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映画「半狂乱」公開記念/パンデザイナー未見のあなたへ(前)


TikTokのドラマと聞いて、あなたは何を思い浮かべるだろうか?

現在は3分の動画がアップできるようになったこともあり、複数人の俳優が演じ、ロケ撮影し、カメラワークも編集もまるでテレビドラマのような映像がTikTokで流れてくることも多くなった。昨今のTikTok人口の増加を見ればドラマがテレビからYoutubeへ、YoutubeからTikTokへ媒体が変わっていっているのも理解できる。しかしTikTokを見ていればわかると思うが、正直TikTokはドラマに向いていないと思う。もともとドラマをあまり見ない私が根拠を持って言えることではないが、1本の動画で完結させるには短すぎるし、シリーズを作るには遡りにくく視聴者が追いにくい。もともとTikTokは数秒から1分の動画をパッパッと流し見するツールで、その短い時間で思わず見入ったり驚いたり癒されたり、多くの人の心を一瞬でつかむものがバズる傾向にある。だからそもそも起承転結のある物語には不向きなのだ。どんなに結末が面白くても“起”で見る人のスワイプを止めなければ最後まで見てもらえない。TikTokに物語を求めている人が少数であろうこともあいまって、ドラマには不利な条件が揃ってしまっている。



そんな中で、TikTokで唯一と言っていい長編ドラマシリーズがある。「パンデザイナー」(以下パンデザ)は2021年1月から今まで約80本の本編が投稿されており、その短い動画を連続で見ると全体で約2時間もの長さになっている。映画並みじゃん!と思っただろうが現在も更新は続いているため追いつくなら今!と強くおすすめしたい。


おそらく、TikTokを日常的に見ているのであれば、絶対に二度や三度はおすすめに流れてきているのではないだろうか。パンデザを作っているのは柄シャツ男(以下柄さん)さん。

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この顔(アイコン)を見てもピンとこない人は、TikTok運営のアルゴリズムを恨んだ方がいいと思う。なぜならこのパンデザは、すべての役、すべての撮影、すべての動画編集、すべての脚本(物語・セリフ・演出・演技)を柄さんが担っているからだ。つまりキャラクターはすべて柄さんが演じているため、どの話がおすすめに流れてきたとしてもみんな柄さんの顔を見ているはずである。ただ驚くべきことに柄さんはキャラクターによって性別も年齢も自由自在に演じることができるため、パンデザを見ていたとしてもこの画像の顔ではないかもしれない…。そこが柄さんの凄さでもあるのだが、それでも見た覚えのないという人はぜひ1本目の、2021年1月4日投稿「パンへの愛情が凄いパンデザイナー」を見てほしい。

⚠️この先はパンデザ1本の動画から4本目(「お店の名前」)の動画までのネタバレを含む内容となっているので、未見の方はご注意ください!

⚠️ぜひファーストインプレッションは動画で感じていただきたいです。




今となっては信じられないことではあるが、この長編ドラマの始まりは偶然の産物だったと柄さんは言う。「パンへの愛情が凄いパンデザイナー」と題されたその動画はパン屋の画像を背景にして、ぴったりとした薄手のタートルネックにサングラスをかけたオネエ言葉の“パンデザイナー”が、お客さんにオススメのパンを答えるというひとり芝居のものだったのだが、これがめっっっちゃくちゃ面白かったのだ。感情の起伏が激しくてコミカルでオネエで、絶妙にいそうでいないこだわりの強すぎるそのパン屋さんは、1本の動画だけで見る人の心をつかんだ。もう台詞をすべて書きたいくらいなのだが、文字では絶対に伝わらない声の上ずり方、言葉の緩急や強弱、間の使い方、スピード感で一気に引き込まれてしまう。キャラクターが憑依しているとしか思えないし、そのすさまじい憑依っぷりに思わず笑ってしまう。後に「ジャム」と名付けられるこのキャラクターが、パンデザイナーの始まりの人であり圧倒的主人公・ヒロインである。3本目まではジャムさんの個性が爆発した内容でありジャムさんのキャラクター性・コメディ色を強くしているものでとても好きなのだが、こうしてひとつひとつ語っていては先に進めないので泣く泣く割愛させていただく。

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パンデザイナーの最初の転換は、私は4本目の「お店の名前」というタイトルの動画だと思う。今まで使っていたパン屋の背景ではなく、白い病院の背景画像とピッピッとなる心電図の音。画面の雰囲気が違いすぎておすすめに流れてきたときにパンデザイナーの続きだとすぐには認識できなかったのを覚えている。10年前のジャムさんが最愛の恋人を亡くす瞬間のこの動画を見て、柄さんの演技力の高さに言葉を失った人も多かった。私もその一人。最愛の人を亡くすシーンというのはこの世の中に数えきれないほどあると思うが、私の経験と深いところで共鳴し、心をえぐってきたのは柄さん演ずる、ジャムさんのこのシーンだった。

“死”という現象は理解している。本もたくさん読んだし死んだ人も見たことがある。ただ、たった一瞬。その人の息が止まる一瞬。恐ろしい一瞬が過ぎたとき、突然理解が及ばなくなる。目に見えている部屋も耳から入る誰かの声も何も変わっていないのに、世界は何もかも同じなはずなのに。医者から告げられる言葉を、本能が拒否する。私と父を分けたものはなんだ?一体なにが起こったのか?私のこの実体験がまざまざと思い出されるほど、それほどこのシーンは凄まじいものだった。混乱と恐怖と確固たる運命に対する怒り、目の前で起こっていることがすべて冗談である気すらして込み上げる虚ろな笑い。愛する人の死に直面したジャムさんの目が、私に訴えてくる。どうしてこの人が死ななければならないのか?と。そしてこの、「ゆうき」という人物の死こそが、現在でも物語の中で最も重要な謎であり鍵であるのだ。

「『Fortia』、ラテン語で『勇気』という意味」

動画の最後で、パン屋の名前の由来を現代のジャムさんが朗々とこう言うとき、本当に何度見ても鳥肌がたつ。ここまで言葉を尽くしても、この1分の動画の素晴らしさ凄まじさには到底及ばない。ここまで読んでくださった人は今一度絶対に見てほしい。



この恋人は病死なのか事故死なのか、と見た当時は直感で捉えて考えていたがそんな単純な話ではないということが先の動画を見ればすぐにわかる。が、4本目までを語っただけで2500字を超えてしまったため、次の記事に映りたいと思う。




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