台無し

彼は施しようのないクズだった。 


職業は泥棒。犯罪者だ。 
歳は30。

学校というものには中学から行ってない。 
学校での盗みがばれたときから。 

家でも盗みをはたらいて、 
父親に殺されかけた。 
母親は泣いてた。 
でも、何故かその母親の泣き顔が 
彼にはどこか嬉しそうに見えたのも、 
彼の性根が腐り切っているからに違いない。 
それから家には帰っていない。 


彼はひとり。 


それでも彼は泥棒をやめなかった。 
盗みは彼のすべてだった。 
それが生きるということだった。 



ある日、ある家に意気揚々と 
盗みに入った時のこと。
昼間だからだろうか、 
その家はとても静かで、 
人の気配を全く感じなかった。 

図に乗った彼はいつもより派手に盗んだ。 
手に取る品々はどれもこれも上質で、 
高価なものであることが窺えた。 
しかし、彼が興味を示すのは 
そういった類のものよりも、 
奇抜なものや色彩豊かなものだった。 
それは、彼に盗品の殆どを売るのではなく 
観賞用に飾る趣味があったためだ。 

気に入った品々を 
ボストンバッグに無造作に詰め込み、 
彼は早々に家を出ようとした。 
すると奥の部屋から 
小さく咳をする声が聞こえた。 
彼の心臓は高鳴った。 
ここでこの場をすぐに 
離れればよかったのかもしれない。 
しかし、彼は、あれだけ自分好みの品を 
取り揃えている人がどんな人なのか 
どうしても見たくなってしまったのだ。 
こんな気を起こしたのは、 
これが初めてのことだった。 

息を、足音を殺し、細心の注意を払いながら 
咳が聞こえた部屋にゆっくりと近づき、 
引き戸に手をかけた。 

音を立てないように 
慎重に引き戸を少し開くと、 
その隙間から中を覗いた。 



彼は膝から崩れ落ちた。 



そこにいたのは 
ひどく痩せ細ったおばあさんだった。 
おばあさんは昼だというのに横になっていた。 
時折苦しそうに咳をしていた。 
彼は命をやたらとリアルに感じた。 
それは弱くて悲しくて、ちっぽけだった。 




おばあさんはひとり。 




彼の頬は濡れていた。 
ずっと濡れていて乾くことがなかった。 

彼の涙は理由を求めなかった。 
それは出ることに意味があり。 
止まらないことに意味があった。 




心臓の痛い理由 
涙の止め方 
矛先不明の感情 

彼にはわからないことが多すぎた。 











気がつけば彼は外にいた。 



しつこいほどに空が青かった。 
目に染みる青さだった。 




彼の手には何もなかった。 

彼はあの家に置いてきたのだ、










深紅のランジェリーが詰め込まれたボストンバッグを下着泥棒という汚名とともに。

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