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【1-10日目】100ラジを100倍楽しむためのファンブック ~現役放射線技師が「100日後に吸着事故を起こす放射線技師」を解説する~

0日目(はじめに)

現在(2021年11月)twitterの一部ユーザーで話題になっている「100日後に吸着事故を起こす放射線技師」@100nichigonoRT というアカウントをご存じでしょうか?
名前からは以前話題になった「100日後に死ぬワニ」@100waniOfficial さんを彷彿とさせますが、本記事執筆時点で1.5万フォロワーを有する放射線技師界隈では珍しい大型アカウントとなっております。

「放射線技師あるある」な4コマを朝6時前後に毎日投稿されていて技師アカウント・非技師アカウントからも大きな反響を受けている一方で、細かすぎて放射線技師にしか伝わらないネタ「これ、どういう意味?」と言った内容や、作者さんの愛が詰まった小ネタなど、まだまだ皆さんがキャッチアップできていない魅力がたくさんあるように思えます

本企画は作者 @100nichigonoRT 様から了承を得て、毎日のネタを参照しながら現役放射線技師の視点から本作の魅力をより多くの方々に広めていきたいと思って始めました。(なお、公開前に作者の校閲をうけているわけではありませんので「公認」ではありますが「公式」ではありません。)
ちなみに、記事トップのアイキャッチ画像は私の自作です。Kindle Fire HDで描きました。

1日目

記念すべき1日目です。

私たち診療放射線技師は画像診断機器を用い、外からは見えない身体の中の状態を画像にして、医師の診断に役立てる情報を提供するのが主な仕事になります。また専門の医師と協力して放射線をがんに限局して照射することでがんを治療する行為も行います。

いずれにせよ私たち技師は「装置」あってこそ仕事ができるわけですが、皆さんがご存じのレントゲンの機械ですら、ましてやCTやMRI、放射線治療装置などは「電源を入れたらすぐ使えるわけではありません」。電源を起動してから動かせるようになるまで、その後ウォーミングアップ、検出器のゼロ校正など日本画像医療システム工業会規格(JESRA)が定める規格等に則り始業点検を行い装置が安全に稼働することを確認して、初めてその日に患者さんの診療に使用することが出来ます。装置の種類にもよりますが、1台の装置をちゃんと始業点検するのにかかる時間は30分ほどです(ただ2台あれば30分×2になるとは限りません。並行して行えるので)。

きっと自分も始業点検を行うつもりで主人公が出勤すると、後輩と思しき技師が「先にやっておきました」と言い、「サンキューな」と返します。良く出来た先輩後輩関係のように見えますが、恐らくこの両者の点検のための早出時間は無給です。仮に就業規則で勤務開始が8時半として、それから点検を始めて最初の検査に間に合うようであれば、わざわざ早く来て後輩がやっておく必要はありません。あるいは早出出勤の始業点検で時間外手当が認められるのであれば、先輩の時間外手当てを無効化する行為も意味がありません。

この後の話でも徐々に明らかになりますが、本作は私たち診療放射線技師(あるいは医療従事者全般として)の置かれているブラッk...."献身的な”姿をリアルに描くドキュメンタリーの始まりを予感させるものとなっております。

2日目

日本において診療放射線技師の前身である診療エックス線技師の資格が誕生したのは1951年であり、その歴史は70年程度になります。当時はX線フィルムを使用したアナログレントゲン撮影のみが業務でしたが、その後CT、MRIなどの画像診断機器が登場するにつれ、教育も高度化していきました。

日本にX線CTが初めて導入されたのが1975年であり、今から約45年前です。現在のように広い範囲を撮影可能とするヘリカルスキャンが登場したのが1986年、今では当たり前ですが高速で全身を撮影可能となったマルチスライスCT(4列)の登場は1998年です。MRIも同様で、日本国内の病院として最初に診療用に永久磁石式の装置が導入されたのが1982年です。

何が言いたいかと言うと、現代の比較的若い放射線技師(~30代)は大学などの技師養成課程でCT、MRIについても学んでから国家資格を取得するのですが、現在定年間際の60代の放射線技師が現場に出た頃には、CTもMRIもまだ存在していなかったのです。無論、我が国の画像診断の発展には研究者だけでなく、当時の現場の諸先輩方が未知の装置に向き合い試行錯誤しながら臨床に還元してきた歴史が大きく寄与するところであり、その功績は偉大です。一方、現場に出てから新しいことに目もくれず「俺はレントゲン一筋だ!」という大変職人気質な先輩方もいらっしゃいます。

話は変わりますが、近年の医用画像は以前のようにフィルムに焼き付けて観察するのではなく、デジタルデータでPCで参照することが主流になり、病院間で患者を紹介する際も画像をCD-Rに焼いて受け渡しすること多くなっています。地域医療連携を支えるためにも、CDに画像を焼く”だけ”の仕事も、決して下に見てはいけません

