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娘であり女でないということ

(#母娘関係のタグ貼ったはいいが、だいぶイレギュラーな話になったな)

今年度の前半、4月から9月ぐらいまで、とても辛い時期を過ごした。ただ今年の中では一番辛かったとか、人生の中で二番目に辛かったとか、そういう話はしたくない。今まで辛いことは様々あったが、どれも質の違うものだったし、今まであった辛いこと同士を比較することで、辛かったことのうちのいくつかをなかったことにしたくない。比較する以外で何か述べるとしたら、連日眠くなるまでお酒を飲み続けるようになるぐらいには辛かった。

辛い思いをしたきっかけは、ある女の子と付き合ったこと。例に漏れず(大半の人は前例のことなんかしらねえよという感じだろうけど)、押しに負けたというか、断れなかったというか。いつもはそれでもなんだかんだうまくいったが、今回に限っては大失敗だった。僕に寄ってくる人にしては珍しく型どおりの「男らしさ」を僕に求めるような人だった。

彼女に悪気はなかったようだが、僕は彼女が一方的に好意をぶつける相手として消費されたと感じた。彼女は薄々としか気づいていなかったようだが、僕は彼女のことを徹頭徹尾好きになれなかった。彼女のことをよく知らないままに告白されてしまったから。僕は相手の個人的特徴云々よりも、相手と互いに理解しあっているという感覚の方を好意を持つうえで重要視している。どのような容姿をしていようが、どんな特技を持っていようが、何らかの形で理解しあえていないとどうにも相手のことを好きになれない。好きにはなれなかったが、なぜ僕のことが好きなのか気になってきいてみた。これも今にして思えば、だいぶ下手を打った。「肩幅が広くて男らしいと感じたから」と最初に言われて、身投げでもしようかという気分になった。肩幅が広いというのは相対評価による身体的特徴だが、それを自分への好意と結びつけられるのは、気持ち悪い。身体的特徴でしか愛されていないのかと思った。加えて自分自身、自分の身体が好きになれず、違和感をもっていたので、そうした違和感まで否定されているように感じた。

「当然のごとく」性行為に「進む」流れになって、苦痛だった。僕の心は全く満たされないのに、彼女は快感に浸っていて、僕の感覚と彼女の感覚とは全くかみ合わなかった。何より性行為に当たってホテル代が割り勘なのが我慢ならなかった。自分が身体を切り刻んでまで彼女に快感を与えているのに、なぜ対価が支払われないのか、ばかりかホテル代を半分とはいえ払うことになっているのか、理解できなかった。サービスを提供しているのに無給どころかお金を払わされているのは僕にとっては異常事態だった。僕がかつて身体を売っていたこともあってか、僕の中では性行為と金銭授受とは不可分に結びついていた。

幸か不幸か彼女とは遠距離恋愛で、普段は肉体関係を求められることはなかった。しかし毎週のように電話で会話することになって、これも悩みの種だった。彼女が次に僕と会って過ごす時間を楽しみにしているのだ。僕が「男らしさ」を求められる瞬間を彼女が楽しみに思っていると感じ取って、不快だった。何より、不快ですよ、ということが何ら向こうに伝わっておらず、無邪気に楽しみにしている様子が電話越しに伝わってきて傷ついた。

結局「僕はあなたと性行為に及んでも身体を売っているとしか感じられません」という旨の手紙を書いて、お泊りデート明けの彼女に持たせて東京に帰した。そこからもう一悶着あって結局九月中に彼女とは別れた。別れようという踏ん切りがつかなくて周囲の人に迷惑をかけたし、酒が手放せなくて心身ともに傷ついた。自分が肉体的に求められているということ、しかも僕の肉体が恋愛の名のもとにタダで利用されかかっていることから目を背けたくて必死だった。初夏のあたりから、彼女と電話している間も酒を飲むようになっていた。素面では彼女の期待とは向き合えなかった。

だが問題は、九月に彼女と別れても、現実と向き合うのを避けるために酒を飲むというのがやめられなかったことだった。しばらく不思議に思っていたのだが、一か月もしないうちに原因はおぼろげながらわかってきた。彼女と別れはしたが、根本的な問題は何も解決しなかったのだ。

そろそろ本題の「娘」とか「女」とかいった話題に入ろう(以下の話は適宜ぼかしてあるので、事実とは異なる点が多少あるかもしれないし、だいぶ美談になっている感は否めない)。

僕の家は弟と父母の四人家族だった。母は短大卒で一般職の枠で就職し、会社では同い年の総合職(主に二三年度下の四大卒の総合職)と同じぐらいの稼ぎがあったらしい。二十代後半で「寿退社」して専業主婦に。

