【校長とみーちゃん】

※M-1グランプリ2023の決勝でカベポスターさんの漫才に触発された妄想が生み出した全くのオマージュ小説です。
御本人様には一切の関係ございませんので、ご了承ください。
※このネタを観たのがこの1度きりなので、矛盾点などございましたらすみません。
全ては創作ということで読んで頂けたらと思います。

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音楽室の鍵を閉めると、鈴木美沙子は大きなため息をついた。

新卒で小学校に就任してから数ヶ月。
仕事にも漸く慣れ始め、児童たちも懐いてくれるようになった。
『先生』と呼ばれる度にまだくすぐったい気持ちにはなるが、それもじき慣れてくるだろう。
充実感に溢れた新生活。
それなのに、何故か心にぽっかりと穴が開いているような気がしてため息が出る。

自分でも分からない寂しさが、たまに襲い胸を締め付けるのだ。

何はともあれ、今日も無事仕事が終わった。

職員用玄関で靴を履き替え、扉を開こうとした時、外から雨音が聞こえてきた。

ーやだ。傘持ってきてないー

どうしようか迷い、その場に立ち尽くしていると、後ろから肩を叩かれた。
「鈴木先生、どうなさったんですか?」
恰幅の良い体に上等そうなスーツを纏った男性がにこやかに問いかける。
「校長先生……実は、傘を忘れてしまって……」
「おや、これはまた随分と降ってきましたね。私の車で送っていきましょう」
「そんな……校長先生にそんな事させる訳にはいきません!」
「いいんですよ。濡れて風邪でもひいてしまったら生徒たちの授業にも支障が出てしまいますからね。さあ、行きましょう」
「では、お言葉に甘えて……」

これが、私達の始まりだった。

御礼に食事に誘ったのをきっかけに、何度か学校外で会ううち、いつしか私達は男女の関係になった。

初めて結ばれた時、
「2人きりの時は私も1人の男だ。だから『校長先生』なんて堅苦しい呼び方はしないで欲しい。『校長』と呼んでくれないか?」
と言われた時には幸福感に包まれ、天にも昇る気持ちだった。
「分かったわ。じゃあ私も『みーちゃん』って呼んで」
「みーちゃん、愛してる」

私が求めていたのは『愛』だったのだ。
時折襲ってきた寂しさは、この瞬間から消えてなくなった。
校長が結婚しているのは、知っている。
でも、私達は出会い『真実の愛』を見つけてしまったのだ。
もう、誰にも止めることは出来ない……

このまま幸せが続くと思っていたある日、暗雲がたちこめた。

校長が1枚の写真を見せてきたのだ。
写っているのは、校長の車。
そしてその中にいる校長と私。
「校長室の前に置いてあったんだ。写真は幸い誰にも見られていないようだったが」
写真を渡されてじっくり確認するが、やはり車の中がハッキリと写っている。
「誰が一体こんなことを……」
震える手で写真をひっくり返すと、何か書かれている。
『次の修学旅行、場所が沖縄になりますように』
「ひっ……!」
あまりの気味の悪さに思わず手を離してしまい、ひらひらと写真が落ちていく。
拾おうとするが、手が震えてなかなか掴むことが出来ない。
「こんなの……脅迫じゃない!」
「大丈夫……みーちゃん、大丈夫だから!修学旅行も沖縄に行けるよう手配したし!」
「校長。私、こんな脅しになんか負けない!」
私達の愛は、本物なんだから。
やっと拾い上げられた写真を、力を込めて握り潰した。

それからすぐ、2度目の写真が校長の元にやってきた。
今度は、2人で神社に行った時に書いた絵馬の写真だ。
裏を見ると、やはり文字が書かれていた。
『ずっとずっとゼリー。ずっゼリ。』
絵馬に書かれた言葉をおちょくるような文章に、思わず写真を破り捨てた。
「馬鹿にして……!!絶対に許さない!『ずっゼリ』!!!」
幸せな思い出を嘲笑うような真似をして……
みーちゃんと校長は、ずっと一緒なんだから!!