3日目

MRIは放射線を使わずに、非常に強い磁力と電波を使用して体内の情報を得て画像化するものです。撮影室の中には常に(撮影中だけではなく、”常に”!!)強い磁場が発生しており、金属(磁性体)を持ち込んでしまうと装置に強い力で引き付けられ危険が及びます。これがまさに吸着事故と呼ばれるもので、私たち放射線技師が最も恐れるものの一つです。

最近でも韓国で吸着事故が起き、患者が命を落としたという道もありました。したがって私たち放射線技師は、絶対に吸着事故を起こさぬよう、患者さんの入室時には最新の注意を払い安全を確認しています。たとえボールペンの1本、車のカギですら人の命を奪ってしまう、まさに「命を預かる仕事」の瞬間でもあります。ピリピリに緊張しています。

自分が文字通り命を懸けて仕事に臨んでいるタイミングで、患者さんの中には時折冗談を言ってこられる方もいらっしゃいます。「ここ(股間)に金属があるけど、これは大丈夫か?(ニヤニヤ)」。統計的には、患者が高齢男性、検査担当の技師が女性である場合に多く観測されています(山田調べ)。

twitterの技師クラのタイムラインでも、1年に1回くらい盛り上がる話題です。主人公は笑って流せるあたり、肝が据わっていると感じます。私なら「ふざけないでください!」と説教でもしてしまいそうです。

4日目

レントゲンは通常、レントゲン室と呼ばれる専用の部屋で撮影されるものですが、病気の状態が非常に悪く撮影室まで移動が困難な場合に限って、特別な場合に限って(重要)病室で移動型X線装置というものを使用して撮影することがあります。「移動型」であるので医療の現場では「ポータブル(撮影)」と呼ばれます。

病気の状態が非常に悪い患者のみを対象としていますので、そんな人の身体を持ち上げて背中の下に撮影用の板を入れて撮影するのはかなり大変な作業であり、放射線技師1人の力では到底無理です。したがって病棟では看護師さんにお力を貸していただくことが多いのですが、ここで新人放射線技師さんや学生さんに非常に重要なことをお伝えします。病棟には「患者の担当の看護師」というシステムが存在し、「(撮影する予定の)担当ではない看護師さん」に声をかけても反応をしてくれる確率はおよそ40%です。6割の場合は目も合わせてもらえませんが、病棟の看護師さんというのは非常に忙しい職業なので、私たち放射線技師には①担当の看護師さんを見極める判断力、あるいは②担当の看護師さんに当たるまで根気よく声をかけ続ける忍耐力のいずれかが求められます(※ただしイケメンを除く)。

5日目

医療とは常に緊急・急変を伴うもので、入院中の患者の急変とあれば全力でその対応に臨むのが我々医療従事者の使命です。仮に通常の外来患者の予約検査を止めてでも、失われるかもしれない命を救うために予約の外来患者様には「院内で急変した患者の対応をしなければなりませんので、申し訳ありませんがそちらを優先させてください。”すぐ降りれる”はずなので、もう少しだけ、少しだけお待ちください」と説得し、時には怒られながらも命のリレーをつなぐ、そんな仕事が放射線技師にもあります。

「電話のあとすぐ病棟を出れば5分後くらいには到着するかな。・・・でも緊急だから、人を集めてストレッチャーに移して、移動用生体モニタに切り替えてだから10分はかかるよな、うん。・・・・・・・きっとエレベータが混んでるんだ。15分くらいは仕方ない。・・・・・・・・・・・あれ、外来の患者さんが10人待ちになっちゃった。・・・30分・・・あのおじさん明らかに不機嫌だな・・・・・・・・・・遅れる連絡もできないくらい修羅場なのかな・・・・・・・・・・・・・・(ピロピロピロ)もしもし!!はい!撮影室空けて待ってます!・・・・えっ?キャンセル・・・・・????

コード・ブルーならぬコード・キミドリを観ている主人公。特に医療従事者は医療ドラマを見るとついつい「そんなのあり得ねぇから!」「ウハハ、雑過ぎ」などと文句を付けがちなのは職業病の一種ですよね。診療放射線技師だとついつい画像検査が登場すると「お!あのメーカーの最新の機械じゃん」「いや、これMRIじゃなくてCTだから!!」などと言いがちです。フィクションには温かい目で見守ってあげましょう。ちょうど放射線科を舞台としたラジエーションハウスというドラマも月9で放送されていますが、救急医に山Pもガッキーも戸田恵梨香も居なければ、看護師には比嘉愛未も居ませんし放射線技師には窪田正孝も広瀬アリスも居なければ放射線科医に本田翼も居ません

ちなみに「コード・ブルー」の「ブルー」以外のコードもあるって知っていましたか?

