![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/72791157/rectangle_large_type_2_6b1397721d3ed5274494b77826a3918c.jpeg?width=800)
永世六段、ぴっぴに逢う
「したことに対する後悔よりもしなかった事に対する後悔の方がずっと大きい」
10代の頃に読んだ本にそう書いてあった。自分はとても慎重、いや臆病な性格だ。19字無しのとんだタンヤオ野郎と言っていい。人生の中で幾度となくしなかった事に対する後悔をしてきた。
天候や気温、それら以外にも色々な事に振り回される仕事をしていて、前日、社長から突如翌日を休みにすると通告される。Twitterを開き、梶田琴理さんのスケジュールを確認する。「ニュージェネリーグゲスト 17:00-23:00」。続いて3月分までのスケジュールも同時にチェックする。どうやら日程と場所を考慮すると、現実的なのはこの日しか無いようだ。
しばし逡巡する。これを逃したら次がいつになるか分からない。行かない理由を探せばいくらでもあった。コロナウイルス、しばらくリアル麻雀から離れていること、行ったところで同卓できるかどうか全く不明なこと。またいつもの弱気の虫が顔を出す。
ずっと考えていた。梶田さんのプロ活動に貢献したいけれど、いざ会ってみたらがっかりされてしまうんではないかと。ネット上では優しく接してもらうけれど、本当は迷惑な存在なのではないかと。
2日程前、ロードモバイルというゲームのチャット欄で梶田さんを含めギルドメンバーと話す機会があった。そこで彼女は「永世さんもいつか来てくれるといいな」と言ってくれた。この言葉が自分の背中を押した。もしかしたら唯の社交辞令なのかもしれない。でもこの言葉を信じてみようと思った。
起床後、洗面所に行って鏡に映る自分を見る。今からこのツラを下げて、会いに行くのか。小さく溜息をつく。神様今日だけ菅田将暉にしてくれませんか。別にお見合いに行くわけではない。麻雀をしに行くだけだ。不安だらけの自分に自信を持てる要素が少しでも欲しかったが、どうやら神様もこの日はお休みのようだった。
出発時間が間近に迫っても、不安は一向に無くならない。しかし、もう迷っている時間はない。玄関の扉を開けて外に出る。ポケットにありったけの勇気を詰めて。
車を走らせ、駅へと向かう。東京行きの電車に乗り、車内でこれから向かう麻雀エースの情報を探す。どうやら17時までは麻将連合の道場が開催されているらしい。そのままμのホームページへ行き、道場の案内を閲覧する。様々な場所で行われているらしく、それぞれに特徴が書いてある。しかし、そこに載っている「初心者歓迎」の文字が、これから向かう場所には記載されていない。リアル麻雀に長いブランクがある自分にとっての心の拠り所が消滅する。
気付けば電車は都内に入っていた。乗り換えの為に降車した駅のベンチに座り、途方に暮れる。本当に行っていいのか。同卓者の方に迷惑をかけてしまうんじゃないか。引き返したい気持ちが湧き上がってくる。
その心持ちをツイートとした所、いつも良くして下さる国士の岡田さん、そしてちあさんが、大丈夫何とかなると励ましてくれた。迷いを振り切るように山手線の電車に乗る。こうなったら行くしかない。
電車を乗り継ぎ、最寄りの春日駅に到着。ニュージェネリーグ開催時刻よりも早目に到着した為、隣にあるパチンコ店で岡田さんと待ち合わせることに。
お会いした岡田さんからニュージェネリーグに関して懇切丁寧な説明を受け、いざ店内へ。
初めにお店の方からルールを含め様々な説明を受ける。その後ちあさんとも対面を果たし、心が少し落ち着く。全方位をアウェーに感じる心配が無くなったのは本当に有り難かった。
リーグ戦ということで選手名を書く必要があると分かり、そこで自分は「永世」と記入する。本名を書く事も頭に過ぎったが、永世六段という存在が無ければここに来ることは無かったし、今更誤魔化しても仕方無い。
全ての準備が終わり、開始時刻を待っていると、店の扉が開く音が聞こえる。梶田さんが到着したと岡田さんが教えてくれる。振り返る事が出来ない。むしろ出来るだけ自分の存在に気付かないでほしいとすら思っていた。
対局開始間際、お店の方から永世さんと名前を呼ばれる。直ぐ側にいる梶田さんの視線が自分の方向に向けられているのが分かった。
世界で一番会いたかった人が、今目の前にいる。
それなのに、視線を向けることが出来ない。一言で言えば「バツが悪い」からだ。これまでTwitter上で梶田さんに関するおかしなツイートばかりしてきた。その理由は以前記した通りだ。永世六段というキャラクターに飲み込まれた自分はいつしか止まれない回遊魚となり、道化を演じ続けた。その事に対する後ろめたさが視線を向けることを躊躇させた。
