one word「パン」

パン!
鼓膜にダイレクトに伝わるような乾いた破裂音。銃声?そんなバカな。いや、でも、確かにそういう音だった。そういう音としか言えないのは、リアルな銃声を聞いたことがないから。しかし、確かに映画やゲームで聞いたことのあるそういう音だった。嘘でしょ?隣の部屋から?銃声が?いやいやまさかね。

ピンポーン!
いやだから嘘でしょって。今のでそっちから来るパターンあるの?え、え、なになにこわいこわい。そもそも来客があることなんてないもん。タイミング的にもうそうだもん。え、どうする?やだよ。出す?息を殺し完全に存在を消す居留守最終大義『ステ留守』出す?いや、これは、出す他ない。

ドンドンドン!
勘弁してよ。なになに。ダメだよ、普通に。あきらめなよ。え、呼ぶ?これポリス案件?ダメだ、逆に興奮してきた。なんなの。マジ理解ホームアローン状態入ってる。ウソみたいに置いてけぼりにされちゃってるよ。え、まさよし?これセロリ案件?ダメだ、逆に顔見たい。親の顔よりまず本人の顔見たい。

ガチャリ
玄関のドアを開けるとそこには巨大な何かを抱えた女性が立っていた。綺麗な黒髪のワンレンボブに細い黒縁で大きめの眼鏡。目線があってる、背が高いな、なるほど、通りで、ヒールを履いている。黒のドレスに黒のヒール、こんなに完璧に着こなせる人がいるんだなと思わず見惚れてしまうほど。スラッとしているという形容詞この人のために発明されたまである。顔めっちゃかわいい。おい、顔がめっちゃかわいい。てかこれなに持ってんの?フランスパン?いや、顔がめっちゃくちゃかわいいな。非現実的な大きさのフランスパンのようなものにまったく興味が湧かないほどの圧倒的メッチャカオカワイイがそこにはあった。

「あの。」
しまった、絶対に今、顔が溶けている。伸び切った鼻の下はもう元には戻らないかもしれない。顎が地面についていると自身でも錯覚するほど。

「音、聞こえちゃいましたよね、、?ごめんなさい。」
あーダメ好きになっちゃうな、好きになっちゃう。もうあの音がなんだったとか激烈ジャイアントフランスパンがどうだとかどうでもいい。危うく、髪がきれいですね。とか口走ってしまいそう。

「パンテーンです。」
口走ってしまったらしい。
銃声に聞こえたなんて言ったら笑われるだろうか。

「銃声?ふふふ。ちがいますよ。ふふふ。」
かわいい。

「ブレットじゃなくてブレッドですよ、なんて。ふふふ。」
あ、うるせぇ人だ。

「私、手作りのパンで男性のおしりをおもいっきりひっぱたくのがたまらなく好きで」
はい?

「素振りしてて」
なんて言った?

「あ、元々そうだったわけじゃないんですよ!パン教室に通ってたんですけど、そこの先生がそういうのがお好きで!これが本当のスパンキングだ、なんて!ふふふ。それでね!おかしいんですよ!ふふふ、その教室の生徒さんみんなそうなっちゃって!まさにパンデミック!なんて!ふふふ。」
うるさいうるさい。

「あ!ごめんなさい!はじめましてなのに、こんな、、」
耳まで真っ赤にした彼女の顔は直視できなかった。もうその時には四つん這いで彼女におしりを向けていたから。男の四つん這いなんてものは情けなく見ていられないと思うだろうか。否、断じて否。少なくともこの時の私は、おそろしく雄々しく荘厳で、そうその姿はまさにエジプトはピラミッドの傍らに鎮座するスフィンクスの如し。情けなくもおしり丸出しのスフィンクスは静かにその時を待つのであった。

ガッチャン
何の音だ。いや、知ってる。これはそういう音。リアルでは聞いたことないが、そういう音だ。銃のコッキング。

「やっと。やっと見つけた。ただパンを焼いて、人に喜んでもらって、ただ、ただそれだけで幸せだった両親。最後には自身が焼かれちゃうなんて、あまりにも残酷なジョークじゃない?あーダメダメ、もうそんな気持ちもとうに燃え尽きてしまったと思っていたけどやっぱり最後は感傷的になってしまうものね。ねぇ、見て、これ、作ったのよ。ちょっと音が軽いんだけど、それも滑稽でいいと思わない?ショットパンなんてどう?ふふふ。」

ああ、しまったな。
手頃な火ばかり使わずに、ガン教室にでも通っておくべきだったか。バケットでバッドエンドだなんて。



パン!

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