第一次アルマゲドン戦争(2)大狼の憤怒
総魔長アングロン率いるコーンの大軍はしりぞけられた。だが、第一次戦争の悲劇の幕はまだ閉じてはいない。
アルマゲドン封じ込め
衝突のきざしが現れたのは、渾沌との戦いが終結する数ヶ月前、異端審問庁の実行部隊が到着し、アルマゲドン防衛にあたっていたスペース・ウルフ戦団の長ローガン・グリムナーとの間で最初の会議が開かれたときであった。
グリムナーは過去の経験から、渾沌との戦いが終わった後、異端審問庁によって戦争の真実を隠蔽するための作戦が行われることは承知していた。しかしその上で、プロトコル通りの粛清は行わないよう、はっきりと言葉にしたのである。
一方、異端審問庁側からは、常々、スペース・ウルフたちが〈帝国〉の権威よりも自分たちの名誉規範や判断を重視する傾向にあることから、グリムナーの要求は甘ったれた姿勢か喧嘩を売る口実にしか見えなかったし、こうした反発はグリムナーのあからさまに尊大な態度によっても助長されていった。
事実このとき、ローガン・グリムナーは、渾沌の大軍の侵略にともに勇敢に戦いぬいた戦友として、アルマゲドンの兵士や住民たちにシンパシーを感じていた。もし惑星を救うために、この尊敬すべき人びとが「処理」されなければならないのなら、そんな星を救うことに価値はあるのか。そのため、グリムナーは戦争中も、強固な防衛陣を築き、グレイナイトを召喚することで、できるかぎりアルマゲドンの民間人が渾沌の実在に気づかぬように注意を払っていたのである。悪魔どもを絶対に大都市に近づかせないこの戦略は、スペースマリーンと人間の兵隊たちに極めて大きな犠牲を強いることになったのだが。
だが、異端審問庁の姿勢は揺るがなかった。アルマゲドンから誰かが脱出したことによって、外の星々に渾沌の穢れが漏出したときの損害に比べれば、比較的少数の〈帝国〉市民を処置することに何の疑問もなかったのだ。アルマゲドンの封じ込めは現地の異端審問官の多数決によって決し、全市民の不妊化と銀河全域に散在する強制労働キャンプへの移送を命じる指令が出されたのである。
アルマゲドンを滅ぼす〈究極浄化〉は、その工業力を考えれば問題外であった以上、勇敢なアルマゲドン鋼鉄兵団と惑星防衛軍の人員も含めた全人口への処理は不可避だった。
狼たちの抵抗
ゲスメイ・キスナロス大審問官は、現場責任者として〈帝国〉海軍の戦艦〈コレルの希望〉を徴用し、アルマゲドン封じ込め作戦の総指揮を執った。彼の姿勢は異端審問官らしく現実的で数字至上のものだった。すなわち、数十億人を渾沌汚染の疑いで全員抹殺するよりも、数百万人を不妊化または処刑するほうがマシだと考えていたのである。
こうして、戦争が終結間近となると、グリムナーの抗議を押し切って、封じ込めの第一段階が実施に移された。異端審問庁のテンペストゥス特殊部隊は、集合都市の全住民を「一時的な避難」として収容所に連行し、「ワクチン接種」と称して不妊化処置を行った。アングロン退去後の掃討作戦に従事した百万人以上の惑星防衛軍兵士もまた「別命あるまで」兵舎で待機するよう命じられた。
スペース・ウルフたちの人数は、十万人を数える異端審問庁の兵隊に比べればごく少数だったので、惑星地表で大きな混乱は起こらなかった。しかし宇宙空間では話が違っていた。
スペース・ウルフ艦隊は16隻の強力な戦闘巡洋艦を擁し、異端審問庁の12隻を上回っていた。ローガン・グリムナーは、アルマゲドンの兵士と民間人を輸送船に乗せて星系のジャンプ・ポイントまで護衛し、封じ込めから脱出されることを企図していた。
