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【台本書き起こし】シーズン3「千利休と天下人たち」第5話 本能寺の変:ボイスドラマで学ぶ日本の歴史

NA:利休は三好一族の勝瑞城から吉野川を遡り、深い谷をくだり、険しい山を登って、その隠れ里に着いたのでした。徳島県三好市の祖谷という里に、今も平氏の隠れ里伝説が残っています。壇ノ浦で入水した安徳天皇は実は身代わりで、祖谷の隠れ里に仮御所されたという言い伝えです。

◯平家の隠れ里神社
NA:祖谷で合流した三好咲岩康長は、千利休を平家の隠れ里の奥にある古い社まで案内しました。そこにはご神宝である草薙剣を入れてあったという箱だけがありました。だが箱の中に剣はなく、置き手紙が残されていました。
康長:利休、そなたにじゃ。
利休:これは!長慶様から。
康長:間違いない、それは長慶の花押じゃ。
長慶の声:利休、ここまで来たということは、天下人を見つけたようだな。そなたの目利きであれば間違いあるまい。約束通り、その男に三好の宝を譲ろうと思う。だが三好の宝とは宝剣のことではない。そんなものはないのだ。三好の宝とは千利休、そなたのことだ。
利休:長慶様・・・・・・・・・。
NA:利休はその手紙を胸に抱き、溢れる涙を流し続けたのでした。

◯堺・港
人夫たち:えっさ、ほっさ。
荷役の声:それそれ!急げ。
人夫たち:そうれ!ヨイショ。そうれ、ヨイショ。
家康:宗及殿、すごい数の船ですな。おお、九鬼の鉄鋼戦まで来ておるわ。
宗及:家康様、これはすべて信長様三男信孝様御出陣による長曾我部征伐の船でございます。
家康:では四国攻めは信孝様が。それで明智様はどうされた?京都では大変お世話になったが。
宗及:上様より中国攻めを申し付けられたと聞いております。
家康:明智が羽柴の応援にか?光秀殿は上様よりご不興を買われてしもうたようだな。この家康も気をつけねば。
NA:天正10年(1582年)5月末、天王寺屋宗及は、織田信長の命により、堺で徳川家康一行をもてなしました。堺の港には丁度四国攻めの大軍が溢れていました。信長は家康に、わざわざそれを見せつけるため、堺に立ち寄らせたと思われます。
家康:なに!信長様がご上洛?まことか?
宗及:1日に本能寺にて関白様ら主だった公家を招き、茶会を開かれるとか。
家康:公家を?で茶頭は宗及、そなたか?
宗及:千宗易が申し使ってございます。
NA:史実ではこの茶会の茶頭はわかっていません。また本能寺の変のとき、千利休は堺にいたという説もあります。
家康:妙だな、公家相手であれば家格からして天王寺屋が茶頭を務めるのが筋であろう。
宗及:信長様は公家よりも家康様がお大切なのです。
家康:世辞を申すな。上様急なご上洛といい何か奇妙な。茶会の主客は誰だ?
宗及:近衛前久様と伺っております。
家康:近衛様ならば安心だが・・。
宗及:実は家康様、これをどう思わまする?
宗及:28日に愛宕神社の連歌会で明智光秀様が詠まれた発句だそうです。
家康::ときは今あめが下しる五月かな。・・・まさか?
宗及:やはりそう思われますか。
NA:ときは明智の家柄である土岐氏、『あめが下しる』とは『天下知る』すなわち『明智が今天下知る』と読めます。因みに今まさに征伐されようとしている長曾我部元親の正室も土岐氏です。
宗及:もし誰かが公家との茶会を餌に信長様をおびきだし、明智様にご謀反を唆しているとすれば・・信長様は今わずかな手勢のみ。
家康:そなたなぜ手勢のことまで知っておる!
宗及:本能寺は法華宗でございますゆえ、この天王寺屋とは強い絆がございまする。
家康:・・こうしてはおられん。
宗及:家康様、どちらへ。
家康:知れたこと。上様にお知らせに参るのじゃ。
宗及:お待ちくださりませ、家康様。
家康:なんだ?
宗及:その誰かとは、この天王寺屋かも知れませぬぞ。
家康:なに?
宗及:家康様はこのまま信長様の天下をお望みか?
家康:なんだと!お主。
宗及:それとも絶好の機会とお考えになれませぬか?
家康:くくっ。
宗及:その誰かとはもちろんこの天王寺屋ではござらん。この港を埋め尽くす船団の大半はこの天王寺屋の差配。今信長様を失えば、大損するのは火をみるより明らかでござる。ですが商いとは長い目で見ることも大切。信長様の天下が良いのか、徳川家康様の天下が良いか・・。

◯本能寺
NA:その頃、四国阿波国より戻った千利休は、ようやく本能寺に到着していました。
信長:宗易、戻ったか?で首尾は?
利休:上様。剣は見つかりませんでした。
信長:何もでなかったか?
利休:ただこの手紙が、里の社に。
信長:・・・これは長慶公からそなたあてではないか・・おお、おお、おう。であるか。美しいのう!ではない。咲岩に一杯喰わされたのよ。
利休:かもしれませぬ。
信長:フッ。だがそれもよかろう。もともと咲岩のホラ話が始まりじゃ。長慶公、三好の宝、しかと頂戴仕った。千利休、1日の茶会、頼んだぞ。主客は近衛前久様である。
利休:ハーッ。
NA:天正元年(1582年)6月1日、織田信長は本能寺で茶会を開きました。主客の近衛前久はこのとき、太政大臣職
を辞したばかりでした。信長にその地位を譲るためだったと言われています。信長と朝廷の間で官位を巡る確執が
あったことを想像させる事実です。信長が皇室と姻戚関係を持ち、平清盛のようになることを望んでいたとすると、
近衛前久は恐らく信長にとって良い相談相手でした。趣味の鷹狩りが同じで、敵味方として争ったこともあり、互いの器量を解り合った仲だったのです。何より前久はあの三好咲岩康長も投げ出した石山本願寺と織田との講和を成立させ、信長から絶大な信頼を得ていました。

