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フェイトがわからない

Fateシリーズがわからない。

世代や環境でいくと僕は中学校でToHeart2がやっとPS2で出たぐらいのやつなので、月姫にもFateにも脂の乗った初期~全盛期にハマれるチャンスはあった。が、印象として「全然わからん」が先行していたので、わかりやすくかわいらしい方を突き進んできた結果、フェイトがわからないまま今に至る。

「全然わからん」を打開した結果でとてもよい知見を得たり、人生の指針や倫理観や戦局判断まで大きく影響を受けたものもある。「機動戦士ガンダム」だけども。これも僕は実は20代になるまで「ガンダムってロボットでしょ」「善のアムロと悪のシャア」「殴ったね!のやつ」ぐらいの感覚でいた。

ガンダムアレルギー、ジョジョアレルギーなどのコンテンツ食わず嫌いはよく見かける。というか実際そういう人と結構な数で行き合った。「絵が古い」「絵が受け付けない」などが主な理由で、そこまで漫画アニメに対するモチベーションもないので、まあ、いいんじゃないの、と思うが、僕はガンダムに関しては「耐性ができてきた頃に、適切な手ほどきを受けて、しっかりハマって、網羅して仕上がった」というすごく良いのめり込み方をしたと思っているので、そういうのをどのコンテンツでも継承できればなぁと思っている。もちろん押し付けではなく、僕がされたように「耐性ができてきている」という判断をした上で「じゃあ今お前はガンダムを始めるといいんだよ」という手ほどきができるように。

 一回ガンダムまでの流れをまとめる。
 まず「エヴァンゲリオン」をなんとなく知っている状態。これは綾波レイってのがいる、使徒ってのとなんか戦う、世界とか聖書とかメッチャクチャになる、よくわかんないオチのロボットアニメ、ぐらいの状態でいい。
 次に「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破」を見る。正式な書き方にこだわってしまったが、「エヴァンゲリオンの破」でもいい。とにかく深く考えずに「人気アニメの復刻版の、第2話」なのに見る。そうすると、なんとな~く知っていた少年が碇シンジだということがわかるし、無口で冷徹な印象だった綾波レイが感情表現が下手なだけの健気でめちゃくちゃかわいい生き物だということがわかるし、アスカっていう萌え萌えコンテンツが現れるし、よく知らないメガネの女も謎の立ち位置で青少年をたぶらかしてくるので、気持ちよくハマることができる。
 ここで特筆しておくべきは「第2話」をいきなり見るということ。「君の名は。」は大ヒットしたけど、それはかなり広い層に向けて「アニメですよ」ということを劇場アニメ1発で伝えきってしまえるものだったから。裏側にどんなに深いテーマや世界設定があっても「2時間でまとめてくれるんでしょ?」というキリのよさを約束しているので老若男女に対してヒットしている。ようするにジブリ的マーケットにエヴァ的コンテンツを当てに行って、ストック型(継続)ではなくフロー型(単発、売り切り)の商品として劇場アニメを成功させたということである。
 意趣として「君の名は。」をガンダムやエヴァと同じくらい長期で噛んでいくこともできなくはないが(やる友達がいないので、やろうよ)、今回は「Fateという大きいものに対しての向き合い方を、ガンダムという大きいものにハマったオタクが考えるにあたり、まずエヴァを知るところから語る」の途中なのでそれを続ける。
 「破」を見るとわかるのが、「天空の城ラピュタ」ぐらいの気持ちよさと「風の谷のナウシカ」ぐらい細かく複雑な設定があることを知らされるという導入剤としての性能の高さ。これは視聴時に綾波レイを助けるという課題が、碇シンジだけではなく視聴者に対しても投げかけられるし、碇シンジと視聴者とが同じタイミングで知り合った「式波アスカ」という友人を救うには。過去になにがあり、現在なにをすればアスカと再び友人になれるのか。という様々なテーマが発生して、そのためには惣流アスカという人間を知らなければならないし、渚カヲルの謎とか、綾波レイの正体とか、ネルフってなに、ゼーレって誰、アダムとリリスって、裏死海文書とは、ネブカドネザルの鍵とは……となっていくようにできている。

