちが伝わる言葉である。

4.配信者としての押野直樹

 配信者としての押野直樹は出演自体に非常に消極的と言えるだろう。彼らの配信でよく行われるデュエル・マスターズプレイス(以下デュエプレ)の実況配信ではささぼーとちゃんなべのどちらかがいない場合は配信に出演するものの、2人が揃っている場合には配信に参加しないこともあり、配信中に別の部屋で寝ていることすらある。特に2021年にはささぼー、ちゃんなべとそれぞれ個人で配信を行うことがあったが、唯一押野直樹のみが個人での配信を行っていない。 
 しかし、配信に出演した際にはウィットに富んだ発言をし、ささぼーとちゃんなべのいわゆる「脊髄会話」のテンポを速めつつ会話を発展させていく。このウィットに富んだ発言こそが押野直樹の配信者としての大きな魅力の1つであり、ささぼーとちゃんなべが発さない語句が彼からは飛び出すのである。
 また、視聴者からすると意味不明な語句や独自の論理がささぼーやちゃんなべから出てきた場合にも「わかるよ」と理解を示す。「わかるよbot」と言われる所以である。ささぼーとちゃんなべの発言で視聴者には伝わらないだろうということも、分かりやすく嚙み砕いて視聴者に説明してくれる。それゆえ視聴者からの人気も高く、途中から出演した際には視聴者から「おっしー!」、「おっしいいいいい」といったような歓喜のコメントが贈られることからもそれが分かる。
 ただ、デュエプレ以外の実況配信にはほとんど出演しており、単にデュエプレの知識や経験が2人よりも劣ると考えて出演していないのだろうと推測できる。しかし、デュエプレ以外のゲームのプレイスキルはささぼーやちゃんなべよりも高い場合が多く、アクションゲームをプレイする配信においてクリアするための最重要人物となることも少なくない。「ドキドキ文芸部!」の実況配信の際も終盤の演出上、押野直樹がいなければエンディングまで辿り着くことは無かっただろう。彼の配信者としての一番の見せ場はデュエプレ以外の実況配信と言えるかもしれない

5.結論

 以上3つの章に分けて押野直樹を分析、考察してきた。色々な面を持った人物ではあるが、共通することは押野直樹がささぼーとちゃんなべというバケモンを常に支え、その面白さと奇怪さを視聴者に伝えようとしてくれているという点である。押野直樹がいたからこそ、我々視聴者はささぼーとちゃんなべというバケモンを知ることが出来て、現在もチャンネルは活動を続けられ、今日の人気がある。ささぼー、ちゃんなべと同じく替えの効かない人物、バケモンを支えているバケモン、それが押野直樹なのである

押野直樹とは、バケモンと私達を
繋いでくれる存在である。

誕生日おめでとうおっしー。
ささぼーチャンネルの更なる発展と来年の誕生日もまた祝えることを願っています。これからもささぼー軍団を応援していきます。






?.三本の柱と土台、それを支える亀と象


これより先は覚悟のある人のみ読んで欲しい。

ここからは蛇足であると同時に押野直樹の核心に至るための章である。なぜなら、ここから記述する項目は押野直樹が配信において、私が記憶する限り最も熱を持って話していた事柄だからである。

それこそが「三本の柱と土台、それを支える亀と象」である。
まずはこいつを見てくれ→


あなたには理解出来ただろうか?
私自身、クリスマスイブにこのとんでもない配信を9時間以上見続けたのである。アラサー男性2人によって繰り広げられる訳の分からない持論、暴論、詭弁、妄想
その最たるものが「三本の柱と土台、それを支える亀と象」である。

 前提を説明すると、彼らは「ポケットモンスター シャイニングパール」の遊び方を間違えており、何故か「色違い6匹で殿堂入りする」ということを目指していた。この前日の配信からヒンバス釣りを始めており、その続きとして行われた配信である。1/4096の確率の色違いヒンバスをコイキングやドジョッチも釣れる条件で狙っていた彼らは時間を持て余しており、いつも通り訳の分からない会話を続けたのである。

 ここからは押野直樹氏の提唱した「三本の柱と土台、それを支える亀と象」理論が一体どういったものだったのか、同氏の発言を基に私なりの解釈を述べる。

 まず、「ポケットモンスター シャイニングパール」における色違いのポケモンと遭遇する確率は1/4096である。(配信では1/4092と言っているが勘違いかと思われる)この確率は決して揺るがないということを同氏は何度も強調している。

 (4:13:15~)
押野氏「まぁ別の話だね確率とは。偶然とか利とかイチローのカレーの話いくら暴れてもぶっ壊れない土台の話は別々に考えて欲しい、皆。全く別の独立したものだから」