◯同・茶会の後
NA:茶会の後、酒宴となり、最後に近衛前久だけが居残って、信長、前久、利休の三人でまた侘茶となりました。
前久:フハハハ!面白い、平家の隠れ里か。
信長:なかなか良く出来た話であろう。
前久:で、その宝剣とやらは出てきたのか?
信長:利休、長慶公の手紙をみせてやれ。
NA:利休は懐に大切にしまった手紙を取り出しました。
前久:!これは・・。
NA:手紙を広げた前久は真顔になりました。
長慶の声:三好の宝とは千利休、そなたのことだ。
前久:なんという思いやりか。長慶公の優しさが胸に響く。
利休:・・・・・・ありがとうございます、前久様。
前久:利休、ワシも若い頃、このような手紙を頂いたことがる。
信長:ほう?聞き捨てならんな。相手は?
前久:フフフ。上杉謙信公信虎様よ。あの頃は正虎と名乗られておったが・・美しい武将であった。
信長:また始まった。次にこの御仁が言う言葉は、謙信公が生きておられれば、信長など敵ではない、だぞ。
前久:その通り。
ふたり:アハハハ!
NA:近衛前久は一時期上杉謙信と同盟を結び、ともに戦場で戦った盟友でした。前久は公家でありながら武家の心を持つ文武両道の人だったのです。
前久:利休、すまなかったな、大切にしろ。
NA:そう言って前久は利休に長慶の手紙を返しました。
前久:さて、信長様、ワシはそろそろ・・おや、眠られてしもうたか?
NA:連戦の疲れからか、久しぶりに気心を許したのか、信長は軽い寝息を立ててしまいました。
前久:まるで頑是ない赤児のような。
NA:近衛前久はしばらく信長の顔を見つめていました。
前久:信長よ、公家は逼塞し腐っている。このワシも含めてな。貴公のいう通り、関白や太政大臣になったところで、それは変わらんかも知れん。だが征夷大将軍とは武家の棟梁ぞ。そなたが足利に代わって幕府を開くというのであれば、帝によるご親政を望む我ら公家の改革派にとって、難しい相手となる。
NA:そのとき、信長の頬に光るものがつたったのを利休は見逃しませんでした。森蘭丸がそっと来て、信長に羽織
を被せました。
前久:暇する。さらばだ信長、いずれすぐ会おう。
NA:露地まで見送りに出た利休に前久は振り返りました。
前久:利休、今夜はワシに付き合え。
NA:近衛前久を本能寺の変の黒幕だとする説があります。もしそうだとしたら、それはとても悲しい真実です。信長と
前久とは互いの美学を認め合う仲だったのですから、友を敵に売った裏切り者の誹りは免れません。実際、秀吉は
ずっと前久を疑っていたようです。客観的な事実として、前久は足利将軍家にも近く、反三好でした。信長が三好咲岩康長を重用したことが、明智光秀同様に、前久の心を変えた可能性はあります。あるいは信長が何処かの時点で織田幕府を開く決心をしたのだとしたら、やはり前久とは相容れなかったでしょう。それを反信長勢力に上手く利用されただけかも知れません。

◯近衛邸
NA:近衛邸に招かれた利休は、前久と語り明かしました。
前久:なるほど。長慶公とは竹馬の友だったか?
利休:さようにございます。
前久:友・・か。
利休:前久様も上様とまるで古い朋輩のような。
前久:フフ・・・利休は友のためなら死ねるか。
利休:さてどうでしょうこれは前久様、どうなさいました?
NA:前久の瞳からポロポロと涙がこぼれ落ちています。
前久:世人は織田信長をして残忍な武将であると謗りおるが、違う。信長は幼き頃より骨肉の争いに苛まれ、天下太平を最も願うておる男なのだ・・。
利休:さきほど上様の目にも光るものがございました。
前久:信長は、我が裏切りに気づいておったのかもしれぬ。
利休:裏切り?
前久:わしは友を裏切った・・利休、本能寺へ急げ。まだ間に合うかも知れん。
利休:それは、もしや?・・・・・・ごめん。
NA:利休は夜明けの町を本能寺へと駆け出しました。
利休:上様!
NA:武装した兵士が既に街の辻々を塞いでいます。利休はその旗印を確認しました。
利休:あれは水色桔梗の旗印、明智光秀の謀反であったか!
NA:そのとき、本能寺の方角に火の手が上がり、初夏の白んできた空を赤く染めたのです。
利休:信長様!

作・演出:岡田寧
出演:
 千利休⇒西東雅敏
 津田宗及⇒平塚蓮
 織田信長⇒忠津勇樹
 徳川家康⇒梅崎信一
 三好咲岩康長⇒遠藤圭介
 近衛前久⇒稲葉年哉
 ナレーション⇒大川原咲
選曲・効果:ショウ迫
音楽協力:H/MIX GALLERY・甘茶
スタジオ協力:スタッフ・アネックス
プロデューサー:富山真明
制作:株式会社PitPa

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