「男三人もいて家が男臭くて嫌だわ」とは母の口癖だったが、見かけ上思ったことを素直に言っているように見えて、あからさまな嘘にしか聞こえなかった。「娘育てるのは面倒くさくて無理だわ」と一方で言っているのも聞いていたし、何より母が所々で発揮するマチズモには目を覆うものがあった。父母そろって、会社の中での自分(母の場合は退職前のありしの会社での自分ということになるが)を私生活に持ち込んでいる感があって、「コストベネフィット」とか「効率性」とか「合理的」とかいった言葉が家で飛び交っていた。例えば「子どもの教育に投資するのはコストベネフィット上どうなのか」と平気で言うのだ。僕は自分が一人の人間としてではなくバランスファンドのような投資信託、投資商品として扱われている感覚がずっとあった。過言なのは承知の上だが、正直、親に愛されていると感じたことがない。母に支配されているようにさえ感じた。「男三人もいて」というが実のところ男は四人いたのだと思う。うちには女性がいなかった。

ただこうした母の言動に矛盾は感じない。母には会社で勤務して「社会」に評価されるだけの「能力」があった(と母や僕は思っている)。にもかかわらず母は当時の「結婚したら当然辞めるでしょ」という時代の空気に従って寿退社し、専業主婦として家庭に封じられたのだから。専業主婦になると、かつて会社で発揮されていた「能力」というものは正当に評価されない。評価されるのは「専業主婦としての能力」である。しかもそれも「社会的な評価」というより家庭内などに閉じた「評価」に過ぎない。自己評価の拠り所を失ったとて無理からぬ話だと思う。

そこへもってきて、父が事あるごとに「誰のおかげで飯が食えてると思ってるんだ」と言うものだから、母は自己を否定され続けて辛かったのだろうなと思うし、実際僕はそういう相談を中学生以降ずっと母から受け続けてきたと記憶している。僕は僕で、父の発言でより商品としての自己を強く意識させられた。

だが母はこうした相談を僕にする一方で、僕を、というか兄弟二人を支配してきたのだと思う。帰りが遅いと苛立つとか朝早く起きるよう強要するとか生活習慣を皮切りに、支配の中身を挙げだすとキリがない。ただここで一番取り上げたいのは、僕が少し髪型を変えた時や、新しい服を買ってきた時、「男っぽくない」とか「え~変」とか「女みたい」とかいったコメントをしてくることだった。僕はふとした場面で彼女に「男らしさ」や「男であること」を要求された。

正直なところ、彼女の言う「男らしさ」というのもとりたてて明確な中身を持っていたわけではなく、単に僕が自分の思い通りにならないことの表明でしかなかったように思う。しかし当時中高生だった僕は何故そのようなことを母が言うのかわからずただ耐え忍ぶしかなかった(自己評価の拠り所を失い、父や子どもたちに自分を承認してもらえなかったから、自分もマチズモを発揮して男になりたいのになれなかったからと言ってしまえばそれまでだが)。ただ僕も僕で母の言う通りにはしないし、自分の好きなようにするという意思はあった。母に対して言いたいことも好き放題言った。「あなたに愛された覚えはありません」とか「この家庭に愛を感じたことはありません」(実は愛自体、よくわからない)とか。機会をとらえて言わずに生活していくのは無理だった。

驚くべきことにこうした場面には父は全く登場しない。高校卒業のころからというもの、父は金の絡む場面でしか登場せず、家庭内での父の記憶はわずかしかない。普段の自宅での生活は時間的にも意味的にも僕と弟と母とのみで構成され、父は日常生活でかかわりのない誰かとしてしか存在していなかった。

こうした謎は間もなく解けた。高校三年生の時から今でも仲良くしている友達がいるのだが、彼女も母親のことでだいぶ悩んでいて、恋人として付き合っているときから別れた後しばらくの間まで、彼女の母に関する悩みを聞いていた。今でも仲がいいし、時折精神が不安定になり、死にそうになる僕のことを心配してくれている。

「母のことで辛い」という類の話、聞くことはできたが、自分の家には弟しかいないし、男兄弟の僕にはよくわからないのではないかという疑いがあった。それに僕は彼女のことが好きだったし、彼女のことを詳しく知りたいのもあって、浪人中は、母娘関係に関する本を、近くの公立図書館に出入りして、家に借りてきては読み漁っていた。「家父長としての自己像」を引きずる父に苦しむ母のことが念頭にあって、ジェンダー研究に関する本は高校の時から読んでいたし、わかりやすい本を読んだからか割とすぐに筆者が何を言わんとしてるのかを分かった気がする。彼女の相談の内容が多少イメージできるようになって気分が良かった。

