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総括感想「はなまるスキップ」多角的同時に見つめる”きらららしさ”

「きらららしさ」とはなにか。

この問いに答えることは非常に難しい。なぜなら(フォワード以外の)きららは4コマ専門誌を掲げているのみで掲載されている作品に共通する強固な要素はあるようで無いからだ。

強いて言うならば、作風のトレンドは存在するだろう。ざっくり10年代は「きんモザ」「ごちうさ」のアニメヒットを受けて5人以上のキャラクターが掛け合う学園スケッチコメディは確かに多かった。

現在だと「まちカドまぞく」と「ぼっち・ざ・ろっく」がそれぞれ大きく評価されて転換点となりファンタジー系や人間社会での生きづらさを扱った社会系の作品が大きなトレンドを形成していると言えるだろう。

今年の「次にくるマンガ大賞」には4コマきらら作品が5作もエントリーしたが、例えば「紡ぐ乙女と大正の月」は大正浪漫&タイムスリップというファンタジー系の系譜にあるし、「またぞろ。」は高校留年した苦悩を扱う社会系の系譜にあることからも一つの潮流であることには間違いない。

その時勢の時々によって、流行り廃りはある。だからこそ、結局のところ、きららというレーベルに一貫したテーマや共通項は無いことが分かる。別にきららに特有という訳ではなくて例えば、少年ジャンプだって同じく様々なジャンルの漫画を掲載しておりその作品達に強固な共通項は無いのだ。

一言で「これがきららだ」と言い表せる要素はあるようで無い。しかし矛盾するようだが「これはきららっぽいな」という薄っすらとした共通認識も間違いなく存在する。

ネット上で「難民」あるいは「きらら系」と称されるように一定の要素を備えたアニメは(たとえきらら掲載の作品ではなくても)きららを引き合いに出しながら語られることなど最早日常茶飯事だし、その多くは「日常」や「萌え」といったカワイイ要素と強く結びついている。

「ひだまりスケッチ」から始まるアニメ化等のメディア展開を長年行ってきたきららは、この国のオタク文化において一つのブランディングを成し遂げた副産物として「確かなパブリックイメージが共有されて認知されている」と「実際に個々の作品はそれなりに独自の方向に尖っていて強い共通性はない」という事実が同時に成立しているということなのだ。

前置きが長くなったが、今回完結した「はなまるスキップ」はそうしたきららを取り巻く状況を冷徹に見直して再構築を試みた作品だったと思う。以下の文章で自分が感じたこの作品のシステマティックな構造についてただひたすらに語って行きたい。

参考までにちょうど一年前にリリースした紹介記事も合わせて読んでもらえるとありがたいと思う。

○○枠として登場したキャラ

「はなまるスキップ」という作品が登場した時の最初のフックになっていた要素は恐らくほとんどの人が「きららなのに過激なギャグをかましていって、そのギャップでインパクトを与える」という要素であると受け止めたと思う。

実際にゲスト掲載された第一話の時の公式の宣伝ツイートは以下の様だった。

可愛い女の子たちが送る日常ゆったりコメディ開幕ですっ☆ ………かと思いきや…。 1P目でまさかの終了!? 可愛いキャラに騙されるな!

そのまま「きらら系なパブリックイメージに沿っていると思いきやそうじゃない部分がアピールポイントですよ」と公式が直々にそう言っているのである。

つまりはテンプレートを劇画的に描いてギャグとして機能させているため、きららに載っているのに――という前置きの文が付いてその意図が最大限発揮される仕組みになっている。もっと平たく言えば全体的にメタいギャグを主体に序盤は物語が進行していった。

実際の内容を見てみてもテンプレートを誇張してなぞっているというメッセージは随所に見て取れる。

例えば第一話の小川めぐりのお金持ち設定を明かすコマのサブタイトルは「必ず1人いる便利キャラ」だし、シェフ子には「突然の金持ちキャラ宣言...?」と言わせている。「金持ち宣言」ではなく「金持ちキャラ宣言」なのがポイントで読者に与える印象は小川めぐりは「あーお金持ち枠ね」というテンプレートに当てはめて読むように誘導する効果があった。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第1巻15ページより 
便利「キャラ」というメタいサブタイトル
『はなまるスキップ』(著:みくるん)第1巻15ページより
金持ち「キャラ」とあえて言わせている

無論キャラクター達に明確な元ネタになる先輩作品や先輩作品のキャラクターはこの人だ!とドンピシャな存在は居ない。しかし「こういうキャラってなんとなくいるでしょ?」といった具合に緩いイメージを以て読者に訴求していった。

繰り返すが、1巻範囲のメインストリームば過激なギャグであることは疑いようがないだろう。2頭身でデフォルメされたキャラクターがお弁当を崖に落とす。不正選挙で誠実ないいんちょに勝利したり、パネルを燃やして抗議したり、善性の存在はひたすら不利益を被っていく。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第1巻84ページより 
たぶん1巻で一番ひどいことしてるシーン

