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ミームってなんだっけ(仮)

ミーム、我々は簡単にこの言葉を使う。私がミームという概念を認識したのは、メタルギアシリーズの監督・プロデューサーである小島秀夫の働きによるところが大きい。『メタルギアソリッド2 サンズ・オブ・リバティ』(2001,PS2。以後、MGS2)では、作品テーマとしてミームが挙げられている。尚、小島は『創作する遺伝子 僕が愛したMEMEたち 』(2019年、新潮文庫)などでもミーム(MEME)という言葉を使って作品・物語について述べている。

MGSのテーマは『次の世代に遺すもの』。MGS1ではGene(遺伝子)。MGS2では遺伝子に載らないMeme(文化的遺伝子)、MGS3では遺伝子とミームの尺度となるScene(時代)、MGS4ではそれらでは伝わりきらない生身のSense(意志)、PWではPeace(平和)だった。

小島秀夫

インターネット・ミームもまた、ミームの一種であると述べられるが、基本的にはあらゆるコンテンツや枠組み、そこに含まれる意味それぞれがミームである。リチャード・ドーキンスが提唱したオリジナルの『ミーム』概念は、文化的情報が模倣や伝播によって広がるものであり、小島がMGS2でテーマとしたものである。インターネット・ミームは、これをデジタル環境に適用したものだ。従来のミームと同様、インターネット・ミームも特定のコンテンツ(の一部分、断片)が人々によって模倣され、改変され、共有されることでその影響力を持つ。構文や構図は、あくまでその一例に過ぎない。猫ミームと称して、踊る猫の切り抜きを使った映像作品が流行したこともあったが、直接的に素材を用いることがミーム拡散の必要条件ではない。たとえば、マカンコウサッポウ(一人の女子高生が自身を囲む複数の女子高生を円状に吹き飛ばしているような画像)のミームは、その素材の切り取り貼付けによって拡散するだけでなく、同じ構図を真似た写真やイラストによって拡散していったものだろう。あらゆるコミュニケーションで、伝播するすべてがミームであり、Twitter(現X)が写真+文字において、フォローやRT、現在ではおすすめ機能など含めて、ミームを伝播しやすいプラットフォームのひとつである。

ところで、2022年11月から生成AIの一種であるChatGPTが流行した。生成AIがつくる画像や文章は事前学習した情報と、ユーザーが入力したプロンプトを組み合わせたものであり、これはそれなりの文字列や画像が表面的な情報の順列組み合わせで出力できることを示した。多くの人が事物をタグ化し言葉の組み合わせに落とし込み、フレーズや概念をプロンプトとして入力することで、AIに様々なコンテンツを生成させている。つまり、あらゆる画像や記事、文字列を含むコンテンツは、大量の単語によって規定されている、とも言えるだろう。人々は「XXらしさ」を文字列化さプロンプトに置換し、#cute や #japanese という情報をコンテンツから読み取る。

Instagramにおける画像に対して説明や情報追加を行うハッシュタグ文化は、生成AIに与えるプロンプトと同じ機能がある、ともいえる。例えば、Instagramで『#sunset』というハッシュタグが付けられた画像は、夕日の写真を検索するユーザーに対して関連コンテンツを提供する。同様に、生成AIでは『sunset』というプロンプトが、夕日の画像を生成するための指示として機能する。ハッシュタグとプロンプトはコンテンツの分類・生成において重要な役割を果たす。画像に対して説明を行うのがハッシュタグ、画像を生成するための説明がプロンプト、という理解でもよいだろう。

TwitterやInstagramにおけるハッシュタグ機能は、ユーザーが自由に字面・見出し語だけを貼り付けるのみの機能であり、文字列自体の意味や文脈は十分に形成されない。インターネット・ミーム(以下、ミームとする)は、完全な引用や単語の配列がなくても伝わる構造や構図、形式を指すことが多いだろう。もちろん、まったく同じ文字列や画像を使ったコンテンツの生成もミームを使ったものと呼ばれる(前述した『猫ミーム』が近いだろう)。ここで、生成AIに与えるプロンプトの組み合わせには、ユーザーごとに工夫がある。先程の例でいえば、同じ『sunset』というプロンプトでも、あるユーザーは『sunset over mountain』『sunset/summer/ocean』『sunset/8k/beautiful』と詳細に指定することで、生成されるコンテンツをカスタマイズすることができる。プロンプトの設定には個々の独創性が反映され、生成される結果もそれぞれ異なる。ハッシュタグも同様に、いろいろな意味や仲間探しのためのワードをユーザー独自の目で写真、画像からピックアップして投稿される。ハッシュタグを含めることで、同じような写真でもユーザーのオリジナリティを付与するということはままあるだろう。

ハッシュタグやプロンプトと異なり、ミームは文字列のように、「ただそれだけ」という記法があるわけではない。同じ文化を共有、伝播していれば、その形の厳密性には囚われない。だからこそ、ダジャレ的な言い換えや、まったく別のものを似たような構図で表すもの、素材を同じくするが背景や音声を変えて、ミームを共有しながら別のメッセージも内包したコンテンツを生成することができる。ミームは、固定された表現方法で規定されず、参照される文面すらも固定的でない、きわめて不定形な概念だということができる。文化的な文脈に応じて柔軟に変化し続ける不定形であることがミームの強みであり、能力である。ミームの変化の途中には様々な人やコンテンツが様々な形でかかわる。その全体を特定のミームの配下ということもできれば、ある変化から先のみを新しいミームと捉えることも可能だろう。ミームが広く共有されるのは、個々のコンテンツがその文化的背景を参照しつつも、新たな意味を持つように変化してゆくからである。

まとめよう。コンテンツや文化における、それぞれの特徴や分類にはハッシュタグやプロンプトのように定形的なものと、ミームのように不定形的なものがある。プロンプトをベースに新しいコンテンツを生み出すことが可能なように、ミームをベースに新しいコンテンツを生み出すことも可能だろう。ハッシュタグやプロンプトは、定形であることで、誰かのものであると言いやすく、発端となったオリジナルについても言及しやすい。ミームは多くの人々に共有され、改変されながら、新たな意味をもちつつ自由に広がっていく。その点で、ミームへの愛着は所有ではなく、あくまで愛着である。しかし、自分たちが広めたという功名心や自尊心、集団心理によって、われわれは特定のミームが自分たちのものと簡単に錯覚してしまう。ミームの形を変えても伝播するという特徴は、オリジナルを特定することが困難であると同時に、コンテンツが誰かの著作物となったとしてもミーム全体が誰かのものになるわけではない、という公共性を帯びている。ドーキンスは個体を超えて継がれていく遺伝子(GENE)に倣って、文化の伝播に寄与する構造をMEMEと名付けた。ミームを愛でることは、不定形な拡散によって公共性や文化が奪われたり失われたりしないという、ミームへの信頼(あるいは共犯関係)と地続きな行為ということを、忘れてはならないのだ。


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