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否定する権利が無い世界!(そこに気付こうね!)

誰かが何かを好きとします。
誰かが何かを嫌いとします。

それはそれぞれの御自由であるべきです!

しかし、現代はどうでしょう?

芸能人!
ブランド!
・・・・・・・・

嫌う者だけが否定されます!

きらいな食べ物は否定されません。
好きな食べ物は否定しても、存在を許されます。

それ以外は何かありますか?

否定しても許される物!

愛知県民はタイガースを否定しても許されますね。
大阪府民はジャイアンツを否定しても許されますね。

どうなっていますか?

「否定する権利」を持つ派閥だけが否定されない権利を有しています!

と、私がほざいたところで何の効力も発していません。

わざわざ書きませんが、理解できる人にだけ理解できると思います。

暴力、性差別、主義・・・・

否定できない物が多すぎます。

自分はそうは思わない!ですか?

誰か好きな芸能人を私に教えてください。

私はその人の「存在」自体を否定し、如何に醜悪で、如何に矮小で、如何に無価値か、如何に社会の悪なのか、如何にごみなのかを訴える事が出来るかもしれませんよ!

逆もまたしかりですね。

どうせ通じませんが書いておきます。

音楽を知る人は、クラッシック上がりでも他のジャンルを否定しません。
ただただ、
「私はクラッシックが好き!」と言うだけです。
「メタル」を否定したりしません。
「メタル」を知っている人は「POP」を否定しません。

ただ、「メタル」を知っている人が「POP」を聞いて、
「ああ、誰それのコードと誰それの歌詞をパクっただけだね!」
と言ったら「POP」しか知らない人が腹を立てるだけです。

まあ、認めたくないのでしょうね。

絵画でも戯曲でも同じことが起きます。


これね。


「解る人」を全て否定する仕組みです。

え?なんで?

って思いますか?

「金」が儲からないからですよ!

え?意味が解らない!

ですか?

いやぁあ。

経済ですから。


そういう事です。


はい。最後まで読んでくれた方、有難う御座います。
私は私の好きな物を好きと言い、嫌いな物を嫌いと言いたいだけです。

エキセントリックな生き物なので、好きも嫌いも否定される対象です。

「誰か」と一致する場合のみその嗜好は「許可」されます。

そうで無い物は全てにおいて権利が有りません。

私は若くて健康的な女性が大好きです。
でも、
ババ専を否定しません。
デブ専も否定しません。
ブス専も否定しません。
何ならスカも否定しません。
※印度の神話では女神の肛門から豊かな食物が供給されたとされています。
 ロリコンは一定年齢を下回る場合は否定します。
全ては個人の「主観」で良いのではないでしょうか?

現代は否定しない事で「否定されない定石」が多すぎてカオスです。

少しだけ、法律や医学と科学と数学と物理学を知っている人が「国産のドラマ」を否定したら親の仇の様に否定される世界は許容できません。

私はその作品の「クソ安い稚拙さ」を指摘しただけで、「それを好きな人」を一切否定してないんですけどね!

自分が否定されたように感じるんでしょうね。

そう言う人は「メロディアスメタル」を愛する私を否定するんですよね。
「こう言う音楽は嫌い!」と言えば良いだけなのに、「気が知れない!」と言ってくるんですよね。

例えばジャ〇ーズは国内では「正義」ですから。

こう言うタイミングで、こう思うのです。

「一度滅びるしかないのか!」

ってね。


では。

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