ある意味この部分は斬新というより先祖返りと読み解ける可能性もあると考えている。ひだまりスケッチよりももっと前——黎明期のきららの作品にはナンセンスギャグが主体だった時期もあるため以外にも毒を吐いていくギャグが多いのである。

2022年現在最長掲載を誇る「三者三葉」を始め、下ネタが強い「かみさまのいうとおり!」、少し時代を進めれば大宮忍の遠慮のない物言いがネットミームとなった「きんいろモザイク」等、黎明期~10年代の作品群には少なからず過激な物言いを主体とするギャグが存在していた。

一方で前回の記事にも書いたが、こうした閉じた集団の中にもそれなりの友情の萌芽があるようなことも描かれた。最も顕著なのは1巻第12話の料理対決回だが、不憫な扱いを受け続けてきたシェフ子は料理研究部の第三者から「こっちのコミュニティの方がまともだからこっちに来た方がいい」とハッキリ言われたのにも関わらず、自分の意志でピクニック同好会に残ることを選ぶ。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第1巻108ページより 
シェフ子は不憫な扱いながらも居場所を感じる

読者の視点から見て酷いことを沢山されてきたのにも関わらず、「初めて学校が楽しくなった」と彼女は言うのだ。ここにいじられ枠という抽象に「いじられキャラもそれなりに居場所を感じて、自分の得意な事(≒料理)をリアルで感じ取ってくれる大切な存在として感じているのでは」という具体的な視点を加えたエモーショナルな話を導入し始めたのである。

実存的問題の注入

そして、ここからが前回の記事を超えた部分である第2巻の範囲についての話になるのだが、この部分の感想を結論から言ってしまえば、「1巻の意図的なテンプレ的構造に実存的問題を当てはめることで一気に現代きららの潮流である社会の中での生きづらさに焦点を当てた作風に時計の針を進めた」と感じ取った。

つまり「こういうキャラってよくいる感じだけどさぁ、現実にいたとしたらこういう問題がありそうだよねぇ」という読者が生きる現実リアルの問題をキャラクターに当てはめてシミュレーションする。

料理系インフルエンサーは本当は実際にお料理を食べてくれる存在を求めていてネットに拘泥してるだけでは得られない満足感を感じているのかもしれない。
誰か他のキャラにお熱のキャラは身長とか体重とかプロファイリング的な情報を収集する事に夢中になってしまってその人がどういう人なのかというもっと踏み込んだ部分については何も知らないのかもしれない。
性格の悪い金持ちは自分がお金を支払うことでしかアイデンティティを感じることが出来ないから露悪的に振舞っていたのかもしれない。

1巻で描かれたシェフ子の心情を吐露した料理対決回のようにピクニック同好会(部)の他の3人のメンバーにも順番にこうした問題を当てはめていきながら検証し、それが悪友のコミュニティの中でどのように葛藤と向き合っていくのかを考えていく。

赤井るあはピクニック同好会の研究生になったことでドタバタに毎回巻き込まれながらも、いいんちょへの気持ちに向き合っていって自分の意志でプレゼントを選ぶし、小川めぐりは一時的に家庭が没落してそんな中でも見捨てない友達を金銭の介さない、本当に欲しかった友情を得ていたと認識する。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第2巻35ページより 
はるのアドバイスでいいんちょへの想いを考えるるあ
『はなまるスキップ』(著:みくるん)第2巻81ページより 
めぐりが本当に欲しかった友情

そして、そのような問題を当てはめていくことで新しい化学変化が発生する。これまでは関わりの薄かったキャラに共通項が生まれ新しいカップリングとして機能し始める。

橘セイラはアイドル活動としての足掛かりにSNSインフルエンサーとしてのシェフ子の能力を認めて師事するようになるし、シェフ子も料理を実際に食べてもらうことの嬉しさを広められてさらに充実していく。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第2巻43ページより 
セイラとシェフ子にはインターネット活動という共通項で結ばれていく

小川めぐりは友情を確信することが出来、星見はるに特別な感情を抱くようになり同じくいいんちょうが好きな赤井るあと想いを伝えたい繋がりで持ちつ持たれつの関係性に発展していく。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第2巻90ページより
バレンタインデーで繋がりを得る二人

「ご注文はうさぎですか?」が毎話特定のキャラをピックアップして絡ませる化学反応を描いている様に、はなまるスキップも個別にカップリングをピックアップして人物相関図に変化が生まれていくのだ。

突然橋倉先生がギャンブル狂いになったり、突如競馬場にピクニックに行ったりと相変わらず時事性が高くて尖ったギャグを据えつつも上記で述べたような手法でキャラクターの語り口の視点を変え、一気に現代でトレンドになっているきららの作風にグッと近づけていくのが2巻範囲の内容だと感じた。

引用からの脱出

冒頭の問いに戻るが、はっきり言って「きらららしさ」をワンフレーズで言い表すことなど全くの不可能である。アニメ化された作品だけでも現状でかなりの数が存在しその方向性やテーマはバラバラであり、4コマ漫画というフォーマットだけを堅持しているのみで広がった裾野に雑多な作品群というのが実態としての「きらら」であろう。

