奇妙なふるまい 市村弘正「読むこと経験すること

同じ本を何度も読み返したり、読み直すなんてことは、次々に到来する新しさとつきあっていく、いまの学生や若い世代の人には奇妙なふるまいに見えるでしょうね。そういう読み方は、文字どおり、からだと結びつかないとわからないのではないでしょうか。
 人類学者の伊谷純一郎は、ルソーの「人間平等起源論」に対して「人間不平等起源論」というおもしろい論文を書いています。ルソーは、自然状態から文明化が進むにしたがって、不平等が人間社会のなかに生まれてきたというのですが、伊谷は、不平等なサル社会から、条件付きの平等をつくることによって人間社会が成立したと言っている。条件付きの平等とは、たとえば遊びのルールとか、あいさつのことばのマナーです。同じ遊びのルールのもとで、からだの大きい人と小さい人が対等な関係になれるのは、からだが習得していくためだという。つまり、身体感覚にもとづかないと平等という観念は手に入らないというんです。
 わかりやすく言えば、本が少ないときは、だれに言われなくても読み返しますよ。たとえば戦争直後の社会とか刑務所のなかとか、非常に制約が強いところでは、からだが動いて読み返しますよね。そういう身体感覚から遠く離れてしまうと、再読するのは大切だといくら説得しても再読できないんですよね
市村弘正「読むこと経験すること」『季刊 本とコンピュータ 2004春号』83頁

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?