梶田さんからの視線に気付かないフリをしたまま、1回戦の卓に付く。同卓者は風林火山オーディションで一躍名を揚げた小沼プロ、そしてこの日カルタトリオとしてゲストに来ていた池田プロ、浜野プロの3人。
対局が始まると、新たな緊張感が襲って来る。相手を恐れている訳ではなく、ただただ迷惑をかけないようにしなくてはいけないという思いだけが頭を支配する。
するといきなり起家の小沼プロの国士無双が炸裂した。思わず笑いが込み上げる。変な話だが、自分は「持っている」なと思った。初めてプロの方と同卓して、いきなりこんなことが起こるなんて。これでとりあえずラスは無いだろうと気持ちが少し楽になった。
それでも、緊張していることに変わりは無く、手が思うように動かない。気持ちばかりが焦る。手出しを見逃す。鳴き忘れる。とにかく頭が回らない。それでも僥倖の和了を何度か重ね、なんとか1回戦は2位で終えることが出来た。同卓したプロの方々には本当に優しく接して頂けたので少し不安が和らいだ。とてもとても有り難かった。
そして2回戦。遂に梶田さんと同卓することになった。席に着くと否応なしに視線を向けられる。もう気付かないフリは出来ない。覚悟を決めて目を合わせる。すると彼女は来店したことに対してお礼を言ってくれた。気がする。
何故気がするなのかと言えば、最早頭が完全にフリーズ状態になっていたからだ。
それともう一つ、この日を迎えるにあたって自分に強く言い聞かせていたことがあった。
自分の中には溢れんばかりの思いがあるけれど、梶田さんの事が好きなのは自分だけではない。決してはしゃいでも、思い上がってもいけない。極めて冷静に簡潔に、会話をしなければならない。
今考えれば、その思いが強すぎたのかもしれない。客観的にみたら唯の素っ気ない人になっていた気がする。
対局が始まる。下家に梶田さんがいる。1回戦以上に手が動かない、頭が働かない、声が出ない。ここでも幸運によって2位を確保することが出来たが、対局終了後に点箱に戻す数が分からなくなるくらいにはパニック状態だった。ずっと待ち望んでいた時間はこうしてあっけなく終わってしまった。
3回戦も2位で終え、自分にとって最後となる4回戦目を迎える前に、次にどの卓に座るかを決めるカードを引くことになった。残り物にあったのは店名と同じエース。
それを岡田さんに伝えると、「じゃあ次も同卓ですね」と言われた。意味が分からなかった。一度同卓した岡田さんともう一度ということだろうか?いや違う。エース=1卓だ。そして梶田さんは1卓に固定のゲストプロだ。
もう一度一緒に打てる。喜びと緊張が再び訪れる。沢山の来客の中、梶田さんとの同卓が叶わなかった人もきっといたと思う。それなのに自分は2度も同卓出来る。近頃の天鳳の不調はこの日の為に運を貯めていたのではないかとすら思った。
対局が始まると最初の同卓時よりは幾分リラックス出来ている気がしたが、牌はついてこず、地蔵3着で終了する。
時刻は21時になろうとしていた。タイムリミットだ。荷物を纏め、エレベーターに向かおうとすると、梶田さんが来てくれて、天鳳の有効期限をプレゼントしたことへのお礼を言ってくれた。自分の中ではむしろそんなことしか出来なくて申し訳無いという気持ちだったが、ほんの少しでも彼女の役に立てたなら、こんなに嬉しい事はない。
扉を開き、店を出る際、梶田さんに向かって深々と頭を下げた。
ありがとうございました。今まで色々とごめんなさい。伝えたかったことの100分の1も伝えられなかった。だからこのお辞儀に全てを詰め込んだ。
エレベーターを降り、外に出る。一旦気持ちを落ち着かせる為に、隣のパチンコ店の休憩スペースの椅子に腰を掛ける。先客がいたが、すぐに居なくなった。
すると突然目に涙が浮かんできた。どういう感情なのか、自分でもよく分からなかった。やっと会えた事に対する安堵なのか、何も伝えられなかった後悔なのか、もっとちゃんと打てるようになってから来るべきだったという自責の念なのか。
永世六段としての全てが終わった、という寂しさなのか。
会う前はもしも梶田さんに会えた時は全部謝って、Twitterも天鳳もロードモバイルも全て辞めて、永世六段を葬り去ろうかとも考えていた。でも答えが見つからない。
だからまだ、さよならは言わないでおこうと思う。きっとこの迷いも梶田さんにまた会おうねと言われたらすぐに消し飛んでしまうものだと思うから。
それじゃぴっぴ またいつか
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?