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赤青黄色の魅惑

Piyoko-Labo

Piyoko-Labo イラスト担当・陽菜ひなひよ子です。
「生誕150年記念 モンドリアン展 純粋な絵画をもとめて」
この展覧会のレビュー、ずいぶん前に書き始めたのに、気づけば会期もだいぶ前に終了。。。すみません。

モンドリアン展の開催された豊田市美術館について、わたしは拙著『ナゴヤ愛 地元民も知らない魅力』(秀和システム)にこんなふうに書いています。

美術館には二つの楽しみ方があると思う。展示された作品を楽しむことと、その建物やロケーションごと楽しむこと。豊田市美術館は明らかに後者だ。
視覚的効果を計算し尽くされたデザインは、見る場所によって異なる姿を見せ、飽きることがない。

どれほど行き慣れた美術館でも、好きな美術館に行くときには、居住まいをたださねばと思います。特にこの豊田市美術館にはそんな「特別感」があるのです。こうした気持ち、美術館好きにはわかってもらえるのではないでしょうか。

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20世紀を代表する画家のひとりピート・モンドリアン(1872-1944)。その名とともに知られる垂直水平の線と、三原色、無彩色で描かれた〈コンポジション〉シリーズは、絵画史の転換点として画家の誕生から150年を迎える現在も重要であり続けています。
こんにちでは抽象絵画の先駆者として知られるモンドリアンですが、40代半ばから抽象的な作品を描き始める以前には多くの風景画を手掛けており、オランダの風車や砂丘、教会や花の描き方には豊かなヴァリエーションが見られます。本展では、オランダのデン・ハーグ美術館所蔵品を中心に、初期の風景画にはじまり、神智学やキュビスムを取り入れていくども画風を変化させながら〈コンポジション〉へと至った画家の軌跡を辿ります。
あわせて、モンドリアンとともにデ・ステイルの中心作家として活動したテオ・ファン・ドゥースブルフやヘリット・トーマス・リートフェルトら関連する作家の作品展示をとおして同時代における抽象芸術の広がりをご覧いただきます

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ひときわ目立つ地平線


モンドリアンは初期にはたくさんの風景画を残しています。でもその作品は初期から一貫して、奥行きのある絵はほとんど描いていないのですね。絵の中央から少し上に地平線が広がる風景画、そんな印象です。それがのちのコンポジションの世界につながるのが、すごくわかりやすかったです。

オランダの風景
ピート・モンドリアンは1872年オランダ中部のアメルスフォルトに生まれました。教師でアマチュア画家でもあった父や、風景画を多く描いたハーグ派の画家であった叔父の影響を受けながら、17歳(1889年)で図画教師免許を取得、25歳(1897年)まで美術アカデミーで学びます。その後は川辺の木々や農家を描いた風景画を多く描きます。こうした作品にはハーグ派や印象派などの影響を見てとれます。

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≪乳牛のいる牧草地≫
1902-05年 油彩、紙、厚紙 デン・ハーグ美術館
Kunstmuseum Den Haag

色彩に関しては、コンポジションの黄色・赤・青の三原色の印象が強いのですが、キュビズムの影響を受けた初期には、下記のようなパステルカラーの作品も多く残しています。

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誰かの影響を受けたことを、そのままわかりやすく表現しています。印象派の影響もすごく受けているし、特に好きな画家であるセザンヌ風の絵は見てすぐにそれと気づきました。


印象派の中にコンポジション

印象派らしい色づかいなのに、ドーンと真ん中に描かれた平面的な建物の屋根や窓やドアが「分割」され、まさに「コンポジション」になっている作品の前では、思わず「おお!」と声が出てしまいました。

「三つ子の魂百まで」と言いますか、その人の本質や核になるもの、つまりその人らしさってものは、そうそう変わるもんではないのだなぁ!とひたすら感心。

点描作品でも有名ですが、彼の場合フランス(新印象主義)の画家の影響はあまり受けておらず、同じオランダ人画家であるゴッホ、ヤン・トーロップや分割主義(ディヴィジョニズモ)の影響を強く受けているのだそうです。

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《砂丘 III》
1909年 油彩、厚紙 デン・ハーグ美術館
Kunstmuseum Den Haag
ドンブルグでの出会いとパリでの制作
36歳(1908年)のときに旅行で訪れた海辺の町ドンブルグで画家ヤン・トーロップに出会ってからは、塔や砂丘を描いた作品に象徴主義の影響を色濃くにじませています。1911年、39歳の頃にはオランダを出てパリでの生活をはじめた時期にはさらに画風を変化させます。ピカソやブラックの作品からキュビスムの技法を取り入れ、抽象化を加速させていきました。

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《色面の楕円コンポジション 2》
1914年 油彩、カンヴァス デン・ハーグ美術館
Kunstmuseum Den Haag


デ・ステイルとミッフィー


それから、オランダの抽象美術運動「デ・ステイル」での活動。

モンドリアンは絵画だけでなく、論文やコラムなどの才能も発揮するんですね。自分の芸術世界を理論で語れるって、本当にすごいと思います。

そんな中で生まれたコンポジション。この一連の作品は絵画だけでなく、後のカルチャーに多大な影響を与えます。

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《大きな赤の色面、黄、黒、灰、青色のコンポジション》
1921年 油彩・カンヴァス 59.5×59.5cm
デン・ハーグ美術館 Kunstmuseum Den Haag

同じオランダを代表するデザイナー兼絵本作家のディック・ブルーナ氏も、デ・ステイルの影響を大きく受けていることは、こうして並べてみれば歴然。

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ただ、ドースブルフとモンドリアンは次第に対立するようになるんですね。ドースブルフは絵画よりも建築を重視し、1924年には垂直と水平だけでなく、対角線を導入した要素主義(エレメンタリズム)を主張しました。そのため、モンドリアンは、1925年にグループを脱退してしまいます。

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ヘリット・リートフェルトによる「赤と青のいす」(1917)

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シュレーダー邸(オランダ・ユトレヒト)1924年
設計:オランダ人建築家 / ヘリット・リートフェルト
デ・ステイル建築を代表する作品として、世界遺産に指定

この家の内部が動画で紹介されていて、すごく楽しかった。部屋のドアや窓などがモンドリアンのコンポジションそのもの!

