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夢の国

人混みが苦手だ。列をなして待つ事が苦手だ。長距離の移動も苦手だ。人に話して驚かれた事があるのだが、私はこの国で最も有名なテーマパークである東京ディズニーランドに行った事が無い。どれ程魅力的だと力説されても苦手の三重奏を伴う場所に足を運ぶ気にはなれない。そもそもが極度の面倒臭がり屋だ。目的の場所に辿り着くまでの労力やそこで受ける事になるであろうストレスを想像してしまい、それが私から行動力を奪っていく。

そんな私が唯一長い移動距離を乗り越えて会いに行く人がいる。それは勿論ぴっぴこと梶田琴理プロだ。


元々私にとって麻雀プロとは画面の中の人だった。自分の暮らす地域の麻雀店にゲストが来るという事が皆無である為、麻雀プロに会いに行くという発想すら持っていなかった。ぴっぴのファンになってから、ファン仲間の方にお誘いを受けた時、私にとってそれは青天の霹靂で、初めての経験に踏み出すには決して少なくはない勇気が必要だった。

彼女に初めて会ったのは都内の麻雀エースという雀荘。生のぴっぴを見た時の衝撃を今でも覚えている。当時はまだコロナ禍で、マスクを着用していたが、それでも彼女の持つ空気感は十分に私に伝播した。とても穏やかで、優しい人である事を一瞬で理解した。それは映像や写真では決して感じることの出来ない種類のモノだった。


この日彼女と麻雀を打ち、帰路につく私には大きな心残りがあった。行く前から想定していた事ではあったが、思う様に話す時間が取れなかったのだ。伝えたい事を伝えられぬまま帰る事に寂しさを感じ、それから私は彼女に会う時は話す時間を確保出来る麻雀BARを選ぶようになった。

都内にある麻雀BARは想像していたよりもとても狭くこじんまりとしており、これといった装飾も無い。でも私にはそれで十分だった。広大なスペースや派手なショーも必要ない。ミッキーやミニーが居なくても、ぴっぴさえ居てくれればそこは私の夢の国。


昨年の10月、彼女が女流Bリーグへと上がり、競技生活初の昇級を果たした翌日、小岩にある麻雀BARへお祝いに駆け付けた。私が彼女に会いに行く時は大概店内は賑わっているのだが、この日は珍しくお客さんが少なかった。同席してくれたファン仲間の友人が次の予定の為に退店すると、店内の客は私1人になった。

彼女も心得たもので、私がどういうタイプのファンであるかを理解してくれている。典型的な麻雀馬鹿タイプのファンである私に、前日のリーグ戦の内容を事細かに話してくれた。首位になればプレーオフへの出場権が得られるという状況でその争いに自らのミスで敗れた事をとても悔しがっていた。彼女にとっては長い苦難の時間を乗り越えての初めての昇級だ。その事に安堵しているのではないかと思っていたが、それを上回るほどに悔しさを感じており、反省ばかりを口にしていた。もっともっと上を見ている事が自然と伝わってきた。私はそれがとても嬉しくて、彼女のファンになって良かったなと強く感じ入っていた。

入店から凡そ2時間が経過した後、私は店を後にする事にした。店内に他の客が入って来たのでノーゲストの心配は無くなった。御役御免だ。駅までの道すがら、彼女と過ごした時間を反芻していた。店内にいる際、私は彼女のグラスの空き具合を気にしながら話をしていたが、この日彼女はあまりお酒を飲まなかった。それまで彼女のバーゲストに赴いた際にはもっと早いペースで飲んでいたので、体調でも悪いのかなと考えていた。

ただ、そこで私はふと気付いた。

麻雀BARでは客がゲストにお酒をご馳走するのが慣例となっている。店内が人で溢れていれば、その中の誰かが一杯飲みなよと声を掛けてくれる。しかし、この時は私1人だった。彼女のグラスが空になれば、次のドリンクを入れる役目は言い方は悪いが半強制的に私という事になる。彼女は私が遠くから会いに来ていることを知っている。きっと彼女はそんな私に次々とお酒を入れさせるのは申し訳無いと考え、とてもとてもゆっくりとお酒を飲んでいたのだな、と。


