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ぴこ近況報告

故郷への印象

帰省すると、故郷にある小さなゲオが潰れていた(本屋もカラオケも映画館も数十年前に潰れて無くなった田舎における、図書館や市民ホール以外の文化施設なのであった)。そして市民プールも閉鎖していた。金がかかるらしい。この市終わりやん😭と思いながら図書館に行くと、新着本の品揃えがとても良く、市民も沢山集まっていた。
図書館カウンターのお姉さんは来館者の一人一人に挨拶をしていて、そういえばヤマト営業所のお姉さんも、お饅頭屋のおばさんも優しかった。私が持っていた、ぼのぼののかばんを褒めてくれたりもした。こういう温かさを東京で感じることはあまり多くない。

中学生の時から使っているぼのぼののかばん。久しぶりに会いに行った高校の担任にもかわいいねと言われた🫶大丈夫キツくないよ🥹

渋谷ツタヤのレンタル終了について

このニュースよ!渋谷ツタヤも映画とcdのレンタルが終わるらしい。レアDVDはオンラインで貸出するみたい。例えばエドワードヤンのカップルズや、ミヒャエルハネケの初期作品などがオンラインで見れるようになるかも?(詳細は分からない)そうなれば東京以外に住む人たちにとって助かる。
(…大きな声では言えないが、渋谷に置いてあるレアな映画、通称渋谷フィルムコレクションは高い金額で借りることができるものの、その中にレアでない映画もちょこちょこ紛れ込んでいた。客には知識が必要だった笑…)
ただオンライン貸出にはVHSが含まれていないとのこと。貴重なVHSをレ落で売らないよね?もしそうなら映画ファンの乱闘になるに決まってるジャン💢なんらかの施設に寄贈して‼️映画はみんなの財なんだよォーーー

レスチャ…LOVE🫶

覇王別姫を劇場で観て、主演のレスリーチャンに魅了された。(そもそも映画ポスターの虞姫は彼の化粧後の姿なのだと知らず、誰か綺麗な女優なんだろうな〜と思っていたが、上映中に彼だと知って驚いた。)彼の女性らしいしなやかな身振りは視線を捉えて離さず、張り詰めた表情が弛緩する一瞬に心が乱れた。素晴らしい作品であるが、緊張感のある苦しい作品でもあり、上映後はとても疲れていた。
作品の余韻に浸ったあと、レスリーチャンとはどういう人だったんだろうと気になった。以前ウォンカーウァイのブエノスアイレスを見たときはあまり気にならなかったが…笑
ネットで検索してみる。どうやら歌手活動をしていたとのことで、何曲か聴いてみた。演技力と容貌もさることながら、歌唱力も素晴らしかった。甘くて耳触りの良い伸びやかな声。彼の歌声が大好きで、毎日聴いている。
上田正樹の悲しい色やねや、山口百恵のさよならの向う側など、彼は日本の歌謡曲のカバーを多数しており、それが日本での人気に火をつけたのだろう。
↓「愛火」が悲しい色やねのカバー。私はこの方が好き

最近は親しみを込めてレスチャと呼んでいる。熱烈なレスリーファンにぶっ飛ばされそう笑
香港ではレスチャ20周年を祝う展示会が開催されているそうで…行きたーい(同様に台湾のエドワードヤン展も気になるのであった)‼️

これからどうなっちゃうんだろう

大学に哲学専攻として入学し、現在4年なので無事にいけば来年には卒業だ。卒論をきちんと完成させれば、哲学の学士を取れることになるらしい。
しかし正直卒論執筆に身が入らない。9月の中旬までに10000字…大してカントのことを知らないくせに、断片的な思い込みからカントに価値を見出すことができず、どうしても取り組む気にならない。明日こそは二次文献を読むぞと思いながら一週間くらい経ってしまった。
卒業後の進路について、今まで思い出したくもない散々な就活を続けてきて、教育関連で一社から内定を得た。条件はそこそこと書かれていたが離職率が高く、最終面接の採用担当が老害×2だったため(それまでの過程で親切そうな人たちもいた)内定はあまり嬉しくなかった。わたしはもう二度と就活をしたくないと思っていたので、とにかく一区切りついたと思った。
内定が出る一週間前くらいに、今年の春から受講していた授業(フランス文化)の先生から呼び出された。先生は授業に熱心に取り組む映画好きの私に、ホロコーストに関連するレアな映画を貸してくれた。
先ほど授業に熱心に取り組んだと言ったが、その授業は、わたしにとって本当に興味深かったのだ。大学に入って、授業内で提示された参考文献を読みあさって考える、いわゆる自主勉をした初めての授業だった。私はこれまであまり真面目な生徒ではなかったが、その授業は双方向的なやり取りで運営されており、授業が進むうちに自分がどの地点に立っているのかを把握し、先生のようにもっと知りたいと思うようになった。
話は戻るが、DVDを借りた時に先生から、ぴこ(実際は苗字笑)さんは大学院に行かないのですかと声をかけられた。わたしはGPAが低いので多分難しいし、出願は終わっているはずと答えた。しかし先生は私に進学の可能性を示唆してくださった。必ずしもGPAは問題にならないのだと。わたしは、先生の助言に胸打たれるとともに、今から院進は無理だろうと思った。
その日は帰路を歩きながら激しい後悔に襲われた。専攻も就職も進学についても、全てをやり直したかった。なんで4年の卒業間際に、この先生に出会ってしまったんだろうと思った。もちろん嬉しかったけれど、遅…。
それから少し経ち内定を知らされたころ、授業の最終レポートを提出した。わたしはホロコーストの表象不可能性とショア、ユベルマン、サウルの息子について問いを立てて書いた。正直、卒論の取り組みよりも断然楽しかった。すると先生から特別にフィードバックが返ってきた。詳細は秘密だけれど、その返答を読んで、大学院に行き先生のところで学びたい、という思いで胸が詰まり泣いた。
話は飛ぶが、その先生と相談して(いる途中…いまは夏休みだし、それが明けてから)二人三脚で大学院進学を目指すことになった。というのも、出願は秋学期からでもできるということを知ったのだ。学びたい気持ちがあっても不安要素ばかりという私に対して先生は、他専攻からでも仏文の院に行く人はいるのですよ、とメールをくださった。院進のために勉強して良いのだと安心し、今はとにかくフランス語を勉強(ありがとうteach yourselfとduolingo)しながら、フランス文学をちまちま読んだりしている。(特に「3つの物語」というフローベールの短編集と、「本を読むひと」というアリスフェルネの長編がとても良かった。配りたいくらい)
それでもやっぱり、不安な気持ちはある。院進後の進路はどうなるのだろうか。すでに就職している友達を見ると、自分のことが不甲斐ないモラトリアムのように思えてくる。ああ、これからどうなっちゃうんだろう。でも今書けるのはここまで。