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狂おしいほどに

漫才の歴史はダウンタウン以前、ダウンタウン以後に分けられるという。

エンタツ・アチャコから始まった日本のスタンドアップコメディは1980年代初頭の漫才ブームの到来によってピークを迎える。中でもB&B、ツービート、紳助・竜介が織り成すハイテンポな16ビートの話芸を大衆は支持し、彼等は我が世の春を謳歌していた。

しかし、ブームには必ず終焉がある。THE MANZAIの舞台から降りた後、ビートたけしは島田紳助に「ツービートは駄目だ。ツービートはもう駄目だよ。漫才は紳竜に任せるよ」と漏らし、自分達の時代が終わる事を悟っていた。そしてそこから間を置くことなく、島田紳助も同じ気付きを得る事となる。漫才師としての死に場所を探していた彼は舞台袖から観た無名の若手コンビの漫才に衝撃を受け、その日の内に吉本興業本社へと出向き、社長に紳助・竜介の解散を申し入れる。

ダウンタウンだった。

漫才ブームで隆盛を極めたハイテンポな漫才とは対極的な4ビートのゆったりとした独特の話芸。松本人志の天才的な発想力に戦慄し、こんな物と比べられたら自分は芸能界で生き残って行けないと即断即決したのだ。栴檀は双葉より芳し。彼等は最初から圧倒的な光を放っていた。

そこからのダウンタウンの活躍については周知の通りだ。漫才の歴史を変えた彼等は日本のお笑いそのものを変え、後に続く後輩達は皆二人に憧れ、その背中を追い掛けた。


プロ麻雀界にも同様の事象がある。

この世界を生きる女性達の歴史は魚谷侑未以前、魚谷侑未以後に分けられる。

2000年代から2012年にニコニコ生放送をプラットフォームにプロ連盟が独自のチャンネルを開設するまでの期間、プロ麻雀の放送対局は単発企画とモンド21で行われている各種タイトル戦だった。そこに出場する女性選手達に何より求められたモノ。それは雀力よりも美しさだった。

当時の女性選手達の麻雀ファンからの評価は著しく低く、コメント欄や匿名掲示板にはその麻雀に対し様々な罵詈雑言が書き込まれていた。曰く、女流の麻雀など観るに値しない。曰く、麻雀プロなど会費を払ってリーグ戦をやっているだけの単なるサークル会員だ。麻雀に期待などせず、カワイイ顔を眺めていれば良いと言わんばかりの有り様だった。

その潮流が一人の選手の登場によって食い止められる。


魚谷侑未だ。

2012年に開催された第6期女流桜花決定戦で初タイトルを獲得すると、その後女流モンド杯、モンド王座と立て続けにタイトルを奪取し、彼女の名は瞬く間に麻雀ファンに浸透して行く。

特筆すべきはその雀風だった。プロ連盟初代会長であるミスター麻雀小島武夫の流れを汲む伝統的な門前主体高打点の麻雀とは一線を画す現代的な副露を多用したそのスタイルは、当時の女流プロの中にあって革新的であると同時に異端でもあった。結果を残せなければ内外から非難を浴びる事は明白でありながら、自分が正しいと信じる麻雀を貫き、ひたすらに結果を出し続ける事で周囲を黙らせたのだ。

「魚谷はガチ」

女流に手厳しい評価を与えてきた麻雀ファン達が口を揃えて彼女を認めた。

無論、彼女の登場によって全ての麻雀ファンが強い女流を支持する様になった訳では無い。しかし、麻雀プロを志す女性達に多大なる影響を与える事となる。

プロ連盟のテストを受験する女性達に誰に憧れているかを尋ねると、一昔前は二階堂姉妹が最も多かったと言う。それが現在では魚谷侑未に代わっているという事が姉妹の「るみあきchannel」の動画内で本人達の口から語られている。

見た目の華やかさやタレント性では無く、純粋に雀力や結果で評価されたいと願う選手達が増えて来たという証左だ。麻雀プロの数は年々増え続け、女性であるというだけで価値があった時代はとうの昔に通り過ぎた。人より少々麗しい程度では最早アドバンテージにすらならず、芸能界から入って来た人間が何の実績も無いままお先に失礼と言わんばかりに横入りで放送対局に出演する。そんな時代を生き抜く為に必要なモノはやはり雀力なのだ。魚谷侑未の様に、結果を出す事で自身を証明するしか無い。突出した容姿の美しさを持たない女性達にとって、彼女は理想のモデルケースであり、希望の光なのだ。


間もなくМリーグの新たなシーズンが始まる。そこに魚谷侑未の姿は無い。大人の事情があった事は理解している。そこに悪者は誰も居ない事も知っている。だが敢えて言おう。

馬鹿げている、と。

彼女がこれまでに積み上げてきたモノの価値を、おそらく殆どのМリーグ視聴者が正しく理解していない。21-22シーズンMVPの瑞原明奈は言った。ゆーみんさんが居ないと私達誰もここに居る資格が無いと思ってしまうと。22-23シーズンMVP伊達朱里紗はその圧倒的なタイトル獲得実績から魚谷侑未を人間国宝と称した。伊達朱里紗が獲得したプロ団体主催の公式戦でのタイトルは桜蕾戦のみ。瑞原明奈は0だ。では魚谷侑未は?「11」だ。その内の6つが男女混合のタイトルだ。女性Мリーガー総勢12名がこれまでに獲得した男女混合のタイトル数は?たった1つだ。二階堂瑠美の麻雀グランプリMAXのみだ。だがそれが普通なのだ。タイトルというものはそう易々と手に入るモノでは無い。