デ・ステイルの活動
1914年に始まった第一次世界大戦の影響で一時期オランダへの帰国を余儀なくされるものの他の作家との交流を続けながら研究を深め独自の絵画理論を完成させていきます。1917年(45歳)には、自身の理論をまとめた「絵画における新しい造形」を『デ・ステイル』創刊号に発表し、代表作〈コンポジション〉シリーズを描き始めます。 デ・ステイルは、テオ・ファン・ドゥースブルフが主導者となってモンドリアンら他の作家とともに発足したグループの名前であり、その名を冠した機関誌には多くの芸術家が絵画や建築などについて盛んに意見を表明しています。モンドリアンはその理論と作品とで当初からこのグループの中心的存在でしたが、ドゥースブルフとの意見の相違を感じ、1925年(53歳)にデ・ステイルを離れます

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《赤、青、黒、黄、灰色のコンポジション》
1921年 油彩、カンヴァス デン・ハーグ美術館
Kunstmuseum Den Haag


モンドリアンがあふれる世界

上記にも書いたように、モンドリアン、建築やデザインだけでなく、インテリアやファッション、絵本、ゲームまで、本当にありとあらゆるカルチャーに影響を与えているんですね!

ずっと世界的に流行してきた北欧デザインの次は、ダッチデザイン!とも言われているそうです。

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「VOGUE Paris」1965年9月号
一世を風靡したモンドリアンルックが表紙を飾った

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2017年のオランダはモンドリアンの年!
モンドリアンが中心となって発刊した雑誌「デ・スタイル」の100周年
オランダは、各時代に有名な芸術家を生んでおり
17世紀はレンブラントやフェルメール、19世紀はファン・ゴッホ
20世紀を代表する芸術家はモンドリアン

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ボードゲームまで!

これ、マジで着たい!

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【レンタル】振袖 モンドリアン
*貸出日数
2泊3日 (¥72,000+税)
9泊10日(¥80,000+税)

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まさか実現可能? カラフルアートなモンドリアン住宅
BEDROOM 2016/03/23

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「ケープドリとモンドリアンドリ」
ワウター ヴァン・レーク (著) 野坂 悦子 (翻訳)

2011年ブラティスラヴァ世界絵本原画展「金のりんご賞」受賞作品。
水平と垂直の直線で分割され、赤・青・黄の三原色を用いた
モンドリアンの世界と、ケープドリのユーモラスな世界が
コラボレーション。今までにみたことのない新しい絵本。

国際的に有名なオランダの画家モンドリアンが、
「モンドリアンドリ」になって、ケープドリの世界にやってきた!

モンドリアンドリは、あたらしい未来をさがしています。
ケープドリは、待っていれば、いつのまにか未来になるとおもっています。
でも、モンドリアンドリがさがしているのは、
まだ、だれもしらないものでいっぱいのあたらしい未来なのです。


この時代の人たちは、二度も大きな大戦があって大変でしたね。

晩年
その後も制作、執筆ともに精力的に活動を続けますが、第二次世界大戦の戦火がパリに迫り、1938年(66歳)にロンドン、1940年(68歳)にはニューヨークに移り住みます。二度の大戦に見舞われ生涯転居を繰り返したモンドリアンでしたが、制作の手をとめることはなく、自身の描き方を深め続けました。最晩年は≪ヴィクトリー・ブギウギ≫と題された作品を手がけるも、未完のまま、72歳(1944年)でこの世を去りました。


館内とグッズ販売

館内は相変わらず素敵でした。
グッズは絶対欲しかったので、平日なのに混んでたミュージアムショップにも並んで購入。

駅前の松坂屋は9月末で閉店とのことで、寄せ書き風の巨大な壁画?に見入ってしまいました。

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開催概要
会期:2021年7月10日[土]-9月20日[月・祝]
会場・豊田市美術館
休館日:月曜日[8月9日、9月20日は開館]
開館時間:10:00-17:30[入場は17:00まで]
観覧料:一般1,400円[1,200円]/高校・大学生1,000円[800円](学生証を提示)/中学生以下無料
主催:豊田市美術館、日本経済新聞社、テレビ愛知
共催:中日新聞社
協賛:野崎印刷紙業
後援:オランダ王国大使館、FM AICHI、ZIP-FM
協力:KLMオランダ航空
企画協力:NTVヨーロッパ

豊田市制70周年記念事業

《みどころ》


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Piyoko-Labo
絵本ユニット・Piyoko-Laboの制作風景。メンバーは写真家・宮田雄平とイラストレーター・陽菜ひよ子。文章は宮田・絵は陽菜が担当。今後は諸々実験的な試みをしていく予定。宮田雄平 https://miyatayuhei.com/ 陽菜ひよ子 https://hiyoko.tv/