秋本と社用車に乗り込み、取引先へ向かう。
昨日の事もあり、秋本を変に刺激しないように鞄の中に入れておいたストッキングを履き、秋本の隣、助手席に乗り込むが秋本の視線を常に気にしてしまうのだが、秋本は全く構わないといった様子で車を走らせた。
 狭い軽自動車の中、両膝を合わせて折り曲げた脚は短めのスカートから、やはり目立ってしまう。意識し過ぎているためか、もじもじと何か落ち着かない気もするし、僅かではあるが胸のあたりがドキドキするような感覚もある。しかし秋本は前を向き、真剣に何かを考えているような様子で運転を続けているので、一人考え過ぎている気がして、窓を少し空け外の風に当り、車の速度に合わせて流れる景色に集中し雑念を払おうとした。
 「あれ?今朝は生脚だったのに?」
突然、秋本が声を掛けてきた。
「えっ?あ、朝はバタバタしちゃってたから鞄に入れて来てたんです。」
慌てた、しかし可能な範囲で冷静さを装い笑みを添えて答えた。
「生脚好きなんだけどなぁ~。残念」
とニヤケながら秋本は露骨に愛美の脚に視線を送りながら言った。
「ダメですよ、前見て運転して下さい
 ぶつかっちゃいますよ~」
と注意すると、秋本は舌を出しながら前に向き直り、また真剣な顔に戻っていった。
「今日、上手くいきますかね?」
沈黙が続きそうな気がした愛美が話しかけると、秋本は
「どうだろな?まぁ成るようになるさ・・・
 終わったら飯だね、
 何食べる?」
『そっか、こいつとお昼一緒になっちゃうのか・・・』と思ったが秋本は先輩社員だ
「え?お任せしますよ、別に会社に戻ってからでも大丈夫ですし」
暗に会社に戻りたいと匂わせてはみたものの、当然秋本には通じず
「あっ、つけ麺屋へ行こう!美味い店あるんだ」
と言い、取引先の駐車場へ車を入れた。

 「まだ少し早いな」
大き目な銀色の腕時計を見ながら秋本が言い
「霜田、資料見せてみ」と
愛美は後部座席の鞄を取り手渡すと、秋本は真剣に資料の確認を行うのだった。
軽い遊び人のイメージの秋本ではあるが、資料を見るその横顔は女子社員を毒牙に掛けるだけの魅力は充分にあり、つい真剣な横側に魅せられそうになってしまう。
 これから始まる商談に集中しなければならないのだが、
『いつも真面目な人だったら、いいのになぁ~』
などと浮ついた事を考えてしまうのだった。
「まぁ大丈夫だろ、、、、説得力ある資料だし上手くいくよ」
と顔を上げタバコを咥えながら秋本は愛美にウィンクした。
『うわっ!ウィンクって・・・』
予期しない秋本の行動は、それまでの真剣で話し掛ける事も躊躇してしまう顔つきとのギャップもあり、愛美の心臓はドンっと大きな音を立てて飛び上がり、顔が火照り赤くなって行くのを感じた。
「タバコいい?」
秋本に聞かれ、狭い車内でのタバコは遠慮してもらいたい所だったが、赤くなった顔を隠すかのように頷くのが精いっぱいであった。
「これ吸ったら行くぞ」
と資料を愛美に手渡しながら言い、大きく一息タバコの煙を吸う。やはり遊び人なのだろう、その仕草も男の色気があり愛美の心臓を再び大きく打ち鳴らすのだった。
 沈黙が続く。その沈黙を秋本が
「脚、綺麗だよね。彼とかいるの?」
秋本の視線が愛美の膝から下腹部、そして絞られたスーツで曲線が強調されたウェストに注がれる。
真剣な表情とやらしい表情、この繰り返しに心が揺れる。
「綺麗じゃないです・・・・」
下を向いたまま答えるのがやっとだった。
「あは、照れてんの?可愛いね~
 よし、行くぞ!」
気持ちを切り替えるかのように力を込めて言い、タバコを押し消し車外へ降り立った。

