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ミジンコに生まれ変わるならメスとオスどっちがいい?~ミジンコ学超入門(2)~

【前回はこちら】

前回はミジンコに詳しい友人にミジンコについて気になるあれこれを聞いてみた。

今回はミジンコがどのような一生を送るかにフォーカスを当ててみようかと……

うっ……

 登場人物
藥師 功哉やくし こうや
 人間のオス。メスからモテたことはない。
八田 桃子はった ももこ
 人間のメス。自宅でミジンコを飼育し研究しているためミジンコにとても詳しいミジンコオタク。


気づくと目の前には白い世界が広がっていた。

あれ?ここはどこだろう?

役所の受付のようなカウンターがぽつんとある。そこには女性が一人で座っていた。とりあえず話しかけてみるか。

藥師「すみません。」

その女性は「八田」と書かれた名札を胸に付けている。

八田「あ、受付をされる方はこちらの書類にお名前をご記入いただけますか。」

藥師「ああ、はい。」

ここが何の受付かさっぱり分からないが、私は言われるがままに名前を書いた。

八田「えっと、藥師功哉さんですね。あなたの来世が決定しておりますので告知いたします。」

藥師「来世?え、私死んだの?」

八田「はい、そうです。」

藥師「いや、全然実感わかないんだけど。」

八田「そうですね、みなさんそうおっしゃいます。」

うーん、とても納得できないが、一旦飲み込んでとりあえず話を先に進めよう。

藥師「その……私の来世が決定しているって?」

八田「はい、藥師功哉さんの来世は『ミジンコ』となっております。」

藥師「え、ミジンコ?……これって変えられないの?」

八田「前世で積んだ徳のレベルに応じて来世で何の生き物に生まれ変わるか決まる規則となっておりまして、この決定はもう覆せないですね。」

藥師「私の徳の場合ミジンコだと。」

八田「まあ、短い人生だったのでどうしても徳を積みきれなかったのでしょう。まあでも、ミジンコでもかなりいい方ですよ。たいていの人は大腸菌とかなんで。」

藥師「そうですか。ただ、ミジンコがどういう一生を送るかいまいちイメージわかなくて……。」

八田「でしたら、今からこちらでご説明いたしますね!」

ミジンコの説明をするとなったとたん、八田さんの声色は明るくなり、目は輝き始めた。

ミジンコの一生ってどんな感じ?

来世がミジンコとなればしっかりと聞いておきたいことである。

八田「まず、ミジンコの平均的な寿命は1か月で、このうち1週間を子供として過ごし、残りの3週間を大人として過ごすことになります。ただ自然界では天敵も多いので、天寿をまっとうできる可能性は低いでしょうね。」

来世あっという間に終わるじゃん。

藥師「ところで、ミジンコって小さい生き物だけど、子供の頃はもっと小さいの?」

八田「生まれてすぐのミジンコは1mmないくらいです。大人のミジンコは2mmくらいあるので、大人の半分以下ですね。」

藥師「ミジンコは1週間で倍以上ある大人のサイズに成長するってことか。すごいな。」

ミジンコの親(左)と子(右下)。小さいはずの大人ミジンコがとても大きく感じる。
画像提供:八田 桃子

八田「ちなみに、ミジンコは脱皮を繰り返すことで成長します。大人になってからも平均して3~4日に1回のサイクルで脱皮しますね。ところで、殻刺(かくし)というしっぽのような部分がとても折れやすいのですが、ここが折れると脱皮しても復活しないことはご了承ください。」

藥師「そうなんだ。じゃあ、ミジンコとして生きるときはそこを折らないように気をつけます。」

八田「まあ、折れて困ることは特にないので気をつける必要はありません。ミジンコはよくここ折れてますよ。」

え……、それでいいの?

殻刺(画像の赤丸部分)が折れたミジンコ(左下)と折れていないミジンコ(右上)。今度からミジンコを見るときは気にしてみようっと。
画像提供:八田 桃子

八田「ところで、性別はメスとオスのどちらにいたしましょう?」

藥師「性別を選べるのか。ていうかミジンコってメスとかオスとかあるんだ……。まあ、とりあえず今の私と同じでオスにしておこうかなあ。」

八田「分かりました。」

藥師「ちなみに、メスかオスかで生き方って違ってくる?」

八田「かなり違いますね。

それは先に言ってほしかった。

ミジンコに生まれ変わるならメスとオスどっちがいい?

ミジンコのメスとオス、それぞれの生き方を比較して決めようじゃないか。

まずはメスのミジンコの生き方から教えてもらおう。

メスの生き方

八田「こちらがメスのミジンコの姿です。」

八田さんはそう言って1枚の画像を私に示した。

ミジンコのメス。背中にタピオカみたいな黒い粒々がある。
画像提供:八田 桃子

藥師「よく見るミジンコの姿だね。背中にあるのは卵?」

八田「はいそうです。卵を抱えているときがあるというのはメスの最大の特徴でしょう。ミジンコのメスは平均して3~4日に1回のペースで、基本的に大人になってから死ぬまで子供を産み続けます。だから卵を抱えている状態のメスはよく見られます。」

