700回のSEX『あなたのなかのサル』25頁-27頁

ゲイルとマイクと私は、ボノボの飼育場のそばを通りかかった。するとロレッタが、甲高い鳴き声で私にあいさつした。私がこの動物園で研究していたのは、もう二〇年近く前のことなのに、ロレッタは私のことを忘れていないのだ。一度知った顔は、二度と忘れない。私でさえ、毎日会っていた人の顔を忘れることは考えられないから、ロレッタだって同じことだろう。それにロレッタの鳴き声は特徴がある。ボノボの声は独特だ。チンパンジーとボノボは、鳴き声で区別するのがいちばん簡単かもしれない。チンパンジーはフーフーという低い声を出すが、ボノボはむしろヒーヒーといった高い声だ。ミュンヘンのヘラブルン動物園にはじめてボノボがやってきたとき、園長はもう少しで送りかえすところだった。ボノボが入った木箱に布がかぶせてあったのだが、園長はなかを見もしないで、あんな声を出すのは類人猿じゃないと思いこんだのだ。
 ロレッタは股のあいだから顔を出し、赤く腫れた性皮をこちらに向けて、手招きするように腕を動かしている。私も手を振りかえしながら、その場にいない一頭のオスの様子をたずねた。マイクは、ボノボたちが夜を過ごす部屋に案内してくれた。そのオスは、屋内で若いメスと仲良くしていた。マイクが私に話しかけるたびに、そのメスは明らかに気分を害していた。この見慣れないやつは何者?どうしてマイクは、私にもっと注意を向けてくれないわけ?メスは仕切りごしに私の身体をつかもうとさえする。オスは少し離れたところにいるが、マイクにさわってもらいたくておなかや背中を見せている。こういう状況ではよくあることだが、彼のおちんちんは堂々と勃起していた。ボノボはメスでも、性的興味と好意が同一線上にあるのだ。
(・・・中略・・・)
 マイクはボノボの性的接触を見ながら、そういえば、と地元研究者の話を教えてくれた。何でもその研究者は、動物園で飼育されているボノボは1年に数回しかセックスしないと主張しているそうだ。それではセックス好きという評判も形無しだが、ほんとうにそうなのか?だが私たちは、今日の二時間だけでもう六回も性的交渉を目撃している。ということは、二年分の観察記録が集まったわけだ。飼育場を出た私たちは、そんな冗談を飛ばしていた。次の瞬間、私とマイクとゲイルが動物園職員の制服を着ていたことを思い出した。周囲の来園者は、みんな聞き耳を立てている。私はちょっと大きい声で自慢した。「私がここにいたときは、ひと冬で七〇〇回もセックスするのを見たよ!」すると横にいた男性が、幼い娘の手をひっぱって、そそくさと立ち去った。

フランス・ドゥ・ヴァール『あなたのなかのサル』25頁-27頁

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