穏やかな平和主義『あなたのなかのサル』34-37頁

 いまでこそ、チンパンジーは人類の邪悪な面を象徴する存在になっているが、昔からずっとそうだったわけではない。ローレンツやアードレイが「殺しあう人類」を強調していたころ、野生のチンパンジーは木から木へとのんびり動きまわり、果物をとって食べていた。そして「殺しあう人類」説に異を唱える人びと――その数はけっして少なくなかった――は、根拠としてチンパンジーのそんな姿を紹介した。
(・・・中略・・・)
 野生チンパンジーに対する先入観は、さらにくつがえされる。それまでチンパンジーは、平和的な生きものだと思われており、一部の人類学者はそれを引きあいに出して、人間の攻撃性も後天的なものだと主張していた。だが、現実を無視できなくなるときがやってくる。まず、チンパンジーが小さいサルを捕まえて頭をぶち割り、生きたまま食べる例が報告された。チンパンジーは肉食系動物だったのだ。そして1979年の『ナショナル・ジオグラフィック』誌に、チンパンジーどうしが殺しあい、ときに犠牲者を食べてしまう写真が掲載された。彼らは殺戮者であり、共食いであることも判明した。この記事では、オスのチンパンジーたちが、なわばりを出て相手に忍び寄り、たちまち取り囲んで殴り殺す様子も描写されていた。最初のころは、こうした情報はぽつりぽつりと入ってくる程度だったが、すぐに報告例が急増して、もはや無視することはできなくなった。(・・・中略・・・)さまざまな批判に対し、グドールはこう語っている。「それがどんなに衝撃的な内容だろうと、事実を認めないでいるより、直視するほうがいいと私は確信した」
(・・・中略・・・)
 ローレンツやアードレイは、致死的な暴力を振るうのは人間だけだと主張したが、チンパンジーに限らず、ハイエナやライオン、ラングールなど、頻度こそ低いものの、仲間どうしで殺しあう動物はいくらでもいる。社会生物学者のエドワード・O・ウィルソンは、どんな動物でも1000時間以上観察すれば、致死的な闘いを目撃できると断言した。ウィルソンの専門であるアリは、集団になるとすさまじい威力で獲物に襲いかかり、生命を奪う。ウィルソンの言葉を引用しよう。「・・・・・・暗殺、小競り合い、激戦を日常の営みとしているアリにくらべると、人間はまぎれもなく穏やかな平和主義者である。」

フランス・ドゥ・ヴァール『あなたのなかのサル』34-37頁

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