やっと触れられたね
「あいされたかっっっっっったんだよぉおおおおおおおおおおおおお」
ファンクションして、兄弟と関わって、初めてのような愛を感じて、引きずり下ろして、ファンクションして、愛に開く兄弟を見て、嫉妬して、兄弟と関わって、動揺して、自分の心に寄り添って、矢印を内側に向けて、兄弟と関わって、ファンクションして、仕事して、ファンクションした先に、これしか残らなかった。
というか、これだけのことすべてを通過して、ようやく触れられた。
やわらかいところからの泣き叫び。
「愛されてない」っていう「間違った」信念が前提の叫びかもしれないけど、 そもそもこの叫びに触れずに間違った信念を取り消してもらうなんて不可能だった。
この叫びがあることすら自分に隠し続けてきた。
直接的なものも間接的なものも、これまで関わったすべての人、すべての出来事が、これに触れられるところまで導いてくれた。
この泣き叫びがあるところしか重要じゃない感じがする。
愛されていることを受け入れてるか、もしくはそれがわからず泣き叫んでるか、どっちかだけの場所。
この場所にいたら、これ以外のことはどーでもいい。
人にどう思われるとか、どーでもいい。
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