ディランを楽しむ5枚 その④
「インフィデル」(1983)
キングストン生まれのローウェル・ダンパーとロビー・シェイクスピアがドラムとベースというコンビを組んだのは70年代半ばとされる。ローウェルは大好きだったスライ・ストーンにあやかり、芸名をスライ・ダンパーと改める。スライ&ロビー。チャンネル・ワンのスタジオでミリタントビートと呼ばれる、強烈なドラミングとメロディックなベースラインの融合で静かな革命を起こす。
1983年、そのスライ&ロビーの元に電話が入る。受話器を取ると、男はボブ・ディランを名乗る。
「私たちはボブ・ディランの"Like A Rolling Stone"なんかを聴いて育ってきた。我々はナッソーにいて、グレイス・ジョーンズと仕事をしていたとき、彼から、アルバムに参加して欲しいとの電話を受けた。信じられなかったよ」
1979年に何を考えていたのか、いきなり福音派クリスチャンに改宗し(福音派クリスチャンについては詳細省略)、クリスチャン視点のアルバムを3枚作る。大ブーイングもどこ吹く風、ゴスペルアレンジを取り入れ、ファンキーなテイストのバンドを従えて「信心、大事」「神、最高」(意訳)等、宣教師のような歌を歌いまくるディランは、81年のツアー以降、充電期間に入っていた。久々のアルバム制作のために、マーク・ノップラーに声をかけ、プロデュースをも依頼。ノップラーはバンドメイトであったアラン・クラークを同伴し、キーボードを任せる。そしてディランが呼んだスライ&ロビーがリズム隊に。更にそこにミック・テイラーも加わる。
ディランのアルバム制作において、ここまでメンツが固まる、ということは極稀にしかない。しかもノップラー、テイラー、スライ&ロビー。良くならないはずがない。そして、25曲の録音が行われ、8曲がアルバムに収められる。タイトルは「無神論者」。「福音、どうなったんだ、あれはなんだったんだ」というツッコミを風に吹かせてシカトするディランは、改めてユダヤ教に再改宗する。
ロックなディラン(「ハード・レイン」)が一枚目、作曲家ディラン(「ブラッド・オン・ザ・トラックス」)が二枚目、歌手ディラン(「ストリート・リーガル」)が三枚目。「インフィデル」を四枚目に聴かせたいのは、
・これをいきなり聴いてしまうと、後の雑なアルバムに行くのが辛くなる
・ジャケがピンボケ、文字の置き方も雑なダサいジャケで逃げられる可能性を否定できない
・様々な歌い方が出来る、様々なメロディを紡ぐことが出来ることを知ってから聴くと、この最高にカッコいいザラついた歌い方がよりカッコよく響く
という三点の理由から。
全8曲、「ブラッド・オン・ザ・トラックス」と並び、外れが一切ない楽曲。スライ&ロビーが叩き出す締まったビート、スペースを切り裂くテイラーとディランに寄り添いもう一つのボーカルのように音を紡ぐノップラーのギター、それらを優しく包み込むクラークのキーボードをバックに、ザラっとした声で、無鉄砲さの中に猫撫で声を混ぜ合わせたような情感深い歌を響かせるディラン。"Jorkerman"、"Sweetheart like you"、"License to kill"、"Don't fall apart on me tonight"というキャリア全般で考えても屈指と言える名曲が名曲に相応しいレコーディングをされた、一切の注釈を必要としないボブ・ディランの最高傑作がこの「インフィデル」。
なお、この作品のためにレコーディングされながらオミットされ、後に「ブートレグ・シリーズⅠ〜Ⅲ」において公表され、「何故これを入れなかった」と物議を醸した"Blind willie McTell"という曲がある。盲目で12弦ギターを操ったブルースマンへのリスペクトを込めた曲で、ディランはこう歌う。
"I know no one can sing the blues
like a Blind willie McTell"
確かにマクテルのようにブルースを歌えたシンガーはいなかったかもしれない。しかし、マクテルのように鼻にかかった高めなキーの声で、ブルースだけではなくあらゆる歌を歌いこなすシンガーは存在する。それは他ならぬディランそのものである。
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