なんて優しい人なのだろう。


初昇級の翌日にも関わらず、思ったように集客が出来なかった。次のオファーに繋げる為にも少しでも売り上げを上げたい所だろう。それでも保身に走る事無く、私を案じてくれた。彼女が過去に書いたnoteを読むと、人様にお金を使って頂く事をとても重く受け止めている事が分かる。良く言えばとても優しいし、悪く言えば商売下手だ。ファン仲間の友人達からも話を聞くが、彼女の方から何日にあそこのお店に来てほしいなどという営業を掛けられる事は皆無に等しいようだ。

私はそんな控え目で優しいぴっぴがとても好きだけれど、時々とても心配になる。

ゲスト先で思ったように集客出来なかった後、きっと彼女は物思いにふけ、自己肯定感が下がってしまっているのではないか。勿論これはぴっぴに限った事では無い。ゲスト活動をしているプロは日々自分の麻雀プロとしての価値を突きつけられる。会いに来てくれるファンが少ない時、オファーをくれたお店に対して申し訳無さを感じ、自分がとても無価値な人間に思えてしまう事もあるだろう。

麻雀プロはプロという冠が付いてはいるが、麻雀を見せる事で生活が成り立つのはごく一部のトッププロだけ。Mリーガーでも無い若手女流プロを支えるのは日々のゲスト活動だ。集客アップを期待されてオファーを受け、様々な場所へと飛び回る。当然客を集める事が出来なければ、仕事は切られてしまう。

私がぴっぴに会いに行く最大の理由はそこにある。本当に微力ではあるけれど、プロ活動に貢献したい。ほんの少しでも良いから彼女の心から不安を取り除きたい。

先月、数ヶ月振りに彼女に会いに行った。店に入って来た私に気付くと、彼女は嬉しそうな表情で「あーー!」と声を上げた。自分が会いに来た事を喜んでくれている。これは麻雀プロを応援するファンにとって、最も幸福な瞬間の1つだろう。

この日は平日で、別の麻雀BARにシンデレラファイトを優勝したばかりで時の人である新榮有理プロがゲストに入っていた。もしかしたらお客さんが少なくて困っているのではないかと思い、私は急遽ぴっぴに会いに行く事にした。その旨を話すと、やはり彼女自身もとても不安だった様だ。実際には店内は客で溢れており、彼女は心底ホッとしていた。その様子を見た時、常に不安を抱えながらゲスト活動をしているのだと痛切に感じる事となった。

1時間半程経った後、会計を済ませ店を後にしようとすると、彼女が店の外まで見送りに来てくれた。シンデレラファイトの前に私が書いたnoteを読んでゲスト先に会いに来てくれた方がいた事、店内にも読んでくれた方が複数居たけれど、私が筆者であることを明かして良いか分からなかったので黙っていた事を教えてくれた。

そして本当はこの日では無く、翌月の麻雀BARウォッチの初ゲストに行くつもりだった事を店内で話していた為、「次は29日かな?」と言ってきた。彼女が私に次の来店をせがむのは初めての事だった。私は内心驚きながら、「会いたい?」と水を向けると、ぴっぴは満面の笑顔で「もちろん!!」と答えた。

これが彼女のファンになってから最も幸せな瞬間だった。


今私はこの文章を東京から帰る電車の中で書いている。ぴっぴのリクエストに応え、ウォッチの初ゲストに足を運んで来た帰り道だ。私が店内に入った時には既に先客がおり、その後も次々と人が入って来た。きっと彼女は安堵している事だろう。

それでもまた次の日から、不安な日々をきっと送るのだと思う。

だから今この記事を読んでくれているあなたにお願いがある。


ぴっぴに会いに行ってくれませんか?


漠然といつか会ってみたいと思っている方はその未定となっている予定に日付を入れてはくれませんか?


ぴっぴと麻雀で真剣勝負がしたいという方はは雀荘へ。私と同様に沢山話がしたいという方は麻雀BARへ。きっと彼女は優しい笑顔であなたを迎え入れてくれます。

そして出来ることならば、その後もぴっぴを応援して下さい。

ぴっぴのファンになった時、あなたはいずれ気が付くはず。

彼女を事を考えている時、自分がとても優しい気持ちになっている事に。

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