しかしかなりハイペースの出産だ。それぐらいの勢いで増えないと、自然界では捕食者に食べ尽くされてしまうのかもしれない。ミジンコのメスは忙しいかもな……。

八田「ところで、藥師さんがメスのミジンコをご覧になって、『よく見る』と感じられたのも当然で、ミジンコは基本メスなんです。」

藥師「え、どういうこと?」

八田「ミジンコは単為たんい生殖といってメスだけで増えることができるんです。生まれてくるミジンコも多くの場合メスです。」

オスなしでも子供をつくれるというのは、人間の常識がぶっ壊される事態である。

藥師「オスがいなくてもやっていけるってことは、ミジンコにとってオスは不必要な存在ってこと!?」

八田「いえ、そうとは言えません。というのも、メスのみで生まれてきたミジンコは親と遺伝的に同一なコピーです。これには大きな問題が伴います。子供が全て親のコピーであるため弱点も一緒になり、環境の変化で全滅する可能性があるんです。」

藥師「つまりその問題を克服するために、オスが必要になってくるってことだね。」

八田「はい、そうです!」

というわけで、ここからはオスの生き方のお話。

オスの生き方

八田「先ほども言ったように、ミジンコのメスは基本的にメスを産みますが、ときにオスを産むことがあります。こちらがオスのミジンコです。先ほど見せたメスとは全然違いますよね。」

ミジンコのオス。メスとは全然違うらしい。
画像提供:八田 桃子

藥師「いや、全然違うと言われても……。」

八田「もしわからないのであれば、触角とか輪郭とかに注目していただけるといいですかね。」

ミジンコのオス(左)とメス(右)の比較。ミジンコのオスメスを区別できるようになる日が来るとは思わなかった。
画像提供:八田 桃子

藥師「なるほど……。」

八田「他にも、メスとオスではサイズが異なります。オスは大人になってもメスより一回り小さいです。比較するとわかりやすいですね。」

ミジンコのオス(左)とメス(右)。メスと比較してオスは小さいことがわかる。
画像提供:八田 桃子

八田「オスは大人になると他のメスと交尾を行います。オスから精子を受け取ったメスは有性生殖によって子供をつくることができます。」

藥師「そうすることでメスとオスの遺伝子をミックスさせ、ミジンコに多様性を生み出し、環境の変化で全滅することを防いでいるんだね。」

八田「その通りです。そのため、一般に生育環境が悪い方がオスが生まれてきやすいです。全滅の危険性が高まっているということをミジンコが察知するのでしょう。」

藥師「オスはほぼメスとの交配を目的に生まれてきたようなものだけど、メスより早死にだったりするの?」

八田「いえ、メスと同じくらい生きます。

藥師「じゃあ、1匹と交配したら終わりじゃなくて。死ぬまでいろんなメスと関係を持つんだ。」

八田「そうですね。その方が多様な遺伝子をもったミジンコが生まれてきますし。」

藥師「ふと思ったんだけど、オスは交配という役割を持って生まれてきているようなものだし、そもそもオスは少数派だし、これ……一生メスには困らないよね。」

八田「あ、確かにそうですね。考えたことなかった。」

これは……、世に言う「ハーレム」というやつではないだろうか。ミジンコの世界にあったのか……。

自然界はオスに厳しいイメージがある。
熾烈な競争の果てに一部のオスが多くのメスを独占したり、オスが生殖器程度の役割しかなく使い捨てられたりというような例を何度か聞いたことがある。
それを思うとミジンコの世界はオスになんと甘いことか。

ミジンコはどうやって交尾するの?

イメージが全くわかないとはこのことである。

八田「ミジンコの交尾はまずオスがメスを捕まえるとこからですね。ミジンコのオスはメスに比べて俊敏です。オスはメスを見つけるとすぐにメスに飛びついて交尾します。」

……うん。

メスのミジンコ(はじめ右下にいる)にオスのミジンコ(メスより一回り小さい)が左から飛びつこうとする。が、残念ながらかわされている。
画像提供:八田 桃子

八田「オスがメスを捕まえることに成功したら、オスは精子をメスに受け渡します。こちらがそのときの様子です。」

そう言って八田さんはミジンコの交尾の画像を私に見せてくれた。生きていてまず見ることがないと断言できる画像である。

ミジンコの交尾の様子。上がメス、下がオスである。
画像提供:八田 桃子

八田「ちなみに時間は1分くらいです。」

あ、時間まで教えてくれるんだ。

まとめ

ミジンコの人生
・平均的な寿命は1か月(うち子供の期間が1週間)
・一生脱皮を繰り返す(殻刺は折れても治らない)
・単為生殖(オスがいらない)と有性生殖(オスが必要)の2通りの増え方をする
・メス(多数派)はとにかく子供を産み続ける
・オス(少数派)は一言で言えばハーレム

八田「どうですか。話を聞いて、改めてメスとオスどちらがいいですか?」

藥師「私はオスがいいかな。ハーレムがいいって訳じゃなくて、単純に身軽な生き方が好きだから。八田さんはどっちがいい?」

八田「私はメスがいいですね。子供をつくるとか、できることが多いので。観察していてもメスの方が見ていておもしろいです!」

藥師「人それぞれでおもしろいね。それにしても、八田さんが丁寧に説明してくれたおかげでミジンコの生き方のイメージが少しわいたよ。来世をミジンコとして生きる不安がちょっと和らいだ気がする。ありがとう。まあ、正直に言えば人間としてもっと生きてみたかったけどね……。」

八田「あ、人間として生きたいのであれば、ミジンコに生まれ変わるのではなく自分の人生をもう一度やり直すという選択肢もありますが。」

それは先に言ってほしかった。

こうして私は、ミジンコの生き方をその身に叩き込んだ人間のオスとして2周目の人生を歩み始めた。

文章 藥師 功哉
2024年4月23日 更新

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