私達はそれからも逢瀬を重ねた。
学校の駐車場で車に乗るのは止め、その代わり別の方法で愛を確かめあった。
私が弾くピアノに、校長がブレーキランプで応える。
こんなにもロマンティックな愛の交わし方があるだろうか。
彼の車を窓から眺めながら、愛の光を確認する度に気持ちが高揚する。
私達は、愛の光と音で抱き締め合っているの!
誰にも引き裂くことなんでできない……

その時だった。
2人の愛に、雑音が入ってきたのは。
「ずっ・ゼ・リ!ずっ・ゼ・リ!!!」
聞こえてくる声、あれは……憎き『ずっゼリ』!!!
「お前かー!!!」
校長の怒号が聞こえる。
声のした方へ走ってみたが、既に誰も居なくなっていた。

あいつはどうしてこんなにも、私達の愛を邪魔をするのか。
苛立ちを抑えられずに乱暴に音楽室のドアを閉めた。

数日経ってもその怒りは収まることがなかった。
それでも教師として、授業はきちんとこなしていく。
責任をもって預かっている可愛い児童達に、感情の乱れなどみせてはならない。
大人の微笑みで、包容力たっぷりな姿だけを見せなくては。
今日の授業はリコーダーの合奏。
中々揃わない少しズレた音色さえも、無邪気な未形成さを感じ微笑ましい。

「それじゃあ、それぞれ苦手な所を練習してみましょう。分からない事があったら質問してね。」

様々な音が音楽室に響き渡る。
懸命にリコーダーに取り組む児童達を眺めながら目を細めた。
みんなどの部分に苦労してるのかな?
耳を傾けていると、皆が練習している曲とは明らかに違う音が聞こえてきた。
♪ラ・ラ・シ♪
何?この音……
どこかで聞いたことあるような……まさか……

「今、誰?!」

思わず声を荒らげる。

間違いない。この音とリズムは……

♪ずっ・ゼ・リ♪

絶対そうだ!絶対音感のある私には分かる!

「……この中に、ずっゼリがいるわね……!」

私の耳は誤魔化せないわよ!!

多くの児童達がぽかんとした顔をしながら練習を続ける。
その中に混ざって微かに聞こえる

♪ラ・ラ・シ♪
♪ラ・ラ・シ♪

ー♪ずっ・ゼ・リ♪ー
ー♪ずっ・ゼ・リ♪ー

ー♪お前の罪を・知っている♪ー
ー♪お前の罪を・知っている♪ー

やめて……
やめてやめてやめて!!!

耐えきれず耳を塞ぎ、音楽室を飛び出した。

ーそれから1年後ー

私は同じ学校の体育教師と結婚した。
音楽室の一件以来、校長と仕事外で会うのが怖くなってしまった。
そうして少し距離を置いて冷静になってみたら、あんな老けた丸いおっさんと、結婚も出来ない付き合いをしている事が馬鹿らしくなり、別れを告げた。
その直後に体育教師から結婚を前提とした告白をされ、それを受けつい最近結婚式を挙げた。

ちょっと遠回りしちゃったけど、私の本当の愛はここにあったみたい。
今度こそ、幸せになるんだ!

ーコンコンー

ノックの音がし、ランドセルを背負った児童が校長室に1人入ってくる。

「今回は、よくやってくれた。」
校長は引き出しから封筒を出すと、少年に渡した。
少年が封筒を開け、中身を確認する。
「確かに。旅行会社の沖縄旅行への手続き書類と、給食センターへのゼリー発注書類のコピー、お預かりします。」
「本当は原本を渡したいところだがね。さすがに何かトラブルでもあってはまずいから。」
「承知しております。ところで校長先生、本当によかったんですか?」
「ん?……ああ。いいんだよ。妻にも薄々勘づかれそうになっていたんでね。私が直接別れを告げて恨まれるのも怖かったんでね。助かったよ。君に頼んで大正解だった。」
「そうですか。それでは。」
「じゃあな。気を付けて帰るんだよ。永見君。」

校門を出ると、校長室の窓を見つめ、永見は吐き捨てた。

「もっとドロロロじゃねぇかよ……」

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