technology orchestra-1

 突然の砲声に驚いて身をかがめた。目をやると、官舎の上部が二つに割れていた。目線を外さずに、立ち上がった時にはすべてを悟っていて、落ち着きを取り戻していた。驚く必要などないのだ。丘の下に並ぶ彼らは自らの演奏を中断し、楽器を置いた。しばらくの間、彼らは何が起こったのかわからなかったようで、官舎の崩壊を呆然と眺めていたが、やがて、一斉に――ロートを伝ってビーカーに落ちる水のように――走り出した。バーナードに抗議しに行こうというわけだ。

「全く、何もわかっていないんだな。あいつらは」

 ボンネットに座るカレットが呟いた。

「契約書は最後まで読まなくちゃ」

 カレットの声は、落ち着いていた。怒りに満ちているわけでも、蔑みに動かされているわけでもなかった。丁度、映画を観ながら、主人公の誤った選択についてあれこれ批評するといった程度のことだった。カレットはそれっきり黙り込んで、喜びを抑えきれんとばかりに震えていた。カレットは自分のしたいことをわかっていながら、要求を口にしようとはしなかった。勿体ぶって口にしないので、カレットが何をしたいのかわかってはいたが、静観を決めることにした。

 カレットは、こちらを向かずに、いろいろな仕草で誘ってきた。彼のことを見るのは止めなかったが、断じて要求に応じなかった。

「なあ」カレットがボンネットから降りて、振り向いた。

「乗れよ」

 運転席に身体を滑り込ませ、イグニッションキーを回した。カレットが座るのを待たずにクラッチを踏み、ドアが閉まるのを待たずにアクセルを踏んだ。唸り声を上げて、フィオラノが走り出した。あっという間に丘を駆け下り、抗議者の一団の後ろを通って、崩壊した官舎に向かった。散乱する瓦礫の中をコーナリングしながら進み、大きなコンクリート塊の直前でスピンターンを決めて、車を停めた。

 ポラロイドを持って車を降り、瓦礫を避けながら中に入った。カレットが続いてくるのが、彼の足音からわかった。室内灯の消えた階段室は暗く、爆発の後だというのに外よりも涼しかった。三階を見て回ることにした。部屋と廊下を仕切る窓ガラスが割れており、部屋の中に入ることが出来た。他人の生活圏に侵入することができたのだ。部屋に入るなり、手当たり次第にシャッターを切った。洗われずに机に置いてあったのか、リビングに散乱するグラス、ガラス片が突き刺さった本、描きかけの絵。別に何でもよかった。自分の取っている行動に陶酔しているだけだから。

 カバーガラスが割れて、部屋に向かって口を開いた写真立てを見つけた。女性の写真。奥に短パンの男の姿が見える。写真立てごとレザーのボディバッグに入れて、部屋を出た。上階に向かっていると、何かが顔を伝ってくるのが分かった。顔をぬぐうと、手の甲にはアクリル絵の具のような赤い線が入っていた。窓からの出入りで切ってしまったようだ。そんなことも気づかないほど、興奮していた。屋上につくと、ぼっかりと開いた谷が見えた。遥か下方にフィオラノが大人しくその場にとどまっていた。

 カレットが瓦礫の中から小さいのを手に取って、下の広場に向かって投げ始めた。負けじと投げ始めると、カレットはより大きいのを取り始めた。終いには手で抱えるのがやっとというような大物を持ってきた。そういう大物は、落とすというより、手を放すと自然と落ちていくといった感じだった。夢中で続けていたのだが、カレットが水を差した。

「疲れた。もうやめにしよう」

 

 

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