1/15:遠藤あやの論理:AVEXのヨガ所属してる遠藤あやというヨガ講師についてアメリカのヨガのイベントWONDERLUST108を訴えています。さらに遠藤は東大と恋愛関係になることで夢をかなえることで私を打ちのめすことができる、これが本当の話、と遠藤あやが偉そうに言っています。これについて、遠藤あやは協力者がいないと私の夢はかなわないと言ってるが、これが遠藤あや自身のことです、現在東大が夢をかなえるという論理が私を打ちのめすという
論理で実行中、この実行がそもそも犯罪にもかかわらず、それが犯罪である事実を消しながらかえながらという事をやらないと、犯罪になる
さらに方法論はやってはいけないことを変えるためにやってること
方法論=意味がえ、事実がえ=やってはいけないことを
という事
これを逆から説明すると、私の命を使ってはならないが、使えるようにした、これをやっていいにすり変えるにはどうすればいいか
という逆式、初めの動機からの順番的説明
つまりこのことから、遠藤は常に逆式であるという事
やってはいけないことを→やっていいにするには
が遠藤の論理
やっていいことを→やってはいけない
が私がやっていいことを天皇が奪ってやってはいけないような法にしてく
ここで遠藤は出てきませんよね?
やっていいこと=やっていい
これが私の人生の私の人生による論理
つまり、遠藤は遠藤の命による遠藤の人生ならやっていいことがある
この論理は私の論理ですけど
そもそも自分の人生を生きてレばよかったんじゃないんですか
この論理は、人権、モラル、一般、常識レベルの人が人として生まれたきたすべての人に当てはまる論理です
遠藤あやは人じゃない、人であるという事をインド占星術っを用いることで人じゃないからという理由で使っていくつけを見つけるために、インド占星術を使ったのではないか
これが東向きという、日本独特の呪いによるものを日本人の大多数が信仰してる信仰呪い呪縛宗教
東向きが、もしタロットのエンペラーからの論理だった場合、許されないと思います
これだけで気持ち悪い異常性がみてわかる
お前に言え→これが理由を言わないようにするための名詞系
私は遠藤が遠藤にいえという論理を遠藤にいえと言わずにずっと出してるつもりです
遠藤あやは充てられてばれたら困るので黙ってやっていたことを、私に充てられると、あってるかあってない、あってないと頭が悪いという勝手な自信のルール変更しています
これが東大と恋愛関係になるとという私を打ちのめせえるという論理により、優位な気分になることで取る自身過剰な態度
夢は人から奪うものではなく、このようにないようなものをイメージすることができそれを私を使わず、自身の思いでできることが叶うことです
遠藤がやってることは夢でもなく、私から嫉妬してるものを奪えば自分がすごいと思われる、だれかに、これを知ってる人にという事
この事実を知らない人にすごいと思われて人数制にしてくという考えがヒンドゥー教上がりの人の論理とあり方とむなしいさが
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