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面影

今年2月、Twitterのタイムラインを眺めていると、フォロー外の麻雀プロの1つのツイートが目に飛び込んで来た。

最高位戦日本プロ麻雀協会46期後期・佐伯菜子。彼女の存在は随分前から認識してはいた。アマチュア時代、「真島ちゃん」という愛称で界隈では有名な方だった。ただ、麻雀界には名の知れたアマチュア女性がそれなりに居るため、特に強く印象に残る存在では無く、プロ入りした際も、よくある話だとしか思っていなかった。


その後、推し活コーディネーターを名乗る友人Cから彼女の話を聞くようになった。数多くの麻雀プロに接してきた彼が、今まで会って来たプロの中で一番性格が良いと太鼓判を押していた。人柄を重視する彼にそこまで言わせる人なのかと感嘆していた所でこのツイートを目撃した私はいいねを押し、彼女をフォローすることにした。

この時、私の頭の中には若き日の魚谷侑未が浮かんでいた。女流桜花獲得後、多くのメディア対局に出演するようになった彼女は、その度に容姿に対する誹謗中傷を受けていた。匿名掲示板だけでは無く、動画サイトのコメント欄等にも心無い言葉が書き込まれ、私はそれを目撃する度に、ファンとして心を痛めたのだった。

ただ私は彼女が一目で分かるような美貌を持った女性であったならば、決して今日の様な成功を収める事は出来なかっただろうと考えている。

ゆーみんが駆け出しの若手プロだった当時、プロ連盟は二階堂亜樹、二階堂瑠美、宮内こずえ、和泉由希子の「連盟女流四天王」の全盛時代だった。その後を継げる様な次代の若手プロを売り出そうという動きがある中で、そこに指名されたのは白河雪菜、中山奈々美であり、数年遅れてそこに高宮まりが加わる。皆容姿端麗で、抜群のスタイルを持つ者ばかりだった。麻雀での実績が無くとも彼女達にはメディアへの出演の機会が与えられ、多くのファンを獲得していた。その様なエリート枠に魚谷侑未は入る事は出来なかったのだ。


勝たなければ、自分には価値が無い。見た目で勝負出来ない以上、結果を残さなければ、この世界で生き残る事は出来ない。この覚悟が、勝利への飢えこそが、彼女の努力の原動力となり、トッププロへの道筋を作ったのだと私は思っている。

麻雀から一歩離れたファンサービスも同様だ。彼女は応援してくれる人、自分を気にかけてくれる人全てを大切にしていた。私が彼女の存在を知ったのはブログがきっかけだったが、遠く離れた場所にいる顔も分からない私のコメントにも常に丁寧に、誠実に対応してくれた。定型文の様な無機質な返信をもらった事は一度たりとも無く、彼女とのやり取りは常に有意義な物だった。その事に対する感謝を14年経った今も私は忘れてはいない。

ゆーみんのファンサービスの素晴らしさを象徴する1つの写真がある。


エレベーターのドアが閉まり、相手の顔が見えなくなるまで頭を下げ続ける姿に、彼女のファンに対する感謝の念を強く感じる事が出来る。ゲスト活動をするプロは皆すべからく来店してくれたファンに対して同様の思いを持ってはいるだろう。しかし、その心の中の有り難いという感情を言葉や行動で示す事が出来るかどうかで、ファンの心は近付きもすれば、離れもする。彼女の優れた点は相手の心にその気持ちをきちんと届けられる所だ。

更にもう1つエピソードを紹介したい。現在最高位戦のA1リーグに所属する牧野伸彦プロが彼女のゲスト先を訪れた際の話だ。同卓希望を出したものの、それが叶わずに帰ろうとした彼にゆーみんはわざわざ手紙を渡し、「同卓出来なくてごめんね」というメッセージを送ったという逸話が最高位戦の「FACES」にて紹介されていた。自分の為にお金や時間を使ってくれる人に対して誠意を尽くす。ファンを決して片思いにさせない。魚谷侑未が多くの麻雀ファンに愛される大きな理由である。

近年ではネットリテラシーの向上もあり、容姿に対する中傷は減り、SNSを含め、彼女に対して「カワイイ」という声を掛けてくれる人が増えた。きっとこれまで心無い言葉に沢山傷付つけられてきただろう。その傷が温かい言葉によって癒やされているならば、ファンとしてとても嬉しく思う。


翻って、佐伯菜子プロである。彼女もまたゆーみんと同様にファンをとても大切にする方だという印象を受ける。否、ファンに限った事では無い。プロ仲間を含め、彼女を悪く言う話を聞いたことが無く、皆一様に人柄の良さを絶賛する。

プロ麻雀の世界ではこういった話を時折耳にする事がある。飯田正人、水巻渉、滝沢和典等がその代表的な例だろう。しかし、男性よりも同性への嫉妬心が強いという事なのか、女流プロに関して言えば、この手の話が表に出て来るのはとても稀だ。明るく前向きで、ユーモアが有り、聡明でとても優しい。彼女のそんな人物像が想起される。

つい先日、私が彼女にとても感心した出来事があった。リーグ戦での昇級報告をTwitterで行うと、祝福のリプライが何十件と届いていたが、その一つ一つにとても丁寧な返信をしていたのだ。通常シンプルに「おめでとうございます」とだけ告げるリプライに対しては「ありがとうございます」という一言に絵文字を付けて終わらせるのが普通である。ところが彼女はお礼の言葉以外にも必ず一言付け加えていた。しかも、一人ひとり別の文言で。

機械的にこなすのではなく、時間や手間を惜しまず、極めて自然に相手の心に言葉を届けようとする姿に、私は魚谷侑未の面影を見た。

勿論二人は全く別の人間である。所属団体も違えば、麻雀界での立ち位置も麻雀プロとしてのベクトルも異なるだろう。ひたすらプレイヤーとしての成功を目指した魚谷侑未に対し、佐伯菜子は実況者としての地位確立にも励んでいる。

若手プロを応援するファンの多くは、その人がいずれ麻雀界のスタープレイヤーになる事を夢見て声援を送る。実況者との二足の草鞋でそこに到達するのは極めて困難な道のりではある。しかし私は経験則として、ファンの心に言葉を届けられる人、感謝の気持ちや謙虚さを忘れず、人に見込まれたらベストを尽くすという姿勢を持つ人を応援する事は、麻雀ファンとして大きな喜びとなる事を知っている。

無論、麻雀プロの本分は麻雀だ。どんなに人柄が良くても、麻雀ファンに上質な闘牌、感動や感銘を与える事が出来なければ、多くの人から支持を集める事は出来ない。その土俵に立つ為には結果を出し、メディアに出演する必要がある。口で言う程簡単な事では無い。そこを目指す過程の中で、心が折れそうになる事もあるだろう。しかし、忘れないで頂きたいのは麻雀ファンは何も結果だけを見てプロを判断するわけでないという事だ。麻雀に取り組む姿勢、最終的にはその人の持つパーソナリティに惹かれて声援を送るのだ。

その点において、佐伯菜子プロには多くの人から支持される極めて魅力的なパーソナリティがあると感じている。

これから先にも言葉によって傷付けられる事はきっとあるだろう。それでも麻雀を愛し、ファンに誠実であろうとする彼女のプロ生活が、ゆーみん同様、麻雀ファンからの沢山の愛に包まれる事を願っている。

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