 1つずつ説明していこう。まず「偶然と理」というのは彼ら曰く、「初心者は偶、上級者は理、神は偶」といった理論らしい。つまり、初心者はたまたまや幸運で成功しようとし、上級者は理論、攻略で成功しようとする。しかし、神(最上級者)は理論や攻略を詰めた上で偶然をものにするということのようだ。
 ちなみに彼らはヒンバス釣りにおいて、いまだ理論や攻略に頼っている自分達に気付き、天命を待つ段階に入るべきなのではないかと考えた。

 次に「イチローのカレーの話」。イチローはルーティンとして朝食にカレーを食べるというのは有名な話(余談だが現在はしていないらしい)だが、イチローに憧れた人間がカレーを食べる意味や理由を知らずにカレーを食べるのは無意味であるという彼らの理論である。
 なお、彼らは釣りのポイントを変える、主人公の身体の向きを変える、波乗りをせずに陸で釣る、モンスターボール(フィールドに落ちているアイテム)を敢えて拾わない、先頭のポケモンを替える等の非常にオカルティックな方法で色違いに迫っていたが、自分達がまさに、訳も分からずカレーを食べている(意味を理解しないまま行動している)のではないかと考えたということである。

​ 最後に「いくら暴れてもぶっ壊れない土台の話」。これはつまり、何がどうなっても色違いと遭遇する確率はそもそも1/4096なのだから、何を考えていてもいなくても、工夫していてもいなくても確率は変わらないのだから何をしようがしまいが関係ないということである。
 だったら上の2つの話を含めて今までの話は何だったんだとなるが、この視点も彼らにとっては大事なものであるらしい。自分達で矛盾に気付いているとは思うが、その矛盾さえも確率を突破するためには必要なものだと考えているようだ。最も数学的な話かと思いきや、結局は全くのオカルトである。

押野氏は続けてこのように語っている。

(4:23:47~)
押野氏「(偶然と理、イチローのカレーの話、いくら暴れても壊れない土台の話の)3本の柱の内、いずれかの柱で見たら(3つの要素の1つでも欠けた場合には)それは問題のあることなんだよ。その下にある土台が救ってくれるから大丈夫。」

 押野氏の話によれば、「偶然と理、イチローのカレーの話、いくら暴れても壊れない土台の話」の3つは色違いヒンバスを釣るために必要な要素(3つの柱)ではあるが、どれかが欠けてしまった場合にもその下にある土台(色違いのポケモンと遭遇する1/4096という確率)は揺るがないため、確実に色違いヒンバスを釣ることが出来るということらしい。
 しかし、同氏の発言をよく考えてみれば、3つの柱に含まれる「いくら暴れても壊れない土台」「その下にある土台」にどういった違いがあるのかという疑問が生じる。

 私自身の解釈としては、「いくら暴れても壊れない土台」は、「何をしようがしまいが確率は変わらない」という考えを頭では理解しているものの、結局は試行錯誤や創意工夫をしてしまう人間の弱さを表していて、「その下にある土台」その人間の弱さすら包み込んで確率に収束していくものだと解釈した。(何を言っているか伝わっているだろうか?自分もクリスマスイブの押野氏と同じ状態になっているのだろうか?)

 挙句の果てに彼らは次のように述べている。

(4:26:32~)
押野氏「視聴者の皆がね、さっきの俺の3本の柱の理論を理解してないのが俺、結構悔しいね。」
佐々木氏「安心していい。真面目な話、(視聴者の)8割方分かってると思うよ。バカでーいって言いながら分かってると思う。」
押野氏「分かってるか。エンタメか。一応ばかでーいも。」

 エンタメな訳がない先ほど述べたように3つの柱の内、1つが土台であり、その下にもさらに土台があるという2つの土台がある理由等は全く説明がなされていないのである。これで「わかるよ」というのは逆に失礼とも言える。伝わるのは押野氏の熱量のみである。「ばかでーい」と反応を貰えてるだけでも感謝してほしい位の伝わらなさである。

 結局、私による解釈の「三本の柱と土台、それを支える亀と象」の理論とは、試行錯誤しようがしまいが、1/4096という確率は変わることはないのだからどんなことでも試そうという考えである。
 結果、彼らは色違いヒンバスを手に入れたため、この理論は正しかったと言えるかもしれない。

 
おっしーの考えが私の解釈と大きくかけ離れたものであれば、Twitterでも配信でもnoteでもいいので解釈を教えてくれると嬉しい。
 おっしーはこのnoteの存在すら知らないだろうけど。

非常に長く稚拙な文章であったのにも関わらず読んで下さって嬉しいです。
ありがとうございました。

おあじ


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