 ここまでやっていくと「エヴァ」を「ロボットアニメ」というとっつきにくいものだとは思わなくなっているし、「エヴァはロボットじゃない」と確固たる主張ができるようになっているので、「ガンダムにハマる素地」が完成されることとなる。現代から見ると順序としては逆である。
 子供におもちゃを売るための「勧善懲悪ロボットアニメ・特撮」がある→
 アンチテーゼとして善悪のない戦争を描いた「機動戦士ガンダム」→
 人間の内面など脚本にフォーカスがいく「新世紀エヴァンゲリオン」→
 アニメーションが成長してジブリ系とオタク系が融和する「君の名は。」
というような流行・コンテンツの変遷をしていっているのがわかるが、遡る形となっていく。「絵が古い」「ロボットアニメでしょ」はスタイリッシュ偏重の現代においては忌避材料ともなるし、だからこそ「外見重視の底の浅い話」と「深すぎてオタクしかハマらない話」の二極化なんかも見られるのだ。じゃあ「エヴァとガンダム」は知らない人いない。なぜなのか。「スーパーマリオ」と「ドラえもん」と同様、浅くも知っているし、深くも突き進めるコンテンツで、「めちゃくちゃバランスのいいとこ」を取り続けているからなのである。エヴァがライト寄りでガンダムがヘビー寄りである。

 エヴァ・ガンダムってそんなにすごいか?と眉に唾を塗っている人々は、ヘビー寄りでいえば「SSSS.グリッドマン」が浅い層まで刺さっているかどうか。続編「SSSS.ダイナゼノン」をやるらしいけども、ロボットと女の子が好きな一部のおじさん以外が注目しているだろうか。ライト寄りでいえば「天気の子」は個人的には最高に良かったけども、全員が個人的には最高、と思って深く掘り下げるのをやめてはいないだろうか。そしてどちらも日本国内に認知がとどまっているのではないだろうか。「残酷な天使のテーゼ」って地球人口でもビートルズくらいの認知度あるんじゃないかと思うんだけど。
 こういう「ヘビー層・ストック型コンテンツを、より新規開拓のフロー型アプローチ」ができるか。「ライト層・フロー型の作品から、継続的ヘビー層に取り込める影響力」を持たせられるか。という点についてエヴァとガンダムの持久力と比較すると圧倒的に彼我なのである。
 6月のエヴァ新作に際してもまた「浅い認知」の人を「旧エヴァ・貞本エヴァまで引っくるめて総ざらいする」10代・20代を大量に作り出すくらいの影響力を持っている。それが既にマニアックなオタクにとって陳腐だったり期待外れな江ヴァンゲリオンだったとしても、「新規で綾波レイを知る」「新規で渚カヲルを見る」者たちにとって大きな出来事になるのだ。

 こうしてエヴァを経たオタクが次に求めるものは「結末」で、エヴァにもたらされていないものといえばそう「結末」なのである。人類の終末がある意味でのひとつのテーマにもなっているにも関わらず、エヴァンゲリオンには決定的な結末はない。ないというか、これまでのすべての幕切れに対して「ある」と認められる人はいないんじゃないかと思う。
 そうして知的好奇心や、溜め込んでいって気持ちのいいデータベースで次にぶち当たるのが「機動戦士ガンダム」となるのである。エヴァを触ってモヤモヤと不完全燃焼を溜め込んできた視聴者はガンダムで「こんなに説明してくれるの!?」や「こんなに言いたいことを気持ちよく言ってくれるの!?」という仕組みとめぐりあい宇宙することとなる。碇シンジもなにかとキレているシーンが有名だが、基本的には真面目で優しい臆病な少年を精神的に限界まで追い詰めてキレたことを大人たちでイジり倒すという、文字通りの残酷な天使のテーゼなのだが、ガンダムの人物は全員かなり怒りの沸点が低いのでげらげら笑いながら見れる。途方も無い悲しみにくれる出来事もあるが、基本的には全員イカれているし、戦争しているのでドーパミン出てたら人間ってこうもなるんだなぁ、という気持ちになれる。