ただそれだけでは終わらなかった。「母」に抑圧・支配される「娘」。それは友達である彼女を説明するのみならず自分をも説明していると気づいたのだ。確かにこれは最良の説明ではないかもしれない。(今まで「息子」に対してなされる説明で目にしたことがあるものと言えば、フロイトのエディプス・コンプレックスぐらいのものだが、どうもしっくりこなかった。)僕は気持ちの悪さを押し殺しながらも依然男性だという性自認を持っているし、母が僕に要求しているのは「男らしさ」であって「女らしさ」ではない。しかしその支配の形態は「母」の「娘」に対するそれだったし、何より自分の感じていたことを不正確であれ説明するような何かを手にしたのは大きかった。母娘関係に向き合わせてくれたという点でも彼女には感謝している。

冒頭の肉体関係の話からすると話がだいぶ明後日の方向に飛んでしまった印象を受けたかもしれない。しかし僕の中では、「母娘関係」は冒頭の謎を解くうえでは決定的に重要な観点だった。二つの巨大な既製品理論(エディプスコンプレックスと母娘関係)をそのまま僕が受け入れるとすれば、どうやっても「娘」である僕が「男らしさ」を前提にした女性との性行為に快感を覚えるわけがないのだ。それは「娘」の役割ではなく「息子」の役割である。「男らしさ」を求められるのが苦痛というのは以前から分かっていたが、「男らしさ」を求める彼女と別れた後やっと「娘」としての自分という観点が整理できた。ごたごたとわかりにくい説明を並べてしまったが、要は「男らしさを求める彼女と付き合うのが辛いと思っていたが、その実本当に辛かったのは自分の『娘』性と衝突する機会がありながら、『娘』性を名付け概念化できなかったこと、『娘』性を記述できなかったことでした」ということだ。吐くもの吐いて調子がいい。

母はかつて退職する前に勤めていた企業・部門と同じ業界の企業の同じような部門につてで再就職し、僕は二十年住んだ東京・親元を出た。距離が離れたのも「娘」であって「女」でないという現在地を記述する上では重要だった。親と離れたのに親の呪いから放たれたようで放たれていないという違和感がなければ、薄々気づいていた現在地を記述する気にはなれなかったに違いない。

僕が性行為に今後快感を見出せるのかどうかは不明だが、少なくとも「娘」であり「女」でないという僕の現在地を相手に理解してもらった上での性行為でない限り、自分の身体を切り売りする感覚から逃れられないのは確実だ。もっとも自分の身体を切り売りする感覚は、「商品としての自分」という意味付けともかかわっているので、「娘」であり「女」でない、という現在地を理解してもらえば拭い去れる、などという単純なものでないのもわかっている。ただやはり最低限、現在地を理解してもらう必要はある。

また性行為と快感の結びつきを見出す必要などそもそもあるのかという問いはもっともだと思う。ただ僕の中で性行為と快感が結びつくのかどうかに僕は興味がある。その結びつきの可否を探っていくことに自己への理解の足場がある気がするから。結びつきがある前提で話を進めている感があるかもしれない。でも結びつきがないことの証明は難しいのだ。あることに対して反例があがったとしても、厳しい条件(大抵は非現実的な条件)の下では成立することがあるかもしれない。丁度経済学の完全競争市場の成立条件のように。

次のような話をすると性差別的な人間だという誹りは免れないだろうが、僕は本当に好きな人とは性行為をする気が起こらない。自分の身体の購入者として、相手に身体を切り売りし、自分の身体をどぶに捨て、相手を見下す気にならないからだ。他方好きでない人なら、求められたら割と簡単に行為に及ぶだろうな。「タダ乗りしないで、対価だけ支払ってもらえるかな」と言い添えて。それで支払ってくれる人間ならそれはそれで満足なのだ。「それは刹那的な快感に過ぎないだろ」や「自傷行為で気を紛らわすのはいい加減やめたら」といった批判は甘んじて受けよう。今の僕は完全にそういうものから逃れられるほど強くないんだ。

それでも逃れられるほど強くないと気づいたことや「娘」であり「女」ではないという自分の現在地を確認したことは評価して欲しい。ちょっぴり甘やかしてもらえると大分喜びます。お酒を飲む量もかなり減ったし。10月ぐらいまでやってた「昨日、日本酒おいしくって4合瓶一人で開けちゃった」という日は今週もなかったし。

追記:謝らないといけないことがある。僕のことを心配してくれる彼女が、誰か親密な人がなにか僕に対する助言をすると、僕はそこに母の影、母の亡霊を見出して「放っておいてくれよ」と頭を震わせていた。贈り物をありがたく受け取らない不届き者だったわけだな。現在地がおぼろげながらわかってきた今なら、彼女の発言や助言が仮に意に沿わなくても、落ち着いて文面を読み返せるようになった。直接謝れよという指摘はもっともだが、恥ずかしいからしばらくしてから言いたいね。今度会うまで切り出せないかもな。

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