手紙のようなもの

やあ。ひさしぶり。調子はどう?

すっかり春の陽気だけど。まえにLINEのメッセージで君に手紙を送るよ、と言って、そのときは本気で手紙を書こうと思っていたんだけど、何を書けばいいのかわからなくてずるずると年を越してしまった。正月には年賀状を送ろうかとも思ったけれど、わざわざ手書きの文章で君に伝えたいことなんて考えてみればなくて、僕はかわいいイラストをかけるわけでもないし、結局はがきを買うことも筆をとることもなかった。

第一、僕は手紙を書く習慣なんてなくて、書いたとしてもすごくつまらないものになってしまうか、全く当たり障りのないものになってしまうと思った。いつまでも書く気にならなかったのは、そんなものをもらっても君を困らせてしまうだけだろうなという考えだった。なぜ君とあえて手紙でやりとりしたいなんてことを口走ったのかというと、そのときはそういうのに憧れがあったんだ。なんというか、素敵じゃないか。一番の親友とケータイの短いメッセージではなくて心のこもった手紙でやりとりするなんて。手紙なんて長らく書いていないな。

だけど実際に君と会って話せば、話すことなんていくらでもあるのだろうし、君と久しぶりに会っておしゃべりをしたいと思うことは何度もあった。まえに会ったのはいつだったかな。まえに会ったのは8月だった。ホラー映画をみにいこうと僕が誘って、けどチケットが売り切れていて、かき氷を食べて森美術館に行った。そのまえは3月くらいか、目黒にアンティーク家具をみにいこうと言って、たこ焼きを食べたり洒落たコーヒー屋に入ったりした記憶がある。

僕は今日、昼前に起きて、布団の中でぼんやりしたあと、なぜか枕元に置いてあった『ノルウェイの森』を読んだ。適当に開いたページにぼんやりと目を落として、ぱらぱらとめくって読んでいった。都内の大学に通う男が喫茶店で女の子と会話をする場面や、寮の先輩と夜の新宿に繰り出して女の子をひっかけようとする場面、大学の講義を受けている場面だった。男の淡々としている口調や行動、冷めたような眼差しで語られる周囲の人物と状況の描写が面白くて読みながら一人で笑ってしまう。

最近は、大学が春休みに入って、僕はとくに予定がなく一週間くらい一人で過ごしている。3月に引越しをするからといってバイトも辞めてしまったし、ほとんど人としゃべることもなく昼と夜を繰り返している。

そんな暇な時間を過ごしていると、ただ当たり前のように将来へのぼんやりした不安がやってきて、就活サイトを片っ端から検索してみたり、この部屋で過ごした4年間について思いを巡らせたりしてしまう。時間はありあまっているような気分になることもあるし、なんらかのタイムリミットが迫っているような、何かに追われているような気分になることもある。映画を借りてきてもそれを見ようとは思わなかったり、読んでいない本の背表紙を眺めてみたり、誰かとのSNSでのやりとりを見返してみたり、あるいはそういうことはすぐにやりつくしてしまって、夜に散歩に出たり、原付で海を見にいってみたり、ということをくりかえしている。

昨日、今年で卒業する大学の友人と電話で話して、就活について根掘り葉掘り聞いてみた。彼は淡々とした口調で、自分があるITの会社を選んだ理由と、もっとこうすればよかったという反省と、僕のぼんやりとした不安へのアドバイスをくれた。とても現実をみているように思えた。僕の中の楽観的な考えと曖昧なまま拭い去れない憧れの感情は、彼の将来設計によって相対化され、陳腐で脆弱なものに思えた。電話が終わってから、ベッドの上にひらいたまま置かれたドラマ脚本家のインタビュー記事や付箋のついた小説の束をみて、心の中でため息がでた。眠っている間にみる夢ではなく、現実世界で使われる意味での「夢」という言葉を僕は意識的に使ったことはないつもりでいたけど、「現実」から目をそらしているということでいえばつまり、「夢」をみている状態なのかもしれないと思った。

ひさしぶりに君と話そうと思ったはずなのにつらつらと自分のことばかり書いてしまって申し訳ない。こんな内省的になるつもりはなかった。なんせ僕はほとんど手紙を書いたこともないから、何を書けばいいからわからなかった。それにここ一週間ろくに人と喋っていないから、いやでもこんな内容になってしまうのかもしれない。あるいは手紙に書かれるような文章というのは、こういうわけのわからない個人的で気持ちのわるいものなのかもしれない。でもこんなことを急に言われても普通の人なら確実に困ってしまうかひいてしまうだろうという想像力はもっているつもりではいる。だけど手紙というのは世間的に、多少気味が悪くて気恥ずかしいコミュニケーション手段であると知られていることも考慮してほしい。

とにかく僕は就活をしてみようと思う。ほかにやることもたいして思いつかないので。条件は、週休二日で残業が少なく、都内勤務で、自分よりも文化的素養のある人たちがいる職場。就活経験者として君からのアドバイスもほしいし、最近君がなにをしていたかとか、大学4年間どうだったみたいな話もゆっくりしたいので、近々お茶でもしませんか。また連絡する。

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