 ガンダムはエヴァで満たされなかった欲求への気持ちのいい解答であると同時に、正しい群像劇であり、正しい歴史物であり、正しいSFであるので、様々なものに応用が効く素地となりうる。例えば僕は科学も外国語もまるでダメだったのだけど、世界史にめちゃくちゃハマったので、科学の成り立ちや英語の基になった経緯などがわかるのでそれらにざっくりとした理解と把握をした感じでやっていける。悪くいうとナメられにくい。歴史という人文科学でマクロ化して体系的にしていくことで、専門知識のあるなしや学歴マウントのたぐいは「些末!」と完全に無力化できるし、詭弁に対しては「詭弁ですねえ」と言えるし、無知無学の訴追に対しては「無知の知」という詭弁を弄することができる。歴史で「人類は昔から似たようなことやってる」を学び、ガンダムで具体的に「人類は愚かであるし、過ちを繰り返す」事を説けるので、包括的に最強になる。
 機動戦士ガンダムのヤバいところは「機動戦士ガンダム」にすぎない、というところだが、まず「機動戦士ガンダム」という名前にある。
 宇宙でロボットに乗りパイロットが戦い、その中でドラマを紡いでいく。これは「銀河英雄伝説」というタイトルでもいいぐらいだ(もうある)。というギャグはさておき、実際「銀河英雄伝説」というようなタイトルだった場合、かなり抽象的になる。銀河も英雄も伝説もそれだけでお話になるし、その言葉自体に独自性はみられないので。また「機動戦士ガンダム」が、「モビルスーツ戦記」や「一年戦争」というタイトルだった場合も、固有名詞であっても具体性のないものだったかもしれない。「ガンダム」という、聞いたものに強烈に違和感を与え、かつ何らかのキャラクター性を持ったものだと直感的に理解させた上で、その言葉自体に別の意味合いを何も含有させていないのがすごい。それまでは「ゲッターロボ」は"Getter"+"Robot"だし、「マジンガーZ」は「魔人・魔神」にロボットの意味合いを持たせる接尾辞「ガー」を付け、強度や品質を示す「Z」を付けて「マジンガーZ」だ。「ガンダム」の持つ言葉の不可解さと、後天的に人類がガンダムと聞いてあのガンダムを想起するようになった機構というのは、ネーミングの妙として他のタイトルやキャラクターとは本質的に異なる。
 次に、虚構としてのリソースの含有量がとてつもない。これは歴史としてとらえるとわかりやすいが、「宇宙世紀」という、地球での紀元前・西暦を経た後での出来事として描かれている。「20XX年」や「ともだち暦」なんてのもあるが、そうではなく我々の歴史の地続きの未来として語られることで、人類の歴史を繰り返した先でのおっさんたちのやりとりであることが具体的な体感を持って知らしめられる。戦争を繰り返すとか、資本主義だの平和主義だのがあるとか、すべての国を地球連邦というひとまとまりにしたとしても、地球人とスペースコロニーの人とで格差や軋轢を生じさせてゴチャゴチャするとか、「人類って、そうなんだよな」というリアリティをもって群像を持ちかけてくるのが、フィクションの中でも人間性や情緒、感情の機微にフォーカスする嗜好に刺さる。「スターウォーズ」は感性がアメリカンなのもあるが、遠い昔、遥か彼方の銀河系で繰り広げられてる異種族での親子バトル・師弟バトルという印象なので「知らん人がめっちゃ戦っとる」感があるが、ガンダムにおける嫌な奴の「いそうな感じ」や、素敵なお姉さんの「完璧じゃない感じ」というのが、日本人的なのか、人間的なのか、なんともいえない共感性と異質感とで繰り広げられていくのがいい。
 そして「機動戦士ガンダム」でしかない、というところ。ここが先述2点の壮大なスペースオペラとはアプローチが異なる。「銀河・英雄・伝説」、"Star・Wars"、広い。「機動戦士ガンダム」、狭い。機動戦士ガンダムの主人公は間違いなくアムロ・レイなのだが、アムロ・レイのやることは「ガンダムで戦う」ことで、「戦局に少なからず影響したが、世界を変えたわけでも、お姫様を助けたわけでもない」というストーリーがヤバい。長期的にいえば「モビルスーツ戦記」、中期的に「一年戦争」を描いた話なのに、タイトルが「ガンダム」なの。「三国志」ぐらいの広~い話なんだけど、そのタイトルが「赤兎馬」みたいな感じ。呂布にフォーカスするけど、わりと戦争の全体的な動きも追ってて、「曹操がなんかヤバい演説してるらしいよ?」とか、「劉備もいろいろ頑張ってるらしい」とか、ちょいちょい重要人物とも会うし戦ったりもするけど、とりあえず呂布の目線なのでライバルは夏侯惇。ザコはめちゃくちゃいっぱい倒すけど、夏侯惇は追い詰めてもギリギリのとこで逃げられる。くやしい呂布。という話のタイトルが「赤兎馬」。でも三国志の全体的な流れはすごくよくわかる。そんな話ある!?
 最初からスターウォーズなどのように「宇宙の話ですよ、スケールでかいですよ」という提示をしている風では実はまったくなくて、「アムロ」がいて、「ガンダム」に乗る。少年が戦って生きた。というミクロなスケール感でも見れてしまうし、広くしていくと「モビルスーツ」ができるまでの経緯や、タイトルの付けようのない単なる「歴史」「宇宙移民の成り立ち」まで学んで考えることができてしまうし、実際に名前のつかないような、これから戦争のさなかのテロ事件に巻き込まれて亡くなる男女にフォーカスされた話や、アムロがアムロなりに頑張っているさなか、「地球ではこんなことが」や「モビルスーツ製造工場ではこんなアイデアもありました」や、もう未来における架空歴史として「宇宙世紀」というひとつの体系が完全に仕上がっている。ということ。ナポレオンをフランス人だと知らない人が、ナポレオンという軍人がいて、こんな戦争をして、こういう生涯だった、という事を知っていく過程で「ナポレオンという人間を知る」から「人間の歴史を紐解く」に繋がっていたり、カントという哲学者の、論じたことだけを美しいと感じて共感していたものが、その偏屈な人間性が語られているのを知り、「うんこした回数を記録してるやつの言うこと信じてたのか」と思ったりすることに近い。