敢えて存在しない「キミドリ」を使用する当たり、本作の作者さんの配慮がうかがえますね。

ちなみにテレビの横に置いてある「〇りと〇ら」を彷彿とさせるアイテムですが、この4コママンガの作者の中の人であるクリエイターさんが「れんとげん」シリーズのアイテムを販売していたのですが大人の事情で現在はサンダルしか買えなくなってしまったそうです。

7日目

よく美容師さんなんかは「職員研修のためお休みします」とか、飲食店なんかでもグループ店舗で腕を競う大会があるなど、どんな業種にも「現場に出てからのスキルアップ研修」というものはあると思います。私たち放射線技師も、国家資格で得た知識のみで一生食べていけるかと言うとそうではなくで(先のCD-Rオジサンにならないように)常に最新の知識と技術を習得し、それを現場に還元することに努めています。

アイドルのコンサートチケットではないですが、マンモグラフィやMRIなど一部の検査の講習勉強会などで人気が集中しているものは、申し込み開始数時間後に定員に達することも珍しいことではありません。主人公は非常に自己研鑽意識が高い、放射線技師の鏡とも言える存在です。ところでこの講習、「休み希望」ということは前日移動を要するほど遠方で開催されるのでしょうか。看護師と比べると資格者の人数が圧倒的に少ない我々コメディカルですから、比較的大きな講習でも主要都市のみ、多くは「東京・大阪2会場」なんてのもザラです。え?交通費?宿泊費?そんなもの、出る方が珍しいですよね。ただこういった講習会や学会など、遠方へ勉強ついでに観光も兼ねる、という楽しみもありましたが、早くコロナが収束すればいいと願っています。

8日目

コミュニケーションは「飲みにケーション」とは、以前はよく言われていたものですが、現代の価値観にそぐわなくなってきたところにコロナがぶつかり、先輩からのこういったお誘いというものは絶滅したように感じます。放射線技師に限った話ではありませんが、この4コマを「最近の子は先輩の誘いをサクっと悪びれもなく断るなー。”無理です”ってなんぞ。」と読むか、「いやいや、当日急にとか無理に決まってるじゃん。せめて数日前に言えし。」と読むか。ハラスメントには気を付けなければなりませんし、職場の人と定時以降も付き合いとか要らないっスというのも大いに結構ですが、「職場の上司の悪口を肴にして飲む酒」というのはとっても美味しいと思っている山田です。

9日目

医療従事者あるあるですが、病院に行くのって(特に初診は)緊張しますよね。医療従事者としてのこちらの身分を明かすべきか隠すべきか。問診票の職業欄、選択式であったり自由記載だったりするのですが、仮に「医師」「看護師」なら書きやすいと思うんですけど、「診療放射線技師」って長すぎますよね。しかも「何、聞いたことない職業」「そんな”医療従事者です”アピールm9(^Д^)プギャー」などと陰で言われてるんじゃないかと思うとおちおち書けたもんじゃないです。県立病院とか公立の施設であれば「公務員」でいいのでしょうが、医療法人だから「会社員」かと言われると・・・。

ただ問診票の職業欄の意味づけとしては、「体の不調の背景にどんな生活習慣があるか」の補足情報だと(勝手に)思っていますので、正直に「放射線技師」って書いとくのが正解のような気もしますが。

医院の名称が「どうしようも内科」というキャッチ―なネーミングですが、それ以上にドア横の血塗られた文字の方が気になります。「スタッフ皆ヤサシイ」「デリヘル代返して」と読めますが(皆さんはどうですか?)googleのクチコミなどで個人クリニックなどの評判を見ると明らかに異常な書き込みがあったりするので、それを暗に示しているのか、というのは深読みでしょうか。また主人公の服が異常にダサいですが、これは①MRI=磁石だからS極N極のカラー説、と②東方Projectのキャラクターである八意永琳(薬を作り出す医療人の設定である)の衣装カラー説があります。こればかりは作者様本人のお話をお伺いしたいですね。

(※追記)

「どうしようも内科」の元ネタとなったクリニックはこちらのようです。このように、アニメや漫画などの舞台を回る聖地巡礼の楽しみがあるのが素敵ですよね。なお現在は落書きは修復されている模様です。

10日目

手術場においても私たち放射線技師の仕事はあります。多くは手術後の針やガーゼが体内に残っていないか確認するためのレントゲン撮影ですが、手術中にX線透視を使用して器具の位置を確認したり人工血管などを体内に留置したりする手技もあり、その際はX線装置を操作することになります。医師が顕微鏡を付けているので心臓血管外科の胸部ステントグラフト留置術でしょうか。ステントグラフトを留置するだけであれば開始からすぐにX線を使用するのですが、鎖骨下・総頸動脈のデブランチなどを行う場合は血管の手術を先に行うのですごく待たされます

そんな時間での先輩後輩の関係性が見える一コマ。なんだかんだ言って、何でも気さくに言い合える良い関係じゃないかと私には読み取れますが(蹴るのは良くないですが)、皆さんいかがでしょうか。この作品が放射線技師を超えて多くの人に愛されているのは、ひとえにこの主人公の憎めなさ、愛くるしさゆえと私は考察します。


この後も10日ごとにまとめて考察記事を書いていきたいと思います!吸着事故まで折り返し地点を過ぎました。この物語が行きつく先を、皆さんと一緒に見守っていきたいと思います。

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