こうして脱出をはかった最初の輸送船が〈イルマータのトライデント〉だった。惑星防衛軍兵士と民間人を乗せたこの船は、スペース・ウルフのフリゲート艦〈ルーンの炎〉に護衛されてジャンプ・ポイントに向かったが、グレイナイトのフリゲート艦〈カラベラ〉がこれをインターセプトし、撃沈した。乗船していた40万人は全員死亡した。スペース・ウルフ艦は発砲したグレイナイト艦に反撃しなかった。グリムナーは異端審問庁の本気度をはかったのだが、大きな見込み違いとなった。
この事件の後、グリムナーは残る19隻の輸送船の一斉発進を命じた。護衛するスペース・ウルフ艦には、異端審問庁艦から輸送船を身を以てかばい、決して反撃しないように指示した。この作戦によって、一部の輸送船は星系のジャンプ・ポイントに到達することに成功した。
キスナロス審問官はグリムナーを説得しようとしたが、話し合いは侮辱と脅迫の応酬に堕したため、彼は自艦隊に、じゃまをするスペース・ウルフ艦もろとも輸送船を撃沈するよう命令をくだした。
だが、この〈帝国〉軍どうしの艦隊戦が始まったところで、スペース・ウルフの巨艦〈ギルファーヘイム〉が星系に到着し、圧倒的な戦力で異端審問庁軍の優位に立った。勝ち誇ったグリムナーはキスナロスに攻撃停止を要求。大審問官は承知せざるをえなかった。こうして、生き残った輸送船はアルマゲドン星系からの離脱に成功したのである。
粛清作戦
渾沌との戦いの目撃者を乗せた数隻の輸送船が、アルマゲドン星系を脱出したため、異端審問官は作戦を拡大しなければならなくなった。輸送船およびそれを護衛するスペース・ウルフ艦だけではなく、アルマゲドンからの脱出者と接触した全ての人、施設、惑星はそれがほんの短期間であっても、異端審問庁による「浄化」の対象となったのである。
キスナロス大審問官は複数の星区におよぶ権限と無制限の行動の自由を有していた。彼の麾下の軍隊ははるか遠くまで脱出者を追跡し、不運にもアルマゲドンの生存者と接触したあらゆるものに文字通り、死の雨を降らせていった。戦艦〈コレルの希望〉によってウイルス爆弾攻撃を受けた惑星タイブルトをはじめ(この星の軌道施設に、アルマゲドンからの輸送船が一時的に補給に立ち寄ったのである)、いくつもの惑星が〈究極浄化〉の目標となって滅び去った。
こうした封じ込め作戦には、グレイナイト第八騎士団の旗艦〈夜明けの火〉が、ジョロス騎士団長の指揮下で参加していた。ジョロス卿はキスナロスの艦隊に所属するグレイナイト部隊を率いていた。そして、スペース・ウルフへの対応について大審問官にアドバイスする立場であった。キスナロスはスペースマリーンとの交流経験が乏しかったからである。
ジョロスはキスナロスに、スペース・ウルフに対しては強さと大胆さを強調しなければならないと忠告した。圧倒的な力と揺るがぬ目的意識、それが鍵であると。キスナロスはそのアドバイスに従った。
一方、スペース・ウルフはグリムナーの命令にしたがって、異端審問庁の追撃回避に専念していた。封じ込め艦隊に何度か負けはしたものの、輸送船をその乗員を遠く離れた星々に安全に散らばらせることに成功したのである。
動揺
やがて、異端審問庁の封じ込め艦隊の内部では、「浄化」の範囲と規模、そしてスペース・ウルフに対する攻撃に対して反対論が高まっていった。一部の異端審問官は粛清当初から反対しており、アルマゲドンで開かれた会議でもますますその声は強まっていた。そうした審問官の代表者が惑星フェンリス出身の〈鉄槌の団〉審問官アニス・ヤールスドッティルであった。麾下のグレイナイトも、自分たちがディーモン討滅ではなく、民間人虐殺の道具として用いられていることに不満を抱いていた。この粛清作戦全体を〈恥辱の月々〉と呼ぶようになったのは、他ならぬグレイナイトたちである。
たとえその判断が誤っていたとしても、ローガン・グリムナーが決してスペース・ウルフたちに反撃させなかったことも、状況を悪化させた。高い倫理を保っているのはいったいどちらなのか?