 商談は無事に終了し契約書の作成も無事に終わった。途中で鋭い質問を受け慌てたが、秋本が直ぐに入り的確に質問に答え事なきを得る事が出来たし、そういう秋本の姿に素直に感心し尊敬もした。
 二人で深々とお辞儀をし、振り返ると自然に笑顔が浮かぶ愛美、車に乗り込むと
「さぁ飯だ飯!」と秋本
「有難うございました」
と心から秋本に礼を言いったが、秋本は笑顔を向け車を発進させた。
行きの時とは違い、秋本はカーステレオのスイッチを入れアメリカの軍事放送か何かの英語のチャンネルに併せ、流れてくる音楽に合せて指先でリズムを取っていた。
 すでに愛美の頭の中から昨日のやらしい秋本のイメージは払拭されており、今はむしろ良いイメージの方が優っている感がある。ハンドルの上でリズミカルに動く、細く骨ばった指先は妙にセクシーに感じてしまい、愛美の視線は釘付けとなっていた。
 商談のプレッシャーから解放されたからだろうか、秋本の指先を見ていると
『その指で触られたい』
との衝動に駆られ、目を閉じると商談直前の秋本の横顔が浮かび上がり、また自らでは止められない怪しい感情が頭をもたげ始めたのを感じた。
 『やだ、本当・・・・私ってばおかしい』
と心の中で呟き、抑える事の出来ぬ妄想に支配されそうであったが、幸いな事に秋本指定のお店に到着したので、妄想を中止し振り切る事ができた。
 とにかく意識をしないようにと念じながら店へ入り、4人掛けのテーブル席に向かい合って座る。お勧めのつけ麺をオーダーし料理が運ばれるを待つ間、意識しないようにと思ってみても、愛美自身から話し掛けようとすると舌が絡まりそうだったので、運ばれた水を飲みながら視線を宙に浮かせ秋本が話出すか、料理が運ばれるかどちらかを待つことにした。
 「そう言えばさ、彼氏いないって言ってたの
 本当?」
と突然愛美に話し掛けてきた。
「いっ、いないですよ~。あはは
欲しいですけどね」
突然の沈黙を破った言葉が『彼氏』であったので愛美は再び顔が真っ赤になり、慌てて冷たい氷入りの水を飲み干した。
「でもさ、霜田なんか可愛いしスタイルいいし、相当もてるでしょ?
俺も立候補しようかなぁ~」
「そんなことないですよ。
先輩の方こそ、もてるって女子社員の間で噂になってますよ」
あえて『立候補』の部分は聞き流し、答えた。
「本当?
でも、霜田が一番いいんだけどなぁ~
今度、夕飯でも食おうぜ」
改めて秋本の顔を見ながら、こんな事を言われると『ぜひ!』と答えてしまいそうになったが
「冗談ばっかりですよね」
と答え、そのタイミングで料理が運ばれてきたため、この話題はそのまま消えていってくれた。
 運ばれた山盛のつけ麺、秋本はお洒落な顔つきなのに、そのつけ麺を真剣な表情で一気に胃に流し込んでいる。さっきは仕事で真剣な顔つき、今度は食事で真剣な顔つき、滑稽で吹き出しそうになるが可愛らしくもあり、またもや愛美の中での印象は上がっていくのだった。
 顔中汗だくになり一気に食べ終えた秋本は、愛美が食べ終わるのを待ちながら、タバコをふかしている。
「食べ方も可愛いね~。ちくしょう!」
と箸先に少しづつ挟んで麺を口に運ぶ愛美を見て笑いながら言う
「ちょっと、見ないでくださいよ。恥ずかしいですよ」
「悪い悪い、ゆっくり食べてね」と秋本
しかし秋本は愛美を見る事は止めず、視線を口元から、大きな胸と細い腰を強調させている紺色の上着のからこぼれる白いブラウス辺りへ注いでいた。

 「飯、食ったら休憩しような。
課長には電話入れときゃいいから」
秋本は、相手を待たせてはと気を使い自分なりに急いで食べている愛美に話し掛けた。

 食後、コンビニで秋本は無糖の冷たい缶コーヒーを、愛美はミルクティーを買い、秋本がいつもサボると言う比較的大きな河に掛かる橋の下に向かった。昨日のやらしい嫌な印象から色々な面を見せた秋本に対し、危険な予感はするものの、なんとなく逆らわずに
『一緒にいてもいいかな・・・』
と愛美は思い始めていた。

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