そんな中で「はなまるスキップ」は、様々な「らしさ」の欠片を作品という一つの画角に収めることで「らしさ」について語ることを試みたのではないだろうか。時に過激なギャグ、時に繊細な展開——相反しかねないような要素だが上で述べたように「現実に居たらどういう問題を抱えるだろうか」というシュミレーションを行うことで伝統ギャグ時代の最先端社会派を見事に接続してしまった。

そして個人的に私が唸らされてしまったシーンが第25話と最終話から始まる主人公星見はるの卒業演説のシーンである。

これまで良くも悪くも明るくて謎部活モノをけん引する主人公然とした彼女が遂に内面を打ち明ける。転勤族だった彼女は永遠の友情など存在せず学園生活は「期間限定の仲」と言い切る諦念を持っていた。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第2巻106ページより 
遂に明かされるはるの本当の気持ち

基本的に「卒業式」を次なる人生のステージと捉えつつもこれまでの学園生活を肯定する構成を取ることが多いきらら作品において、最初から学園生活を信頼していなかったという何とも意地の悪い真相をラストに置いてきただけでも驚きだが、途中から自身も――それまでの数多の先輩作品と同様にピクニック同好会の日常をかけがえのないものとして肯定し始める。

永遠を信じることが出来なかったから刹那ぽかぽかに生きることを信条として、実際にそうやって実践してきたのに刹那ぽかぽかとは真逆の仲間ピクニック同好会への愛着に回帰していく。

そして彼女は言う「これまでは有名スピーチの技法を取り入れてきた話したが初めて自分の言葉を喋った」と。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第2巻110ページより
学園生活の最後の最後に本心で喋ることができたはる

これまでずっと述べてきたように、はなまるスキップの構造は「お約束の意図的なパロディとリアルなシュミレーションの接続」が肝になる部分であると個人的に感じていた。特に2巻以降ずっとそういう作品と考えて読んでいったのでラストにキャラクター自身が引用から脱出したことを明言したことが本当に嬉しかったのだ。

この点に関して、同じ無印のぶっ飛びギャグ作品の先輩「神様とクインテット」が物語終盤に展開された湿っぽい話を最後にひっくり返して「作者がやりたかっただけ」とメタ的な視点のギャグを貫いたのとは対照的である。

『神様とクインテット』(著:おしおしお)第2巻112ページより 
いきなりちゃぶ台をひっくり返す。これはこれで一貫性があって好み

このゴールが初めから設定されていたかは定かではないし、3年生編を全部飛ばしたところからも勿体ない要素があったのはどうしても否めない(刹那が永遠に転換するためにはどうしても物理的に多くの物語を積み上げた方が説得力が違うのは言うまでもない)が、それでも料理対決回から始まる作品の核をここまで一本通してきたことは見事だと思ったし、極めて合理的に創られた作品だったと私が思う所以である。

ピクニック同好会が(学校をサボリ、先生を懐柔し、あの手この手で)ピクニックを頑張るお話——彼女たちが騒がしい「日常」を過ごしていき、お約束な謎部活モノを誇張してなぞりながら、きららの原則を見つめ直して各々が血の通ったキャラクターと関係性に成長していく。

最後に「令和のきららジャンプ」と称してカラーページいっぱいに描かれるキャラクター達は、きららを見つめてきたこれまでの構成を考えればこれ以上ない締めに間違いないと思う。これもまた一つの「らしさ」なのだろう。

はなまるスキップが描いてきた多角的視点からのレーベルに対する鳥瞰図。

芸事が発展する過程を言いあらわした言葉として「守・破・離」という言葉が存在している。
基本の型を「守り」ながら少しずつ王道を「破り」、最終的に新しい王道に「離れて」いく。もちろんきららにも何度も見られてきた光景である。

「ごちうさ」「きんモザ」のような複数人の同期的なコミュニティを主体とした中からテクノロジーの発展(スマホ)によって非同期的に繋がれることを示した「ゆるキャン△」が出てきて、更にメイン二人組のニコイチを主体に世界が回って行く「まちカドまぞく」「スローループ」…そして”普通”に馴染めない生きづらさを描いていく「ぼざろ」「またぞろ。」等に連綿と繋がる潮流の変化…

創造の為には時に大胆な破壊が必要であろう。「はなまるスキップ」が無印に登場してから、続く新規の作品達には「きもちわるいから君がすき」や「探偵夢宮さくらの完全敗北」などの刺激的な作品が以前よりも増えた気がする。以前は姉妹誌の中でも比較的保守的な傾向が強かった無印にもスパイシーな作品が加わって雑誌全体の読み味が広がった様に思えるのだ。

この作品において2巻分かけて力強く描かれた「守」と「破」、だとすればその次は「離」なのだろう。Twitterの告知文や単行本にもそのまま残された「次回作にご期待」の文章を素直に解釈する限りみくるん先生自身は意欲的に次の構想を考えていると私は受け止めた。

『はなまるスキップ』(著:みくるん)第2巻118ページより

次なるまんがタイムきららのぽかぽかな未来に期待しかない。


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