キスナロス大審問官の超然として謎めいた姿勢も悪い方向にはたらいた。自身も秘密主義である彼は、特定の〈団〉に属さない独立活動の審問官であり、その過去について信頼できる証拠は何も明かされていなかった。また、他の大審問官とはちがって、従者や召使いを利用せず、自分だけで行動することも、同僚たちから不可解と見なされていた。また、若返り治療によって20代の若者のような姿をしていたことは、反対派からの敬意を勝ちとるには不利だった。そんなキスナロスが絶対権力をふるい、動揺も妥協も許さなかったのである。
破綻
封じ込め作戦がはじまって五ヶ月が経過したが、その犠牲は増大し、効果も薄れ、終息のめどは立たなかった。グレイナイトの騎士団長ジョロス卿はこの状況を打破するため、異端審問庁にローガン・グリムナー捕獲を提案した。リーダーが捕まればスペース・ウルフたちも屈服するというこの作戦に、キスナロスは同意した。こうしてジョロスはグリムナーとの会見を求め、グリムナーも惑星ハイカランで武器と盾を下ろして話し合うことを了承した。
だが、キスナロスのスペース・ウルフへの不信感は誰も想像していなかったものだった。彼はスペース・ウルフからの奇襲を疑ったのだ。異端審問庁の封じ込め艦隊はハイカランに急行。そして、グリムナーの旗艦〈スクラマサクス〉が4隻の護衛艦とともに現実空間に出現すると同時に、審問庁艦隊は砲撃を開始した。4隻の護衛艦は乗員もろとも撃沈され、〈スクラマサクス〉も大破した。その上で、キスナロスはグリムナーに降伏と争いの終結、スペース・ウルフの服従を要求したのである。
グリムナーは同意した、あるいは同意したふりをした。彼と3人のウルフガードはグレイナイト艦〈夜明けの火〉に向かった。そこにはキスナロスが配下とともに待ち構えており、ジョロス卿率いるグレイナイトたちも控えていた。やってきたグリムナーに対して、キスナロスはこの会談破約の理由を説明し、スペース・ウルフに平穏な降伏を求めた。そして、もし降伏しなければ戦団全体の破滅を招くと。
異端審問官は間違っていた。グリムナーは降伏したり捕虜になったりするために来たのではなかったのだ。彼が来たのはただ「神聖な休戦の誓い」を破った張本人を見つけるためだった。怒れる〈大狼〉の前で、ジョロス卿は沈痛な面持ちで、スペース・ウルフ艦への発砲命令を下したことを認めた。
次の瞬間、ジョロスの首は宙を舞っていた。
異端審問庁部隊はグリムナーを射殺しようとしたが、キスナロスはそれを止めると、首を失った騎士団長の遺骸の前で、再び〈大狼〉に屈服を求め、脅迫した。グリムナーは動じなかった。審問官を蔑み、彼に従わなければならないグレイナイトに同情した。
グレイナイトたちはテレポートによるスペース・ウルフたちの脱出を防ごうとサイキックの盾を張り巡らしたが、四人の制裁長が瞬時にスペース・ウルフたちによって殺害され、グリムナー一行は〈スクラマサクス〉への転移に成功した。
キスナロス大審問官は、この惨事と狼たちのあまりの不可解さに茫然とし、大破した旗艦とスペースマリーンたちの逃走を妨げることができなかった。
〈帝国〉軍どうしが殺しあう悲劇はこうして始まった。
(つづく)
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