 「ガンダムのハマり方」として、僕は「歴史じゃん」と思ったのと、これまでに人生で「殴ったね!」とか「坊やだからさ」とか、どういうシチュエーションでそれ言うんだよ、というボンヤリ覚えてたことに対するハッキリとした解答があった。見ればわかるし、見てもわからないものもある。
「二度もぶった!親父にもぶたれたことないのに!」については、「アムロの親父が特殊なオタクなので、殴って教育するとかそういう感じじゃない」というのが正解。
 先述の独特なネーミングセンスのせいで覚えていた変なカタカナにも全て答えが出た。「なんとかガンダム」がいっぱいいるけど、「なんとかガンダム」がいっぱい出てくるのは宇宙世紀とは別のやつで、基本的に「ガンダム」はその話では1個2個しか出てこない。「ザク」はめっちゃいる。→なんで?→それにも解答がある。「シャア専用」ってなに?スパロボでシャアが「ジオング」と「サザビー」に乗ってたけど、あれは「シャア専用ジオング」とか「シャア専用サザビー」じゃないの?→ザク、ズゴック、ゲルググはいっぱいあるから「シャア専用」に色を塗ったやつがある。「ジオング」は1個しかないからシャアが乗るけど「シャア専用ジオング」とはいわないよ。「マ・クベ専用ギャン」とかも言わないのよ。
 みたいなことをすべて知っている人がいて、後にちょっとガンダム見ればそれらの疑問はすべてガンダム歴半年くらいで説明がつくぐらいの浅めの謎だったこともわかる。「とにかく見ればわかるよ」とかしか言わない人もいるが、営業とかでいえば(そのものに興味を持っていて、ハマってほしいと思っているのなら)浅めの疑問・質問を引き出して気持ちいい解答をしていくパフォーマンスがあってもいいのでは。
 ということに加えて「割と深めの楽しみ方を教わる」というのもあった。「機動戦士ガンダム」の視聴をあとm

なげえよバカ……。"Fate"「宿命」というデカすぎるテーマと、枝分かれしすぎたルート分岐をイチからわかりやすく導入してほしいよね〜、って話にエヴァとガンダムの僕なりに心地よくハマれた導入を例示した。という話のつもりだったね。
おやすみなさい!

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