クリニッククロニクル

ある夜の帰り道。
思ったわけ、思っちゃったわけよ。
「あ、夜道を歩くムーディなイケてる自撮りチャンスじゃね?Instagramで#今日も仕事疲れたピッピだれかぁいやしておくれぇよぉんのチャンスじゃね?」
そうと決まればと顔と角度をキメる前に失敗して撮った写真が、もう、呆れるほどブス、快晴、快晴のブス、洗濯物もよく乾く、雨乞い続けて30年の不屈の村長が「あ、無理」と呟き、てるてる坊主が口から火を噴く、琵琶湖の水はたちまち蒸発、湖底に潜む伝説の大ナマズ秒でウェルダン、そんなシェフ泣かせのブス。

あちゃちゃ〜シェフ自信なくして田舎帰っちゃう〜店の存亡〜と思って写真消そうと思ってたら、
写っちゃってんのよ、写ってはいけないもんがさ、うしろに、いや、嫌な予感したんよ、霊感とかまったくないわけやけど、背筋に寒さが走る感じね。

デカデカと『肛門』の文字、肛門の看板がブス顔の横に
もうくっきりはっきり写っちゃってるわけ。
おい〜これじゃあInstagramにはのっけ蘭ねぇちゃん!って思ってよく見たら、それクリニックの看板だったのよ。

「胃腸科」
「内科」
「外科」
「リハビリ科」
「肛門科」
「眼科」
「皮フ科」
「美容部」

この看板の肛門科がちょうど顔の横に来てたってわけ。
でもそんなことより気になるのは一番下なのよ。
なに、一番下の美容部て、え、なに、美容部、部?

これは、いったいどういうことでしょう?
こういうことでしょう。

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とうとう彼女にも限界がきた、肛門科のホープと謳われた彼女も働き始めて三年。
彼女はもう耐えられなかった、石の上にも三年というが、知らないおじさんの肛門を見つづけることは石の上どころの騒ぎではなかったのだ。星の数ほどの肛門を目にし期待の星の輝きは完全に失われてしまった。

彼女は意を決して、仲良しの胃腸科女子に告白をした。

「アタシ、ビューティキャプテンになりたいねん」

訳は分からなかったが、ビューティキャプテンを目指すという肛門科女子の瞳はあの頃と同じ輝きを放っていた。
友人の夢を叶えてやりたい胃腸科女子は医院長に直談判。即却下。医院長は「ちょっとよく意味がわからない」と言っていた。

胃腸の弱い胃腸科女子はすっかり落ち込んでしまった。チャームポイントのラッパのマークも涙で滲んでいた。

「どうしたの?そんなに泣いてたら目ん玉いっしょに飛び出しちゃうよ」

やさしく声をかけてくれた眼科女子に事の発端を話すと応援すると言ってくれ、こんなことも教えてくれた。

「コンタクトってね、魚の鱗に似てるじゃない?でもね『目から鱗』っていうのは目から鱗が落ちて今まで見えてなかったものが鮮明に見えるようになるって意味でしょ、コンタクト取れたらまじで見えなくなるから、これって逆だと思わない?」

訳は分からなかったが、励ましてくれてるのはよくわかった。「それならあの人に相談するのが一番だよ!」眼科女子の助言通りに胃腸科女子は肛門科女子を連れて皮フ科に走った。全速力。猛ダッシュ。超コケた。おそろいで脱腸する勢いだった。ふたり仲良く床の上をのたうちまわっていると、

「「あらあらどうしたの??大丈夫??」」

そう言って内科外科ツインズが心配して診に来てくれた。めちゃくちゃ健康体だった。呆れるほど元気。「「心音がEDM〜〜笑笑」」みんなで談笑していると遠くからけたたましい雄叫びをあげながら松葉杖を両手両足に装着したリハビリ科女子がとんでもない速度の四足歩行でこちらに向かってくる。

“ヤバイ、奴が来る、逃げろ”

診察女子会を爆ぜるように解散し、
肛門科女子と胃腸科女子はあの人に会うため皮フ科へ急いだ。そう、ビューティ番長に会うために。

ビューティ番長とは、このクリニックのビューティの全権を握っている皮フ科女子。噂ではニベアをパンに塗って食べるらしい。

皮フ科に行くとそこには、巨大な樽が鎮座していた。
肛門科女子は大声でビューティ番長を呼んだ。
胃腸科女子はラッパを吹いた。
すると巨大な樽がガタガタと音を立て揺れ始め、次の瞬間、グゥブファッッと中から全身クリームまみれの全裸の皮フ科女子が飛び出した。あっけにとられていると、
「女は黙ってネイキッド!!」ととてつもない剣幕で叫んだ。おそるおそるその樽は何ですか?と尋ねた。

「ロクシタンのハンドクリームを全種類ぶち込んだロクシ樽よ」

と自慢気に教えてくれた。

肛門科女子はクリームまみれのビューティ番長に思いのたけをぶちまけた。

「アタシ、ビューティキャプテンになりたいねん!!」

それを聞いたビューティ番長は少し驚いた顔をした後、ニカッと笑って、特注の美顔器のスイッチを入れた。するとどこからともなく雄叫びが聞こえ、壁を突き破り狂いキリン(リハビリ科女子)が突っ込んできた。

「この子はスチームに寄って来るのよ」

そう言って依然としてクリームまみれの笑顔を見せるとビューティ番長は軽やかに狂いキリンに飛び乗った。

「副キャプはウチやろな!!」

狂いキリンに跨ってまたニカッと笑ったビューティ番長改めビューティ副キャプは医院長のもとへ走り出した。

かくして、団結した女子たちは医院長と交渉をし、時に肛門科女子お得意の浣腸を使うなどもし、見事に『美容部』を設立させたのであった。

そして肛門のような顔をしたわたしは、明日仕事をズル休みして美容部に行ってみようと心に決めたのであった。

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