野球ファンは大谷翔平のプレーをリアルタイムで観られる事が幸せだと言う。ボクシングファンは井上尚弥に、ゴルフファンは松山英樹に同様の称賛を贈る。何故か?それは彼らがそれぞれの競技において歴史的な人物である事を認識しているからだ。多井隆晴は自身のYouTubeチャンネルの配信の中で言った。魚谷よりも強い女流は今後出て来るかもしれないが、魚谷よりもタイトルを獲る選手は出て来ないと。つまり、そういう事だ。

魚谷侑未はプロ麻雀界において歴史的な選手なのだ。

トップアスリートの名前を連ねるのは大仰だと思う人も居るだろう。麻雀は運に左右されるゲームだ。タイトル数と雀力は必ずしも比例する訳では無い。しかしながら数百人は居る女流プロの中で他の追随を許さない圧倒的な結果を出しているというのもまた揺るぎない事実であり、プロ麻雀界のトップオブトップに君臨する男性選手達が軒並み彼女に高い評価を与えているのだ。

現代麻雀の教科書とも言うべき精緻な麻雀でファンを魅了する仲林圭はU-NEXTパイレーツ入団前、──つまりは何処かに忖度をする必要の無い状況で、女性Мリーガーで最も強いのは誰かという質問に対し、それは魚谷だと答え、更に魚谷よりも強い男性プロを探す方が難しいと語った。

現役最強に推す声も多い天才堀慎吾もまたKADOKAWAサクラナイツ入団前、プロ協会チャンネル「リモトーーク」の中でプロ麻雀界で最も強い女流に魚谷侑未の名を挙げ、彼女が転倒した際利き手である右腕を庇って顔面から着地したエピソードを語り、他の女流とは麻雀に対する心構えが違うと激賞した。

また、目の肥えた麻雀ファン達が女流No.1に推す声が最も多いのも魚谷侑未なのだ。

数多いる女流プロの中で、突出した結果を残し、これだけの称賛を与えられる選手が他に存在するだろうか?Мリーグは「ほんの一握りのトッププロだけが出場出来るナショナルリーグ」を謳っている。そして男女混成のチーム作りが義務付けられている。歴史的女性選手である魚谷侑未の姿がそこに無い事に違和感を感じるなというのは土台無理な話だ。


ここで1つ断っておく。ここまでの話を私は彼女のファンとしてでは無く、1人のプロ麻雀ファンとして書いている。プロ麻雀界の未来の為に、魚谷侑未は早急にこの舞台に戻らなければならない。誰よりも結果を出した人間がこの舞台に立てなければ、後に続く後輩達は夢も希望も無くなってしまうからだ。あの魚谷さんですら戻れないならば、自分がМリーガーなど到底無理だ。そう思わせてはいけない。研鑽を重ね、結果を出せば、いつか自分もあの舞台に。そう思わせなければならない。芸能人や圧倒的な美貌を持った選手のみが立てる舞台になってしまったならば、練習に励み、座学を重ね、高みを目指している者達の麻雀に対する努力や情熱は一体どこへ消えてしまうのだ?勿論Мリーグはプロ麻雀の全てでは無い。しかしその他のコンテンツとは比較にならない程の視聴数や注目度があり、この場に立つ事は麻雀プロにとって大きな大きなステータスなのだ。その道への希望を断つ様な事があってはならない。


何故多くの後輩達が魚谷侑未に憧れ、又敬意を払うのか。それは単純に最多タイトルホルダーだからでは無い。彼女は付加価値によって多くのチャンスを与えられて出来た作られたスターでは無く、正真正銘の叩き上げのトッププロだからだ。無名時代故郷新潟から単身愛知へと渡り、現U-NEXTパイレーツ鈴木優が店長を務める店で本走1番手でひたすら麻雀を打ち続け、卓から抜ければ後ろ見をしてメモを取り、休日には他店で麻雀を打ち、或いは競技セットを組み、空いた時間にはプロとしての自身を売り込むべく、ブログやmixiも積極的に更新した。麻雀プロとして成功する為に全てを注ぎ込んだのだ。

例え天才じゃなくても、飛び抜けて美しくなくても、麻雀に懸命に取り組めばこの世界で成功出来る。そう彼女は後輩達に示して来たのだ。麻雀プロの本分は麻雀であると証明し、付加価値に抗い、雀力で全てを蹂躙し、女流プロの歴史を変えてきたのだ。

より多くの人に観てもらう為に、熱狂を外に広める為に、知名度や付加価値を持った選手が必要である事は重々承知している。しかしそれらを差し引いても尚、魚谷侑未は欠かすことの出来ない重要なピースのはずだ。麻雀プロが麻雀のプロフェッショナルである事を示す為に、麻雀が老若男女が対等に戦えるゲームである事を広める為に、ほんの一握りのトッププロだけが出場出来るというМリーグのブランドイメージを維持する為に彼女以上の適任者は居ないはずだ。


新シーズンを外から眺め、解説席へと座った後、きっと彼女の心には途轍もない悔しさが去来する。彼女は今更何かを証明しなければならない立場では無い。それでも、何故私はそちら側に居ないのだ?必ず戻ってみせる。そう決意し、変わる事無く勝利に飢え続けるだろう。

そして私はファンとして魚谷侑未の居ないМリーグに虚無感を感じ、嘆き、ユニフォームを着て戦う彼女が恋しくなるだろう。


狂おしいほどに。

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